目眩神楽――Mekura kagura

葉月めまい|本格ミステリ&頭脳戦

睦月の章――魑魅魍魎の巣窟

覚醒する木乃伊

 ――まぶしい。


 強々ごわごわした布の感触が不快だ。

 奇妙に思っててのひらで顔を触ってみると、どうやら顔全体を布でおおわれているようだった。


 もっとも、目元だけは穴が空いているようだが。


 ――なんだ。この状況は?


 音は何も聞こえない。完全なせいじゃく

 意識が朦朧もうろうとしている。僕は誰で、ここはどこで、今はいつだったか。


 ――僕は誰で、ここはどこで、今はいつだったか?


 思い出そうと試みる必要もないはずの自己同一性アイデンティティ

 それを、


 ――落ち着け。名前だ。名前を思い出すだけでいいんだ。

 何度も自分に言い聞かせる。


 やがて、ゆっくりと思考が明瞭クリアになってきた。

 だが、頭が働き始めても、記憶は一向いっこうに戻らない。


 考えて分かったことは、たった二つ。

 僕は先ほどまで眠っていたということ。そして、今も寝転がっているままだということだ。


 そこから導き出される答えは自明。

 まぶたを開けて、身体を起こすべし。


 いざ起き上がって目を開けてみると、部屋はさほど明るくもなかった。

 目覚めてもなかったから、あかりを実際以上にまぶしく感じただけなのだろう。


 室内を見回す。


 僕が眠っていたベッドをのぞき、家具は一つもない簡素な部屋だ。壁紙は暗い赤で、床にも赤い絨毯じゅうたんが敷かれている。

 金属製らしき重厚な扉は見えるが、窓はない。出入り口は、あの扉だけらしい。


 ここは、僕の部屋なのだろうか?

 もしもそうであれば、僕は自分が感性センスの優れていない人間であると判断せざるを得ない。


 顔面をおおわずらわしい布切れをほどこうと手を伸ばす。


「――ッ!」


 頬の辺りに触れた瞬間、激しい痛みが走った。

 どうやら僕は、顔に怪我を負っているらしい。


 鏡などがあれば、自分の状態を確認できるのだけれど……。

 そう考えて、周囲をぶっしょくすべく歩いたが、今度は足の力が抜けてしまい、その場に膝を突く。


 仕方なく、先ほどのベッドに腰掛けると、扉の向こうから足音が聞こえてきた。

 人がいるのであればよかった。状況をたずねられれば、この意味不明な事態も理解できるだろう。


 取手ドアノブが、静かに回る。


「おお……! お目覚めになられましたか」

 入室してきた人物は、僕の姿をとらえるなり、感激をにじませた口調で言った。

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