スウィートホーム
無雲律人
前編
「あー、帰りたくねぇなぁ」
そろそろ日付が変わる金曜日の深夜、俺は職場近くの歓楽街を歩いていた。
「まだやっている居酒屋にでも入るか?」
立ち並ぶ雑居ビルに目をやると、地下にある一軒のバーが目に留まった。
「Bar Hell's Gateか。地獄への門? くっそ笑わすぜ。茶化しに行くか」
地下への階段を下りる。すると、こげ茶色の重厚な扉が俺を出迎えた。
扉を開けて中に入ると、店名とは裏腹にきっちりと身なりを整えたマスターと、派手な装いをしたアラフォーくらいに見える女が客として座っていた。
「いらっしゃいませ。ご注文は何にいたしましょうか」
「……バーボンを、ダブルロックで」
煙草に火をつけて紫煙をくゆらしつつ、派手な女に目をやる。いい女だったら、ワンナイトするのも悪くない。
「何、見ていらっしゃるの?」
女と目が合った。と、その女には見覚えがあった。
「あれ……?
「あー、佳恵の所の、秋生さん!
俺は彼女の隣に席を移動する。
「こんな時間に女性がひとりで何してるんですか?」
「秋生さんこそ、早く家に帰らなくて良いの? 佳恵が待っているんでしょう?」
「あー、あいつねぇ。あいつのせいで家に帰りたくないんですよ」
「……どういう事?」
「あいつ、佳恵さ。子供が小さいからって家の中はぐちゃぐちゃだし、飯も手抜きで惣菜ばかり。挙句の果てにはぶくぶく太りやがって。もう女としては見られないですよ。貴子さんくらい綺麗な嫁だったら、俺だって真っ直ぐ家に帰りますよ」
「あら、随分な言い草じゃない? 子供が小さい時はおしゃれや美容にかける時間なんて無いものよ?」
「そんなの言い訳っすよ、言い訳。現にこの世の中には綺麗な子持ち奥様だって沢山いるじゃないですか」
「そんなものかしら」
「そんなものですよ」
俺は手に持っていた煙草を灰皿に押し付けて揉み消すと、貴子の方に向き直ってこう切り出した。
「……貴子さんって、本当に魅力的ですよね」
「あら、誘ってるの?」
「そう思われますか?」
「じゃなかったら何なのかしら?」
「場所を変えませんか?」
「……いいわよ……」
しめしめ、妻の友人とワンナイト決定だ! しかもスタイル抜群の美女と来たもんだ。年増なのが玉に瑕だが、そこの所は目を瞑ろう。同じ年増でも、うちの佳恵とはえらい違いだ。
そうして、俺達は近くのラブホテルへと移動した。
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