中編

「シャワーを浴びる前に、このワインで乾杯しない?」


 貴子は手持ちの袋から赤ワインを取り出すと、俺にグラスを差し出して来た。


「おっ。気が利きますねぇ。丁度飲み足りないと思っていた所なんですよ」


 貴子が杯にワインを注ぎ、乾杯する。テンションが上がっていた俺は、それを一気飲みする。


「あー! うまいワインだ! じゃ、俺先にシャワー良いですか? それとも、一緒に入ります? ……って、あれ、なんかめまいが……急に眠気も……あれ……? なんだ? どうしたんだ一体……?」


 ラブホに着いて五分で俺の意識は遠のいていく。その姿を、貴子が見下ろしている。


**

***


 目が覚めると、俺はベッドの上で手足を拘束されていた。


「な、何だこれ⁉ どういう事だ⁉」


 腹部と足をベッドに固定されているので、身をよじる事しか出来ない。手は腹の前で縛り上げられていて、首しか自由に動かせない。


「……やっと目が覚めたの? 随分長い間おねんねしてたわねぇ。今の状況がどういう事か分かっている?」


 貴子は冷たい目で俺を見下ろしている。


「貴子さん⁉ どうしてこんな事⁉ 一体俺をどうするつもりなんだ!」


 貴子はバッグの中から包丁を取り出すと、淡々とした口調でこう言った。


「死んでもらうのよ。当たり前でしょう。大切な妻子がいるのに他の女と寝る男って最低よ。しかも妻の友人とよ? 信じられる?」


 貴子は刃先を俺の腹部になぞらせながら囁く。


「大丈夫よ。せめてもの情けに一思いに殺してあげるから」

「や、やめてくれぇ! 俺を、俺を家に帰してくれぇぇ!」

「あら、あなた帰りたくないんでしょう? なら、一生帰れなくなっても問題ないわよね?」

「いやいやいや、俺が間違ってました! 今すぐ佳恵と子供が待つ家に帰りますから! 警察には何も言わないから! 頼むから帰して下さい!」

「あなたみたいな旦那、佳恵に必要ないわよ」


 そして貴子は俺めがけて刃物を振り下ろす。


 俺の意識はそこで途絶え、目の前が真っ赤に染まった。

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