第5話 ここは異世界か!?
「初めまして、初華さんとお付き合いさせていただいてます妻夫木優治と申します」
「秀一さん!? お帰りなさいあなた。仕事は順調ですか?」
「ママ!? 秀一はパパの──」
「──初華さん、いいから。お母さんのお名前は?」
「え? ああ、『初美』ですが……」
僕は初華さんの挙動を制する。それにしてもまだ若くて元気そうじゃないか。手術と言っていたので脳梗塞とかの類だろうか。ただ車椅子なので一人で出歩くのは無理そうだ。
「初美さん、仕事は順調だよ。初華が頑張ってくれているからね?」
「あら、そうなのね! 今日はゆっくりできるのかしら?」
「ああ、そうだね。今日は三人で出かけようと思っているけど、体調の方はどうだい?」
「私は元気だっていうのに、初華は駄目だって言うんですよ、あなた?」
「そっか、初華はママが心配なんだよ。今日は僕がいるから大丈夫。ねえ、職員さん良いですよね?」
「……あまり無理をさせなければ、おそらくは」
無理はさせられない、近くで行けるところか……。
「良かった。初美さん、どこへ行こうか?」
「海がいいわ、秀一さん!」
「よし決まった、それじゃあ海へ行こう」
そして小声で言う。
「初華さん海までお願いしても良いですか?」
「え、ええ……すみません優治さん」
「今日の僕は秀一ですよ、パパって呼んだって良いんですよ?」
「ふあ!? ぱ、ぱぱぱ、パパ!? 本当に良いんですか!?」
「ふふ、お好きにどうぞ?」
「ぱ、パパ!!」
おっと抱きつきはいけないな、パパでいる自信が揺らぐから。
「さあ、さっそく行きましょう」
「はい!」
僕たちは初華さんの運転で海を目指した。近くの太平洋側の海へと向かうと思っていた僕だったが、山の方へと走り出す初華さん。まさかこんな大きな車に乗ってて方向音痴と言うことはないだろう?
高速に乗り、初美さんと三人で話している間に、確かに海が見えて来た。
「日本海?」
「ええ、ママが海と言えばパパとの思い出の海、つまり日本海なのよ」
「そうなんですね? 初美さん大丈夫ですか?」
「うふふ、思い出すわね? あなたがプロポーズしてくれた海よ?」
「そ、そうか。初華と三人で来れるなんて、今日は来て良かった」
僕たちは車を駐車場へ止めて、初美さんを車椅子へ乗せ替えた。
冷たい海風に乗って汐の香りがザザンと岩を打つ波の音を運んで来る。切り立った崖の上で見晴らしが良い。少し前の僕ならばここで死のうとしたかも知れない。
「あなた、覚えてる?」
「ん?」
「私あの時、ここで身を投げて死のうとしていた事を……」
「え……?」
一瞬心を読まれたのかと思い、ドキッとした。
「あら、忘れちゃったの? あなたはそんな私を体を張って止めてくれたのよ? その時あなたがくれたプロポーズの言葉『一度捨てようとしたその命、僕に預けてもらえませんか』って……私を抱きしめて言ったでしょう?」
「はは、そんな大切な事を忘れていたなんて、僕は最低だな?」
苦し紛れの言い訳だな。
「いいえ、私、嬉しかった。初華が産まれて間もなく、あなたは先に行ってしまったけど、私は
……ん?
「初美さん……記憶が?」
「ええ、今はっきりと思い出したわ。あなた、優治さんでしたっけ? 初華の恋人かしら?」
「お母さん!?」
「はい、今お付き合いさせていただいてます妻夫木優治と申します」
「そう……優治さん、初華をお願いします!」
ガラッ!
「お母さん!!」
……。車椅子のブレーキを外し崖へと向かおうとした初美さんを僕は行かせない。僕が同じようなことを考えていたのだから、一度死のうとした初美さんが考えないわけがない。
「初美さん、死なせませんよ?」
「私はこんな体だし、認知も入っているわ? あなた達の幸せを邪魔したくないの。 それに、ここに来るまで私の大切な人の事を忘れていたなんて、自分が許せない!」
バチン! 初華さんが初美さんの頬を叩く。
「ママのバカ! 私の前で死のうとするなんて! それこそ私やパパへの冒涜よ! ママを失う事が私の幸せに繋がるわけが無いじゃない! 不幸に決まってるじゃない! ママのバカアアア!」
初華さんは泣き崩れてしまった。それを見て初美さんも涙ぐんでオロオロしている。
「僕は二人の喜ぶ顔が見たくてこちらへお連れしたんですよ?」
「優治さん……そして初華、ごめんなさい。私がどうかしていたわ?」
僕は泣き続ける初華さんの頭を軽く撫でて
「いいですよ、人は弱気になることもあります。 僕がそうでした。そんな僕を救ってくれたのが初華さんです。お母さん?」
「はい?」
「初華さんを僕にください!」
僕の人生を変える覚悟を決めた。初美さんの手を取る。
「ぇ……ぇぇ、ええ! 是非、この子を幸せにしてやってください!!」
その手を初美さんが握り返してくれる。
「はいっ!」
良かった、初美さんは泣いてしまったけど、僕は笑えたようだ。人前で笑う自信がなかったのだ。
「優治さん!」
おっと、背中が重たいよ初華さん。でも柔らかくて心地良い。
「初華さん、お母さんの許しをもらいました。僕と結婚していただけますか!?」
「もちろんです! 宜しくお願いします……うああああああん」
笑顔が見たいのに、みんな泣いてしまった。僕のせい? まあ、責任はとるのだから良いだろう?
こうして、僕は少しづつ笑えるようになって、人生が楽しいと思えるようになってきた。僕の人生は変わった。
あの日、ホームで足のつま先を踏まれて以来、僕の人生はつま先上がりだ。
しかしその上がり方が異常なのだが?
結婚の打ち合わせにやって来た初華さんの家だが、外構の門から玄関までの距離が異常に長い。そして玄関まで来ると、いよいよ尻込みしてしまいそうだ。あまりの豪邸なので入るのにまごついてると、初華さんが迎えに出てくれた。
「いらっゃい、優治さん!」
どこの貴族令嬢だよ!? やはりここは異世界か!?
この世界は以前の世界と同じように見えて、世界線の違う異世界なのかも知れない。と、僕は思い始めていた。
「優治さん♡」
まあ、それも悪くない。
─了─
終わったと思っていた人生がつま先から始まった件 かごのぼっち @dark-unknown
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