頑健な青龍がまさかの風邪を引き、好きな人に看病してほしいけど、なかなか看病してもらえない話

麻生燈利

一話






 北の大陸を目指す旅路の途中、小さな集落が見えて来た。

 豊かな葡萄ぶどう畑と桃色レンガの家が点在している。


 サイファは旅の道連れと共にこの地に足を踏み入れる。

 仲間四人で旅をするのは、控えめに言ってもかなり楽しい。


「ねぇ、この村で宿を取らない?」


 そう声を掛けてきたのは、占い師のソレイユだ。

 手には商売道具のカードを持ちパラパラと絵柄の確認している。

 ソレイユの占いはそれはそれは良く当たり、たまに、いいや、、厄介な面倒ごとを拾ってくる。その記録更新中のソレイユがここに泊まろうと言う、嫌な予感しかない。


「きゃぁ、ピンクのお家。かわいいぃー、いいわぁ、ここの村。泊ろ! 泊ろ! カイさんもそう思うよねーーーーー?」


 きゃっきゃと医術師のプラムがはしゃぐ。

 プラムは本当は美人で聡明なはずなのだが、普段は真逆すぎて良くわからない。

 どうなっているのだろう。

 不思議な踊りでも踊る勢いで剣士カイの前に躍り出た。

 このメンツで唯一大人で、一応保護者である剣士カイは葡萄畑を見ながらニヤリと頬を緩める。


「まぁ、ここなら良い酒がありそうだな」


 一番年上だが一番テキトー。酒と女には目が無い。これでも婚約者がいる身。婚約者に会ったら絶対に色々言いつけてやろうと思う。でも、彼女を傷付けたくは無いから決定的な証拠を掴んでからにしようとは考えている。結婚したほうが不幸だったら取り返しがつかない。




 そろそろ日が暮れるし、北の大陸に渡る交通手段も考えなくてはならない。これだけ穏やかで豊かそうな村ならば、渡し船の情報を仕入れることもできそうだ。


「うーん、いいかな。今日はここで休むとするか」


「その前にこっちよ」


 ソレイユが葡萄畑の奥にある脇道に入っていく。一同顔を見合わせ「やはりな」と頷き合う。低木の連なる小道を抜けると少し古びた農家の庭が見えた。近づくと誰も住んで居ないようだった。

