第7話 少年呼びお姉さんが少年呼びをする理由

「ところで、お姉さんの身の上話は聞けないんですか?」


 お姉さんのおかげでだいぶスッキリした気持ちになったけれど、散々こちらの話だけしてお姉さんの逃避事情を聞かないのは不公平に思えて訊ねると、


「似たようなもんよ。ちょっとつま先立ちにしくじっちゃてさ」


 そうお姉さんはジト目になって頭を掻き、つまらなそうに話し出した。


「見ての通りお姉さんいい加減だから、親が『就活とかできる? 無職でも二十五までには家追い出すよ?』とか圧力かけてきてさ、『できらぁ!』で就職セミナー行って、出会った会社の人事担当に気に入られてトントン拍子に今日の最終面接まで進んだんだ――」


 いい加減に自覚あるんだと思いながら聞いていると、そこでお姉さんは「けど」と心底面白くなさそうな顔をした。


「今朝、電車乗る直前にその人事の男から『入社試験が終わったら特別面接があるから。ホテルは用意したよ♡』ってクソメッセが届いて、キモ過ぎたからスクショして会社の人事部にメールして、そのままばっくれて酒飲んでたの」


 ホテル。特別面接。勉強ばかりで人生世間知らずの僕でもわかる。つまり一緒に寝れば合格ということだ。

 怒りと気持ち悪さと不気味さでモヤモヤした感情が湧いてくる。


「それは……酷過ぎませんか?」

「うーむ、お姉さんって美人だから、こういう下心トラブルは避けるように気をつけてたんだけど、今回はちぃと就職という目先の利益に釣られてしくじったわい」


 僕がショックを受けているように見えたのか、お姉さんはよくあることといった感じに手をひらひらさせて話し、「それでこの話オチがあって」と終わりに一言こう言った。


「この男が東大卒」


 僕が虚を突かれて目を丸くすると、その反応に気を良くしたのかお姉さんは僕の額を指でつつき、


「つま先立ってもいいけど、少年は学歴だけの大人にはならないようにね」


 そう言って微笑んだのだった。


「――はい」


 こうして僕が頷き返す頃には、雪はいよいよ激しくなり寒さも耐え難いものになったので、灯台の下の食堂に逃げ込んでマグロ丼でも食べようということになった。


「ところで少年はお姉さんに下心はないのかね?」

「逆にお姉さんからの下心を感じます」

「うーむ、高校生食いも悪くないが、それやったらガチの悪いお姉さんになっちゃうじゃん」

「ファッションだったんですか?」

「だって『少年』呼びに憧れがあって――」


 階段を下りながらそんな話をしつつ、さてマグロ丼を食べた後はどうするのだろうと思ったけれど、たぶんつま先立ちにならずに足を踏みしめて進んでいけば、きっとどうにかなるだろう――と思っていたところでお姉さんが食堂の前で足を滑らせた。


「くそう、笑うな少年!」


 転んだお姉さんを助け起こしながら、まあ転んだってこうやって起き上がればいいんだしと思ったら自然に笑みがこぼれてお姉さんに怒られた。

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少年呼びお姉さんと僕の逃避行 ラーさん @rasan02783643

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