禍々しい漆黒

 彼は長身で屈強な体格の中年男性で、髪には白い物がじっている。

 だが、顔立ちは雄々おおしく、瞳からは燃え盛るようなねつを感じた。


「えっと、貴方は……、いや、僕は……、一体、誰なんですか?」

 頭で文章を上手くまとめられず、僕は支離しり滅裂めつれつとも言える言葉を発する。


 ところが、男はまったく戸惑う様子を見せず、流暢りゅうちょうに答えた。

「貴方は、この青秀あおひで様です。


 この……、青秀あおひで……。


 口の中で何度か、その名前を繰り返してみるが、まったく実感がかない。

 まるで他人の名前を与えられたかのようだ。


「僕は記憶喪失なんですか? おっしゃるのは、つまり、僕はこれまでにも記憶を失ったことがあるんでしょうか?」

 男に尋ねる。信用できる相手か否かは判らないが、情報を得ないと話にならない。


 我ながら、理解も判断も速いと思う。“この青秀あおひで”は少なくとも、思考能力は悪くない人物だったのだろう。


青秀あおひで様は脳に傷を負っておられます。その影響によって、ご自身の体験に関する記憶が、一定の周期で忽然こつぜんと消失してしまうのです」

 丁寧なはなかたで、男は説明してくれる。


 僕が周期的に記憶喪失におちいる体質なのであれば、彼の態度に動揺がなかった点にも納得できる。僕と彼は既に同じ会話を、何度も繰り返しているのかもしれない。


「一定の周期とは、具体的にはどれくらいですか?」

 僕は淡々と問いを重ねた。もしかすると、わざわざ僕が口を開かずとも、彼は質問の内容を予測できているのかもしれないけれど。


「約一ヶ月で突然、全ての記憶が失われます。残念ながら、改善の手段は見つかっておりません」


 後半の言葉は余計だった。言われずとも、治療できていないことは現状から明らかだ。


「なるほど。状況は大体、理解できてきたと思います」

 僕は頷いて言う。

「じゃあ次に、貴方のことを教えてください。僕と貴方の関係性を含めて」


「わたくしはかがみかわ りんろうと申します。職業は、医師をさせて頂いておりまして……」

 そう告げて、かがみかわ衣袋ポケットに右手を入れた。


 めいでも出してくれるのだろうか。


青秀あおひで様との関係は、でございます」


 黒い光沢こうたくを輝かせるを僕の眼前に突きつけながら、かがみかわ微笑ほほえんだ。

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2025年1月12日 18:00
2025年1月12日 18:01
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目眩神楽――Mekura kagura 葉月めまい|本格ミステリ&頭脳戦 @Clown_au

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