 ソレイユが何かに導かれるようにガサガサと草を掻き分け裏庭に回る。林に続く開けたところには小さな池があり、そのほとりに子供が一人座り込んでいた。

 唇は真っ青でガチガチと震え、声を出すことすらできない、頬が真っ赤な女の子だった。


「大丈夫?」


 医術師のプラムが真っ先に走り寄る。額で熱を測り、首筋で脈を確認しているようだ。彼女の性格はアレなところがあるが医術師としての腕は信頼できる。


「おじょーさん、熱が出ているわ。寒いでしょう?」


 女の子が泣きそうになりながら頷く。怖い思いをしたようだ。

 ソレイユは問答無用でサイファの長衣をもぎ取り女の子を包む。

 茫然と長衣の行く末を見ていたら、カイがサイファの足を軽く蹴っ飛ばし顎をシャクって林の中を見ろという。


 雑木林に何人か潜んでいるのを感じる。人が来たのを察して子供を置き去りにして隠れたのだろう。


 カイとサイファは気配を消して挟み込むように近付く。

 誘拐犯は五人組だった。


 サイファが腰の短刀を抜くと、たちまち短剣は棒術用の細い棒に変化する。サイファの武器は状況によって剣にも槍にも変化する優れモノだ。

 一方カイは、大振りの直刀を鞘に納めたまま肩に担ぐ。


 完全に挟み込んだ後、サイファは棒で鮮やかに額の真ん中を次々に一撃して気絶させる。カイも鞘で頭をめに殴り同じように気絶させた。


「まあ、こんなものだろう」


 捕まえた五人を一括りにして手近な木にツルで縛り上げておく。一仕事終え、子供の居る場所に戻ると、ソレイユが女の子を抱いてつかつかと歩き出した。


「お家に帰ろうね」


 そう言いながら来た道を戻り集落を目指す。道を聞くことも無くすたすたと歩いている。


 ソレイユの占いは本当に良く当たるのだ。実際にソレイユの持つドラコカードは最高神の黄龍こうりゅうが降臨するときがあるので、当然と言えば当然なのかもしれない。


 すかさずカイが追いつき、さり気なく子供を引き取った。いつもいい加減で飲んだくれで不真面目なカイだが、こういった気は利くのだ。


 サイファは走り寄りソレイユに尋ねる。


「その子の家、どの辺り?」

「カードが指し示すには東の方向、一番大きな家」


 サイファが子供に名を尋ねると「ハンナ」と小さな声が聞こえた。サイファは東の方向に走り、道行く人に小さなハンナの家を聞きまわる。ソレイユの予言の通り東の外れの一番大きな家に住む村長の孫娘だった。


 村長宅に着くとその場の雰囲気は騒然としている。居なくなった孫娘を総出で探していたようだ。人攫いを捕まえた場所を説明し、プラムが医術師の認定証を見せる。ハンナの診察を申し出、村長宅にお邪魔した。


 大きな怪我は無いが、頬が赤く口腔内に水疱が確認された。


「怖い思いをして免疫力が落ちたので感染症になったようです。熱も出ないような弱い風邪なのですが、症状が出てしまったようですね。『赤すぐり病』って聞いたことありませんか?」


「ああ、あの赤ちゃんがなる病気ね」


 母親は安心したように胸を撫でおろした。プラムは薬を処方し、お暇しようとしたところを村長が部屋を用意するので泊るように申し出てくれた。そしてサイファに向かって深々とお辞儀をした。


