チーズケーキ

西しまこ

マスカルポーネのベイクドチーズケーキ

 チーズケーキを作ろうと思い立った。

 マスカルポーネで作る、ベイクドチーズケーキ。


 マスカルポーネを買いに近所のスーパーに行く。……ない。欲しいのはサワークリームじゃなくて、マスカルポーネ。わたしはあの味が好きなんだから。

 仕方がないので、少し先のスーパーに行く。……ない。だから欲しいのは、クリームチーズじゃないんだってば!


「はあ。どこに売っているんだろう、マスカルポーネ」

 そうつぶやくと、「呼んだ?」という声がした。

 振り向くと、かわいい、幼稚園児くらいの双子の男の子たちがいた。


「ぼくは、マダガスカル共和国のマスカル」

「ぼくは、ポーランド共和国のポーネ」


 なんだ、そのダジャレめいた名前は。

 そもそも、君たち完全に日本人の顔しているけど?

 双子は幼稚園の制服を着て帽子をかぶって、かわいい幼稚園バッグを斜めがけしていた。


「えーと、君たち、迷子?」

 わたしが訊くと双子は同時にしゃべる。

「違うよ、名前を呼ばれたから来たんだよ」

「マスカル、ポーネって言ったじゃない」


 名前……いやいや、あなたたちの名前じゃないから! 


「わたしはチーズケーキに使う、マスカルポーネを探しているの」

「チーズケーキ!」とマスカル。

「僕たちも大好き!」とポーネ。


「でもないから作れないの。どうして売っていないんだろう?」

「アンタナナリボにあるよ!」とマスカル。

「違うよ、ワルシャワだよ!」とポーネ。 

 アンタナナリボってなんだ? ワルシャワまで行かなくてもあるだろう。


「まあいいや。チーズケーキは諦めた。もう帰る」

「えー、探そうよ」

「そうだよ、一緒に探そう」


 双子に言われて、わたしはマスカルポーネを探すことになった。

 公園の滑り台の下とか桜の木の幹のところとか。双子とどこまでもどこまでも歩いた。犬の散歩をしている人がいて、犬と戯れたりもした。一人で歩いている猫に話しかけたりもした。季節は冬でまだ寒くて、しかも曇り空だから太陽が出ておらず、よけいに寒かった。


 でも、双子と散歩をしているうちになんだかぽかぽかしてきた。


「なんだかあったかくなってきた!」

「よかった」

「よかったね」


 のんびり歩く。梅の木に花芽を見つけて嬉しくなる。花を咲く準備をしているんだ。


「ねえ、どうしてマスカルポーネのチーズケーキ、作りたかったの?」とマスカル。

「クリームチーズでも作れるよね?」とポーネ。


「あのね、想い出の味なんだよ。マスカルポーネのベイクドチーズケーキ。お母さんが作ってくれたの」

「お母さんはどうしたの?」

「作ってもらえないの?」

「お母さんはもういないんだよ。だからね、ときどき、自分で作って食べたくなるんだ。マルカルポーネのベイクドチーズケーキ」

「ねえ、うちに帰ってみたら?」

「そうだよ、帰ろうよ」


 マスカルとポーネが言う。でも、ここはどこだろう? たくさん歩くうちにすっかり迷子になってしまった。すると、マスカルが「こっちこっち」と言う。ポーネが「この扉を開けてみて」と扉を指さす。


 それは大きな木の下にある、小さな祠の扉だった。


「この扉を開ければいいの?」

 罰あたりな、と思ったけれど、わたしはその小さな祠の扉を開けた。

 すると次の瞬間、わたしは自分のうちにいて、テーブルを見るとチーズケーキが一切れ、お皿に乗っていた。食べてみると、母が作った、マスカルポーネのベイクドチーズケーキと同じ味がした。

「お母さん……」

 あの双子たちと同じくらいのころ、母がチーズケーキを焼くのを傍らでいつも見ていた。

 

 幸せの味を一口ひとくち、丁寧に味わった。




           了

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チーズケーキ 西しまこ @nishi-shima

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