【短編】ひな

酒部朔日

ひな

おひなさまは年中いるのに、友達は三月だけだっていう。

二階にいるよ。お母さんが毎日お供えをしている。

木の階段はギシギシ言って、ツルツル黒く光って凹んでいる。

わたしは二階に行ってはいけない。

壊れてしまうんだって。


おひなさまは年中いるのに、わたしは見たことがない。


わたしが小学校に上がったとき、お母さんは腰を痛めた。

お母さん、わたしがお供えをしようか?と聞いたら、

お母さんは青ざめて、ただただ首を振るばかり。

這うようにして階段を昇るのだった。


ある日ふと、階段の上を見上げたら、真っ暗だったそこに、光の筋が差していた。

足音を殺して階段を昇る。

頑丈な木の扉の鍵穴から光が差していたのだった。

細い光が消えそうだった。

わたしは、鍵穴を覗き込んだ。

眼球に、埃くさい空気が触れる。

そこにおひなさまがいた。

ピンクのジャージに長い髪だけ見えた。

ふっと暗くなった。

見えたものはわたしの目。違う。よく似ている。

違うと思ったのは、その目が目尻だけで笑ったから。

おひなさまの目。

がつ、と音がして、見ると鍵穴から箸が突き出ていた。

わたしは階段を駆け降りた。


母が死んで。

おひなさまはわたしのものになった。

おひなさまは歳を取らない。

背中を拭いてやると不思議な恍惚感が溢れてくる。

この気持ちを言葉にするなら、

「誰にも触らせたくない」


わたしの娘はまだ階段を昇れない。



おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】ひな 酒部朔日 @elektra999

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画