「青龍殿とお見受けする。どうか孫娘に加護を授けていただけませんかのう」


 サイファは村長の見立て通り青龍であるが、見た目は普通の人間と変わらない。不思議なことに年配の人に言い当てられる事がたまにある。人間の熟練度は誠に奥が深い。

 更に、この世界では神龍族の加護を受けた子供は幸せになるという言い伝えがあった。

 一宿一飯の恩義に報い、サイファは子供の額に口付けを落として祝福を授けた。薄青い光が子供の全身を包む。


「水の祝福ですな。心優しい子供に育つことでしょう。ありがとうございます」


 子供の経過も良好なため夕方から宴会が開かれた。カイは大喜びでワインを飲み、村の若者たちと大騒ぎをしている。

 サイファたちも美味しい郷土料理に舌鼓を打つ。


 食事が終わり部屋に戻るが、プラムは病人の往診のため部屋を出て行った。サイファとソレイユは二人だけになる。


 少しの沈黙。サイファはベッドに座った。ソレイユはテーブルに座りドラコカードをめくっている。サイファはソレイユの横顔を眺める。

 茜色のブロンドは緩やかなカーブを描き、白磁のような肌に薄紅色の唇。瞳と同じ空色の服は裾がゆったりと膨らんだスカートになっている。

 何度見てもかわいいと思う。


「穴が開きそうなんですけど」

「へ?」

「そんなに見てたら穴が開きそう」

「ご、ごめん」


 サイファは頬を真っ赤にした。ソレイユがサイファに振りむき微笑みを深くする。

 顔が熱い。恥ずかしい。気のせいかもしれないが背中がゾクゾク寒気までするような気がする。恐るべきスマイルパワー。


「ねぇ、ちょっと、サイファ。頬っぺたが真っ赤で、唇が真っ青なんですけど。先程の子と同じ? え、えぇーー」


 サイファは座っていたベッドにドカッと倒れる。額から湯気がでていた。目もぐるぐる回っている。


「プラムちゃん、プラムちゃん、大変。サイファがーーー」






 サイファは熱を出し寝込んでしまった。頑健な青龍が風邪を引くなんて誰が想像できたであろう。あまりの息苦しさに夜中に何度も目を覚ます。

 喉は痛いし、関節が凝り固まったようにぎりぎり痛む。寒気は通り越し体が燃えるように熱かった。視界が霞み何も見えない。



 そのとき額に冷たいものが充てられた。多分、人の手だと思う。その手は額から頬に移動しそっと頬を撫でる。その優しい仕草に安心しサイファに眠気が訪れた。心地よいのだ。








 何時間眠ったのかわからないが、気が付くと小鳥の鳴き声がした。

 朝が来たようで目を瞑った状態でも光が眩しい。そっと瞳を開けると窓の外から光が差し込み大きな影が揺れる。……酒臭い。


「おう、目が覚めたか! ひっく、酒は美味いし最高だな!」


 カイがご機嫌だ。大方、朝方まで飲んでいて、今さっき部屋に帰って来たのだろう。大声が頭に響く。うるさいと言おうとしたが、喉がヒリヒリして声がでない。自慢では無いが今まで病気になんてなったことは無い。そもそも神龍は病気にならない、はずだ。


