第3話 重いよ?

 僕は再検査の結果、特に異常もなく退院した。


 しかし、足のギプスはそのままなので、しばらくはバイトは出来ないだろう。自宅療養を余儀なくされる。


優治ゆうじさん、食欲はありますよね? 病院食は味気ないですから」

「いえ、そんなには……」


 生きる気力のない人間に食欲のある奴なんていない。食欲のある奴はまだまだ生きる気満々な奴だと言える。


「そうですか……じゃあ、軽いところでうどん作りますね!」

「食欲ないって言ってるんだが?」

「いいえ、食べてもらわないと困ります!」

「どうして鐙さんが困るんですか?」

「だって優治さんは未来の私の旦那さんなんですもの! 早く元気になってもらわなくっちゃ♡」

「鐙さん? 何度も話しましたが、僕は貯金もないし、見ての通りただのフリーターですよ? 将来性なんて皆無ですからね?」

「良いんです。私が稼ぎますから!」


 これは重症だな? でなければとんでもないお人好しだ。


「それから優治さん?」

「は、はい?」

「私のことは『鐙』ではなく『初華』って呼んで欲しいです!」

「それはちょっと……」

「うっ……やっぱり、私って重たいですよね?」

「うん、そうね?」

「うわああああああん!」


 うん、そうなるよね。でも


「それがどうかしたの?」

「だって、こんな女キライでしょ?」

「誰もそんな事は言ってない」

「じゃあ、好き? ですか?」

「まだ付き合ったばかりじゃないですか。私はまだ鐙さんの事、何も知りませんから」

「わかりました!」

「……?」

「私、優治さんに『初華』って呼んでもらえるように頑張ります!」

「いや、頑張るのは良いけど、肩の力抜いた方が良いよ?」

「……よく言われます」


 わかりやすいな、すぐにシュンとなる。僕は鐙さんの頭を撫でた。


「ゆっくりだよ、ゆっくり。君は十分魅力的だから、頑張ったり、相手に合わせる必要なんてないんだ」


 みるみる顔が赤くなる。本当はこんなに可愛らしいんだ。きっと人との距離感が判らないんだろうな。


「優治さん」

「ん?」

「私、優治さんにドキドキしてます」

「そっか。落ち着こうね? 僕は逃げも隠れもしない。何事もゆっくり、ゆっくりと、ね?」

「はい♡」


 誰だ、この子をこんな風にしたのは? こんなパーソナルスペースじゃ何をされたって不思議じゃない。


「ねえ、鐙さん」

「何ですか、優治さん?」

「率直に聴くけど、男性経験はありますか?」

「あ……。えっと、そのお……」

「うん、あるんだね? 男は怖くないのかい?」

「し、正直なところ、アレは苦手です。ただ痛いだけで……そう言う意味では怖いです。乱暴にされるんじゃないかと……」

「あ、ごめんなさい。こんな事を聴きたかったんじゃないんだ。君が男性に固執する理由を考えているんだよ」


 困ったな、怖がらせてしまったかも知れない。しかし性的な欲求では無いことが解った。じゃあいったい……?


「私……幼い頃に父親を亡くしまして、母子家庭で育ったんです。ですので、ずっと父親の存在に憧れていて、もしかすると殿方に父親の面影それを求めているのかも知れません……良い歳して、父親の愛に飢えているだなんて、可笑しいですよね?」

「いいえ? なるほど、合点がいきました。 そして理解も出来ます。僕も幼い頃から両親いませんから」

「ご両親が?」

「ええ、そして私はその生い立ちから人間不信なので、あなたのことは特に信用しておりません。しかしあなただけと言うわけではなく、人間全般における話なので、特に気にすることはないと思います」

「人間不信、ですか……誰も?」

「ええ、誰も」

「それは……何か淋しくないですか?」

「ずっと独りでしたので、特に何も思わなくなりました」

「私、何かお役に立てますか?」

「言ったでしょう? 私は人間不信であなたを信用していませんし、何か期待することもありませんから、基本的に放って置いてくれたら良いと思います」


 ……どうだ? 諦める気になったか?


「嫌です!」


 はあ、これだから人間て奴は……。


「ですから……」

「私、決めました! 絶対にあなたと結婚します! あなたと一緒に幸せになります!」

「何を言ってるんですか? 僕は──」

「──私はあなたと幸せになる事を諦めません! 諦めたくありません!」


 重いよ? ……だが


「鐙さん」

「はい」

「初華さんとお呼びしても良いですか?」

「っ!! はい♡」


 悪くないかな。










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