第4話 サキュバスですか?
ねえ、くつろぎ過ぎじゃないですか?
初華さんがリビングのソファで無防備にも眠ってしまった。僕の部屋で女性が眠っているなんて? これはあれですか? 襲っても良いやつですか?
とかなんとか思いながら、僕は彼女が風邪を引かないように毛布をかけた。部屋は暖房も入っているのでこれで大丈夫だろう。
いつかは一線を超える事もあるのだろうか? そう考えると、僕の人生は少しだけ上向き加減に思えてきた。
……女性の寝顔を見るなんてマナー違反だとは思うが、もし彼女と上手くいかなければもう二度とこんなチャンスはないかも知れないからね?
どうして女性って良い匂いがするのだろう? きっとこれがフェロモンと言うやつなのだろう。なるほど、これは危険だ。僕の男性としての機能が遺憾無く発揮されている。
しかし僕は伊達に大魔道士なわけではない。もはやこの手の誘惑には屈する事なく理性を保てるのだ。しかし……そこに居るだけで何故こんなに誘惑されるのか? まさかここは異世界なのか? 彼女がサキュバスと言うのであればこの魅了も納得だ。とんでもない引力を持っている。
僕はなんとか自我を保ちながら毛布のぬくもりに身を任せていた。
殺伐としていた僕の世界が少しづつ変わろうとしているのか、こんな平穏な時が訪れようとは思ってもみなかった。
これが僕の人生の転機だと言うのであれば、どっかりと乗っかれば良いだけだ。どうせ底辺を這いずり回るだけの人生だったのだから、何かあっても元に戻るだけの話。
僕は彼女の隣に腰をかけ、彼女の横顔をしばらく見ていた。
ああ、温かい。確かに、あんな無機質な死より、こんな温かい死を迎えることが出来たなら最高だろうな。
そうして僕は、そんな微睡みに呑まれて眠りに就いた。
どれくらい眠っていたのか知れない。眠剤もなしにこんなに眠れることはなかった。まだ夢見心地で気分がふわふわしている。
もう少し眠っていたいなと思いながら、ふと思い出した。そうだ、僕の部屋に初華さんがいたのだ。おもむろに目を開ける。
「え?」
近い! 何で眼の前に初華さんが?
僕は自分の今の状態を解析し始めた。すぐに答えはでたが、何とも説明がつかない。
僕は初華さんの膝の上に頭を乗せて横になっていた。彼女は顔を真っ赤にしながらモジモジしている。
「す、すみません!」
僕はすぐさま起き上がって彼女に謝罪した。
「いえ、さっきのままでも……良かったです」
「いや、それでは僕の理性が……」
彼女の顔が真っ赤だ。
そうか、迂闊だった。僕は部屋着だったのだ。こんな薄着ではもう一人の僕の挙動は隠しきれない。
「あの……これは違うんです。いや、違わないけど、そうじゃなくって……」
「私に欲情してくれているのだから、嫌な気はしてないと言うか、むしろ嬉しいです。優治さんの心までは計り知れませんが、少なくとも身体は拒絶していないと解りましたから……」
「初華さん」
「はい」
「僕はまだそう言った関係になるつもりはありません」
「はい。しかし『まだ』と言うことは、そのうちだと期待しても良いと言うことですよね?」
「それは……そうですね。時間の問題かも知れません」
「わっ、私、頑張ります!」
「初華さん?」
「はい」
「そのまんまでいいんですよ。頑張らなくたって。ね? ゆっくり」
「はい、ゆっくり、ですね」
そうだ。僕たちの関係は始まったばかりなのだから、そんなに急がなくてもいい。
一月後、僕の足のギプスが取れた。
僕たちの初デートだ。
「ええっと?」
イメージと違う。全然違う。なんで
「ランクル?」
僕のアパートの前におよそ似つかわしい
「ええ、ギプス外れたばかりなので、あまり無理はさせられないと思いまして、今日はドライブへ行こうかと……言いませんでしたっけ?」
「いや、ドライブとは聴いてましたが……そうですか。これでどこに行く感じですか?」
「逆にどこに行きたいですか?」
車……インドア派の僕には想像が出来ない。しかもこの大きさの車が入る駐車場となると限られてくるし、車上荒らしとかも怖い。
「あの、普段はこれでどんなところに行かれるんですか?」
「え? ええっと……そのお……」
ん? 少し困った顔になった?
「正直に言いますと、母は介護が必要でして、日中は施設に預けているのです。なにぶん山の方なので車で……施設の方は快く預かるとは言ってくれるのですが、なるべく家で住まわせてあげたいのです。しかし日中は仕事に穴を開けるわけにはいかなくて……」
「初華さん、そこへ行きましょう」
「え? でも、今日は初デートですから。それに母は手術の影響で認知症を患っているので、あまり話が……」
「僕はもっと初華さんの事を知りたいんです。それに……僕は母親をあまり知らないものですから、お会いしたいなと……ご迷惑じゃなければですが?」
「迷惑どころか……私、嬉しいです。母の話をすると、たいていの殿方は少し嫌な顔をされるので……」
介護と聴いて臆したクチだろうか。僕はそれでも会ってみたいと思う。彼女が将来の伴侶の可能性があるというのであれば、なおのことだろう。
僕は足の爪先をランドクルーザーに向けた。
「行きましょう!」
「は、はい♪」
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