後編

「終わったわよ、佳恵」


 私はラブホを出て、人通りの減った歓楽街を歩きながらに電話をした。


『ありがとう、貴子。それで、あなたは本当に大丈夫なの?』

「大丈夫よ。帽子とサングラスで顔は隠していたし、私は普段こんな派手な格好はしないしね」

『あの人、やっとBar Hell's Gateに行ったのね』

「佳恵の読み通りよ。こういういかつい名前のバーにいきって入る時があるはずって予想が当たったわ。さすが妻よね」

『あの人単純だから。そういう、かっこつけみたいな所あるから』

「それで、あなたこれからどうするの?」

『死体が見付かったら見付かったで適当に誤魔化して、それが落ち着いたら実家に戻るわ』

「帰る家があるって幸せな事よね」

『えぇ。この家があの人にとってのスウィートホームになるはずだったのに。私がいたらないせいで……』

「待って佳恵。あなたは何も悪くないわ。悪いのは育児に何の理解も無いあのバカ男よ。特にあなたは高齢出産で苦労も並大抵のものじゃないんだから。自分を責めないのよ。あなたはこれから、きちんと幸せになるべきだわ」

『ありがとう、貴子。保険金が入ったら、少し融通するから……』

「そんなの必要ないわ。私は結婚を捨ててキャリアに走った人間よ。金になんて困っていないわ。それより、今度お子さんも連れてランチでもしましょうよ。たまには息抜きも必要よ」

『本当になんて感謝したら良いのか……ありがとう貴子。本当にありがとう』

「クソ旦那なんて金さえ残していなくなれば良いのよ。じゃ、私も家に帰って寝るわ」


 朝になって、チェックアウトをしない宿泊客の様子を見に来た店員によって、秋生の死体は発見された。


 免許証が発見され、身元はすぐに判明。防犯カメラには不審なが映っていたが、室内からは指紋等が一切検出されなかった。


 その日の秋生の足取りを調べた警察はBar Hell's Gateにも行きついたが、マスターの証言からは『化粧の濃い派手な女』という証言しか得られなかった。


 当然よ。あそこのマスターって、私の兄だもの。兄には佳恵と秋生の事情を話していたし、何より可愛い妹が不利になるような証言はしないわ。


 Bar Hell's Gateはその店名のいかつさからなかなか客が来なくて、兄も廃業しようとしていた所だったから、この機会に本当に廃業しようって事になった。あの男を地獄送りにするとっかかりを作れたってだけで、この店には存在意義があった。


 そうして私はいつもの女管理職に戻る。秋生が派手な私しか知らなかったのは、唯一接点があった街で会ったあの日、私は友人の結婚式の帰りだったからだ。普段の私はすっぴんに眼鏡、長い前髪を下ろしている地味で暗い女だ。でも、佳恵の話から派手な女が好きって事が分かって、私は週末になると濃い化粧と派手な服を着て、Bar Hell's Gateで秋生を待ち構えていた。


 帰る場所があるっていうのは、本当に幸せな事なのよ。あのバカな男も、佳恵と子供の尊さにきちんと気付けていればそこがスウィートホームになったはずなのに。


 私には帰るべき居場所がある。社会という名の私の住処がある。


 佳恵にも幸せになってもらいたい。そこが佳恵と子供にとっての帰るべき場所となる居場所を見付けて欲しい。


「兄も実家に帰ったし、私もたまには家に顔を出すかな」


 伸びをして、会社へと歩を進める。私に夫はいないけれど、私には帰る場所がある。その幸せを噛みしめながら、今日も懸命に仕事に精を出す──。



────了

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