灰かぶりのつま先

紙白

つま先を切られたのは?

 暗い部屋で、PCを起動しアイコンをクリックする。この時間が私の唯一の娯楽であり安寧だ。しばらくすると画面に電話帳のようなリストが映し出される。そこには、世界中のお伽話の登場人物が名を連ねている。

 もちろんこれは本物ではない。これは2024年の中頃に発表された【Fairy TALK】だ。登場人物とテレビ電話形式で通話することができ、お伽話をその人の一人称目線で聞くことができるサービス。幼い頃、誰しもが一度はお伽話に触れ、何かしらに憧れを持っただろう。その感情を追体験できると社会に疲れた大人を中心に爆発的にヒットした。かく言う私もこのサービスのヘビーユーザーの1人だ。1日に1回は利用している。

 今日は特段嫌なことが続いたため、帰宅するなり真っ直ぐ【Fairy TALK】を起動した。もちろん選ぶのは“シンデレラ”だ。私はシンデレラを幼い頃から愛読し、シンデレラを信じている。どんなに虐げられてもめげない姿勢、灰被りでも心が綺麗であればいつか運命はあなたに振り向くと教えてくれた。シンデレラを初めて読んだ時はどうしても他人事に思えなかった。母は私を産んだ時に亡くなってしまい父に育てられていた。そんなとき父が再婚したのだ。継母は私の姉となる人を連れていた。2人は家に来るなり、私を寄ってたかっていじめ始めた。それも父親が見ていないところで。心優しい父は私のことを心配しつつも証拠がない以上継母たちに問い詰めることもしなかった。結局は気が弱いだけだったのだろう。そうして私は大学進学とともに家を出てそれ以来家族と連絡をとっていない。だからこそこのサービスが私の心の拠り所となっている。

 画面に“シンデレラ”が映った。やっぱりいつ見ても可愛い。今日も

 「あなたの話を聞かせて?」

と声をかける。目の前の少女は美しい声でお伽話での日々を語り始めた。このサービスのすごいところはAIが色々な文献を学習しているため毎回違う内容で話してくれる。だから飽きることなく新鮮な気持ちで聞くことができる。そうして心地よい声に耳をかけていると、1回大体5分程度の通話はあっという間に終わってしまった。1日に何回も同じ人と通話することはできない。いつもなら“シンデレラ”との通話だけで終わるが今日は時間もあるし、他の人にも掛けてみようか。電話帳をスクロールしながら物色すると結構脇役も揃っており感心する。そのうち1人の存在に手が止まった。

 シンデレラに出てくる長女。彼女はシンデレラを虐め続けていた1人だが、靴合わせの場面で実の母親につま先を切られてしまう。私はこの人が嫌いだけど最後のつま先を切られる場面には思わずスッキリしてしまった。悪いことをしたらしっぺ返しがくる。つま先を失っても王子は彼女には振り向かなかったなんてザマあみろとしか思えない。一体彼女はどんな話をしてくれるんだろうか。私は嫌な好奇心で長女の名前をクリックした。

 しばらくして彼女の顔が映る。やっぱり醜い顔だ。性格の悪さが滲み出ている。私は、

 「ねえ、あなたつま先を切られた時どんな気持ちだったの?」

と聞いてみた。自分でもわかっている。こんなことをしている自分もまた性格の悪い奴だと。きっと今の私の顔には底意地のわるいニヤケ顔が張り付いていることだろう。私は彼女からシンデレラへの懺悔が聞けると思っていた。しかし、彼女の回答は想像とは違った。

 「みんな、その話するわよね。世の中あの子ばかりに注目してバカみたい。」

なんてことを言うんだ。当たり前だろう。シンデレラは特別なんだ。あんたのような脇役ではない。画面の中で長女はヘラヘラ笑っている。

 「あんたも、そんなこと思っている口?私が真実を教えてあげる。そもそもつま先を切られたのは私じゃない。」

なんだって?長女はつま先を切られていない?

 「そんなわけ、」

と声が漏れた。矢継ぎ早に長女が喋り続ける。

 「私とあの子は足の大きさが同じだったの。だから切られる必要がなかった。王子が靴のサイズが合う人を探しているって話が町中に広がっていた時、我が家はそれがみんなあの子のことだってわかっていた。そしたらお母様が言ったのよ。」

 冷や汗が頬を伝う。同じサイズの足を持つ娘が2人。あの性格が悪い継母。あの継母がどちらを選ぶかは明白ではないか。今すぐ通話を切りたいのに手が震えてカーソルがうまく合わない。ああ、言わないでくれ。私の中の憧れの結晶にヒビが入る音が聞こえる。そんな私の状況もお構いなしに画面の中の人間は喋る。

 「あの子の足を切りましょうって。足のサイズで探しているなら顔は覚えてないはずだから大丈夫ってそう言った。大体あの子の方が顔が良いのはわかってた。だから同じサイズでも勝ち目が無いことも自覚していたわ。私だって鬼じゃ無いから流石につま先を切るのは気が引けたけど千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかないしね。実際王子様は顔なんて覚えていなかった。靴が合うなり私を妻にしてくれたわ。」

ふふっと笑みを浮かべる長女が見えた。涙が溢れる。足を切られたのはシンデレラだったなんて。なんであんなに全てが美しい彼女がここまで奪われなければいけないんだ。私の憧れは粉々になってしまった。呆然と画面を見つめる私はもう通話を切る気力もない。嘘だと信じたいけれどあまりにショックが大きすぎる。


 「そういえば、あんた彼氏がいたわよね。」

なぜ、それを知っているんだ。姉がいることは前にシンデレラに話したことがあったが彼氏がいることは言っていない。写真もこっちのPCには入れていないのになんで。ショックから一転鳥肌が立つ。

 「なんでそれを知っているのよ。」

 「なんでって言われても、そんな情報すぐ見つかるわよ。」

ケラケラと笑う。

 「あんたずいぶん“シンデレラ”と似てるのね。あの子は報われなかったの。あんたはどうだろうね。」

いやみたらしく笑いながら言われたその言葉に、嫌な予感がした。

 「私は全部知ってるから。」

 そこで通話が切れた。アプリを閉じると数件のメッセージが来ていた。差出人は2人。彼と、姉だ。嫌な予感がだんだん現実になっていく。私は彼氏と来月婚約する。そう約束してくれた。文面の初めが一部見える。


 ごめん。やっぱ…


そこまでしか見えていないが、なんとなくその先が見えてしまった。姉の方からは写真が送られて来ている。もう“そういうこと”だとわかっているが認めたくない。信じていたものが砕け、全てを奪われた。椅子にもたれたら涙が出てきた。シンデレラと長女どちらが真実なのかわからないが、こんな状況では長女が本当のことを言っているとしか思えない。

 私の灰だらけのつま先は切り落とされた。シンデレラはつま先を切られた後どうやって生きていったんだろう。ここから1人で歩いていけるとは思えない。

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