【短編】地獄の休日出勤

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【完結】地獄の休日出勤



 「山形さん、無理ですよぉ。そもそもですよ、罰として送り込まれる場所に、移住したがる人っていますかねぇ?」

 晴元希美はれもとのぞみはふてくされがら、パソコンの画面を凝視していた。手元はパチパチとキーボードを器用に叩く。ブラインドタッチができない山形行次やまがたぎょうじは晴本の滑らかな手の動きを羨ましそうに見ていた。


「でも、部長がどうにかしろーって、昨日の朝礼でもいってたでしょ。移住にこだわらずに、税収を増やす手立てを考えればいいと思うんですよね」

 山形は晴元の後ろから、肩越しにいった。山形が何かいう度にオフィスチェアのキャスターがキイキイと音を立てた。二人だけの休日出勤の静まりかえったオフィスにリズミカルに響く。

「じゃぁ、こんなのどうかな。ほらUターンってのあるじゃない。Uターン移住」

「あのですね、誰が好き好んで、地獄になんてUターンしたがりますか?山形さんの方こそ移住にこだわっていますよ」

「地獄はさぁ思い出の場所としてはインパクト大きいと思うんだよね。なんか後ろ髪引かれるみたいに、またあの場所にいってみたいなぁってならないかなと」

「いやいや、トラウマしかないでしょ。こんなところ、血まみれになっては元に戻って、また血まみれになって。あぁ、コワい。この前送り込まれてきた連続殺人鬼の畠田って若い子、びゃんびゃん泣いてたじゃないですか」

 希美はパック牛乳にストローを突き刺してちゅうちゅうと吸い始めた。

「連続殺人鬼ってたって、こっちのモノホンの鬼と比べたら、赤ちゃんみたいなもんだしね」

「なに、呑気なこといってるんですか。資料今日中に作っておかないと、明日の昼からの会議に間に合わないんですよ。ホントパソコン使えるようになってくださいよ」

 希美はぎゅっとパック牛乳を握った。その反動でストローから牛乳が勢いよく飛び出た。

「あぁあ、これどうぞ」

 山形はハンカチを差し出した。

「あ。これ、この前の大会のノベルティじゃないですか」

「わかった、これ、地獄マラソン大会の参加賞の。意外と吸水性がいいんですよ」

 先週行われた地獄マラソン大会、山形は五十歳以上の部で参加した。血の池が一周で42キロあり、測量部がきっちり42.195キロに整備しなおしたのだ。この大会は、天国からのエントリーも多く、四年に一回の天国地獄交流の場としても注目されている。

「どうでした?血の池一周って」

 希美はバッグから菓子パンを取り出して、かぶりついた。朝食代わりだ。

「いやぁね、僕たちも随分前に現場に立てって感じで、血の池のほら、強姦魔たちのエリアってあるでしょ」

「あぁ、あのA3区画のですか」

「そうそう、その区画ってさぁ、鬼さんたちやっぱ怖くて。現場監督がねぇ、もう鬼の形相なんですよ」

「そりゃぁ、鬼なんだから鬼の形相でしょう」

「いやいや、鬼の鬼の形相ですよ。これは本当に怖いですよ。ここ、マラソンの10キロ地点なんですけど、天国側のエントリー者の中にほら、被害者もいたりして」

「え、被害者ってわかるんですか?」

「被害者と思わしき人が来ると、強姦魔は血の池に沈められるっていうか、自動的に沈むっていうか」

「あぁ、罪の重しが発動するんですね」

「そうそう、だから被害者の人たちって、わざとそのA3区画で休むんですよ」

 山形は遠くを見ながら、おぞましい光景を思い出していた。

「休むとどうなるんですか?」

「罪の重しが発動した強姦魔は、ずーっと血の池の深層に沈むでしょ、自分の罪の重さが過重されるんですけど、被害者一人でも相当重いですから。一トンだったっけ。被害者に合わせないようにっていう配慮らしいですが、被害者と思わしき方たちがそこでストレッチして休憩したりするもんだから、もう、強姦魔たちは阿鼻叫喚で、血の池に沈んだまま一回死んじゃうんですよね」