 そのせいか体がここまで辛いのは初めてだった。背中やら腰やら腕やらがギシギシと痛む。大けがを負った時より辛いのではなかろうか。


「カイさん。病人に何やってますか。診察するからどきましょう」


 プラムはいつものおちゃらけ具合はどこに行ったのだろうというくらい医者になっていた。サイファの胸をはだけ聴診器を当てる。


「間違いなく赤すぐり病ね。赤ちゃんしか症状が出ない病気に青龍がなるとは。サイファ君はお子ちゃまなのね~」


 反論しようとしたが、声が出ずに口が魚のようにパクパクする。悔しい。何かを言おうとするとゴホゴホ咳が出る。


 プラムはため息を吐いてから吸い飲みを口に入れてくれた。僅かにハチミツの味がした。


「……はちみつ」

「ああ、そーちゃんが村長さんに貰ったみたい。起きられる? お薬つくったから飲んで」


 情けないことにプラムに手伝ってもらいやっと上半身を起こして薬を飲んだ。すぐに眠気がやって来てまた意識が途切れた。




 しばらく眠っていたのだろう。動けないが意識が少し浮上する。話し声が聞こえた。


「プラムちゃん、サイファの様子はどう?」

「うーん、寝てればなおるかな」

「熱はどうかな?」


 ソレイユの手が近付いてきて額にそっと触れた。昨日と同じく冷たくて心地いい。今度は頬に触れず戻っていった。もう一度、触れてほしい。


「まだ熱が高いわね。村長さんに言ってくるわ。そうそう! 占いを何件か頼まれちゃった。サイファをよろしくね。プラムちゃん」

「サイファ君もだけど、カイさんも寝込んでるわ! こっちは自業自得ですけど」

「サイファが病気じゃなくても今日の出発は無理だったみたいね」

「そーね」


 その日は目を覚ましても部屋に居るのはカイとプラムだけでソレイユはどこかに行っていた。ソレイユに無性に逢いたい。


 しばらく経過すると、熱は下がったが体の節々に痛みが出る。いったいこの症状はいつまで続くのだろうか。


 ドアの外に人が近付いてくる気配がする。ソレイユがやっと帰ってきたようだ。サイファは少しドキドキしながら待っていた。


「ソレイユさん、申し訳ないのだけど隣村の親戚が占いで失せもの探しをしてほしいって玄関に来ているのだけど、断った方がいいのかしら?」

「お世話になってますから行きますよ」

「これから隣村だと、日が暮れてしまって戻れないわ」

「大丈夫です。一人ボディカードを連れって行っていいですか?」

「もちろんよ」


 その後、カイに声がかかり二人は出掛けてしまった。今夜はもう逢えないらしい。二日程寝込んでいるが、一度も目を覚ました時にソレイユの姿を見かけることが無かった。


「そーちゃんも人気者ね。あれだけ当たる占い師は見たこと無いしね。失せものがバンバン見つかっているらしいよ」

「そうか。ソレイユの性格ならほうっておけないな」

「まあね」


 次の日、目を覚ましてもソレイユは居なかった。その代わりカイが枕元で静かに本を読んでいる。

 サイファは熱が下がり、咳と関節痛くらいに症状が治まっていた。起きたことに気付いたカイが背中に枕を当て座らせてくれた。


「ソレイユは占いに出ている。プラムは臨時の治療院を開いて集落の人を無料で診察している。サイファ、調子はどうだ?」

「うん、良くなったと思う。ソレイユは休めているのかな?」

「まぁ、それなりに休んでいるかな。枕元に居たのが俺で悪いな」


 ドアの向こうでソレイユの声が聞こえ、今度こそ来ると思っていると、途中で子供に呼び止められる。また占いを請け負っている。

 実のところソレイユに看病をしてもらいたかった。だが、なかなか部屋に来てくれない。情けないがあの優しい手にもう一度触れてほしかった。















 サイファは肩を落とし不貞腐れている。カイはそれを見て笑いそうになったが、サイファが甘えるのも珍しいので笑わないように我慢した。


「栄養補給をすれば明日には発てそうか?」

「多分、大丈夫」

「今日の夜まではベッドから出ないようにとプラムのお達しだ。もうしばらく大人しくしていろよ」

「うん」


 カイが部屋を出ると途端にしんと静まり返る。何もすることが無いので、ベッドに横になり天井を眺めていた。何日も寝ているので退屈で仕方が無い。





 カチャリ。ドアが開いた。ワゴンを押しながらソレイユが中に入ってくる。


「占いは終わったの?」

「うん、もう締め切ってお休みにした。軽いもの作ったの。食べられる?」


 いい匂いにつられお腹の虫が騒ぐ。ソレイユは、ふふっと笑い木製の皿に鍋のスープを注ぐ。

 先に用意されていたカップの飲み物と一緒にトレーに置きサイファに差し出した。 

 サイファは起き上り受け取る。


「ジンジャージュースとカリフラワースープよ。女将さんが風邪の時はこれが一番って教えてくれたの。良いレシピを習っちゃった」


 お皿にはほかほかと湯気の上がるポタージュが盛られていた。

 今まで全く食欲がなかったが、匂いにつられてスプーンにすくい舌先に乗せた。

 優しい甘みと塩味が広がり、空腹に染みわたる。ハフハフと慌てて食べた。


「サイファ、もっとゆっくり食べなきゃ。お腹がびっくりしちゃうよ」


 そうは言っても止まらない。夢中で食べてからお皿を差し出す。おかわりの意思表示だ。

 ソレイユにスープを盛りつけてもらう間に、ジンジャージュースを一口啜った。人肌にぬくいジュースは、ハチミツで甘みが付けられ、ジンジャーも香り、口の中がさっぱりした。


「美味しい。ありがとう」


 自然と思いが言葉になる。


「どういたしまして、食べすぎも良くないからこれで最後よ」と付け加えてから皿をサイファに手渡す。


「あたしも食べよ」


 ソレイユは自分の分のスープをよそい、ベッドの隣の椅子に腰かけた。スープをゆっくり食べながら寝ている間に起きたことを次々と話しはじめる。

 孤独な青龍だったサイファは風邪で寝込むのも初めてだが、看病をされるのも初めて。嬉しいものだなと胸に刻んだ。














 ドアの隙間からカイが部屋の中を覗き込んでいた。プラムがその後ろに近付く。カイは人差し指を口に当て静かにするようにプラムに示す。

 ドアの向こうではソレイユとサイファが談笑している。あまりのほほえましさに二人は顔を見合わせた。


「覗き見、ばれているぞ」


 不意にサイファから声がかかる。ソレイユも微笑みながら二人を見る。カイもプラムも部屋に入り、楽しい笑い声はしばらく続いていた。




 Fin





こちらは拙作の番外編となります。


本編はこちら。

⇓⇓

https://kakuyomu.jp/works/16818093078418095919/episodes/16818093081142317850

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