鳩故に豆あり

白川津 中々

 鳩故に豆あり。


 貫太郎はどこにでもいる土鳩だった。日がな一日意味もなく空を飛んだり、歩いているところを人間の子供に追いかけられたりする毎日。そこに思考はなく、ただ他にやる事もないから、来る日も来る日も同じ事を繰り返していたのだった。


 そんな折に、烏の長次郎からこんな事を言われる。


「お前には鳥類としての矜持がないねぇ」


 矜持とは何か。

 言葉を知らない貫太郎はそう聞き返す。すると「鳥としてどう生きるか、どう振る舞うべきか」と長次郎からの返答。貫太郎は「なるほど」と納得した素振りを見せるが、いまひとつピンときていない様子。生きる意味とは何か、鳩としてどう振る舞うべきかなど、彼は考えた事もなかったからだ。


「逆に聞くんだが、お前さんはどんな矜持を持っているんだい」


 貫太郎の言葉に、長次郎は「カカ」と笑った。


「人間に与しないのが俺の矜持だ。見てな」


 長次郎はそう言うや否や、まるで弓矢のように滑空し、街を歩いている女へ糞を落とした。女は「きゃあ」と叫んでから「最低」と憤慨している。


「こうして人間をおちょくってやるのが俺の生き甲斐よ。偉そうな顔して歩いている奴らを小馬鹿にしてやる愉快さといったら!」


 貫太郎は「へぇ」と相槌を打つに留める。


「ま、お前さんも鳩らしさってのを考えてみたらいいさ。俺達の命は短い。なにかしら誇りがあった方がいいぜ」


 長次郎は「かぁ」と鳴き、また人間の女に糞をひっかけながらどこかへ飛んでいった。


「矜持か……」


 貫太郎は悩んだ。そんな物が必要なのかと疑う反面、長次郎の楽しそうな顔が忘れられず、自分も何か愉快な事をしてみたいと思ったのである。


「しかし、糞を落とすのは下品だ」


 貫太郎は鳩風情ではあるものの品位があった。例え人間相手であっても排泄物をひっかけるという行為には抵抗がある。それに、糞をお見舞いされた人間はおしなべて不幸な顔をしており、それを可哀想だなと思っていた。貫太郎は別に人間が好きなわけではなかったが、困らせたいわけでもない。未だ矜持や誇りといった概念は理解していなかったが、なるべく何かに迷惑を掛けないうえで愉快になろうと考えた。


「どうやって生きるか、鳩としてどう生きていくのか……」


 普段使わない領域まで脳を稼働する貫太郎。その時、遠くの方で、ザァー、トントントン。ザァー、トントントンと音がした。


「豆まき爺だな」


 貫太郎は思考を中断。急いで音のする方へ飛んでいく。到着したのは公園。そこで老人が豆を撒いている。


「今日も大盤振る舞いだな」


ホーホーホッホーと鳴きながら貫太郎は豆を啄み、砂嚢で潰していく。


「この瞬間が、たまらないんだよなぁ……」


 貫太郎は先に考えていた事などすっかり忘れて豆に夢中となった。豆まき爺は、その様子を笑顔で見守る。きっと、豆を平らげた後、貫太郎は矜持や誇りなどについてすっかり忘れてしまって、またどこかを飛んだり、子供に追いかけられて毎日を送るだろう。だが、それが正しいようにも思う。何も考えずに暮らし、豆を食う。それが、鳩らしい生なのだから。


「間抜けな奴だね」


 遠くでそれを見ていた長次郎が「かぁ」といって飛び去っていくと、遠くで「きゃあ」と悲鳴があがった。それぞれが、毎日を生きている。

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