「溺死ですか。それは、まぁまぁエグイですね。そもそも死んでるけど」

 希美はタイピングの手を止めずに、山形の話に返事をした。

「溺死して浮かび上がったらすぐ蘇生するでしょ、でまた沈む。コレを見逃さないんだよね、被害者の人たちは。ほぼツアーみたいなノリでマラソン大会も運営されてますし」

「まぁ、ちゃんと罪を償っているかって、わからないですものね、天国からじゃ」

 希美は、はたと閃き手を止めた。

「あ!それ、いいじゃないですか。地獄の移住者を増やすっていっても、地獄の責め苦を受ける人を増やしてもあまり意味ないじゃないですか。だから、この罪と罰をしっかりと受けているかを見られる別荘を作るッていうのはどうですか?」

「悪くはないよ。もともとの部長からのお代は税収を増やすってやつだからね。地獄にも幾分かの観光収入も入って消費税も、固定資産税だってね。だけど、住民税は入らないでしょ。根本的な過疎化は免れないよ」

「鬼一日体験とか、ダメですかね」

「ダメでしょ。コンプライアンス厳しいんですから」

 山形は希美の自由な発想に、伸び盛りの我が子を見るような目で微笑ましく返事した。


「死神課の山沖さん、ガンガン死神使ってワルっい契約結ばせてるじゃないですか」

「あぁ、呪い殺し系のやつですね。人を呪わば穴二つ、っていうのにねぇ。死神と契約結んで地獄行きになる人って、覚悟できてるから強いんですよね。ほぼ何されても平気だもの」

「そうそう、この前死刑判決で刑務所で亡くなったっていう人。名前ド忘れしたけど、あの人、すぐ天国行きになったんですよね」

「あれねぇ、冤罪だって何度も人間界に申し送りしたんですけど、握りつぶすんですよねぇ、あの人たち。メンツってやつなのかな」

 山形は希美にそういうと、すくっと立ち上がり後ろのロッカーからファイルを取り出した。背表紙が手の平ほどの大きさで、ファイルには顔写真付きの個人情報がA4サイズで事細かに記載されていた。

「これはねぇ、罪のない人に罪を与えた人のファイル。単に誰かに犯罪を擦り付けただけじゃなくて、誤認逮捕によって冤罪を与えた人ものってる」

「え?この人たちって地獄行きなんですか?」

「微妙なんだけど、最近はかなりの人たちがほら、社長に地獄行き宣告されてますねぇ」

 希美は社長のインパクトある顔を思い出していた。閻魔と呼ばれる男は、山形や希美たちが所属する地獄誘致課のはるか上位で地獄全体を束ねていた。閻魔と呼ぶとおどろおどろしいので、みんな社長と呼んでいた。

「じゃぁ、地獄行きツアーを提案してみませんか?自分に関係のある罪人がいたら、血の池に沈んでいくんだし、それはそれで見ごたえあると思いますけど」

「まぁ、他にもアイデア出なさそうですしね。地獄観光課の関課長にも、明日朝イチで話通しておきます」

 山形は希美が企画書をパチパチとタイピングするのを見守り、プリントアウトを待った。パラパラと資料に目を通し、少し修正をお願いした。資料がまとまったのは、午後十二時を過ぎていた。

「できましたね、じゃぁ今日のところはコレで終わりましょう」

 山形は業務終了を希美に促し、手際よくフロアの空調と電気を消して回った。オフィス全体のセキュリティロックをかけ、裏口から退社した。

「山形さん、私たちが悪いことしたらどうなるんですかね?」

「そりゃぁ、決まってますよ。人間界行きです」

「意外と天国行きじゃぁないんですね」

 希美と山形はマラソン大会で舗装された血の池沿いを歩いて、駅の方へと向かっていった。途中、何人もの罪人が池深くに沈んだ。

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