場所を間違えた崖っぷち令嬢は公爵様に離してもらえない

にわ冬莉

もう、しょうがない

 間違えた。

 それに気付いたのは、すべてが終わった後だった……。





 その日、私は並々ならぬ覚悟の下、一張羅のドレスに身を包み、舞踏会へと向かっていた。


 貧乏男爵家、長女。

 それが私の肩書のすべてだ。


 この舞踏会で、お金持ちの男性とのアチチなランデブー。それが今日のミッション……いや、一生のミッションである。が、スタイルに恵まれているわけでもなく、赤茶の癖っ毛に濃いこげ茶色の瞳という、取り立てて美しくもない私には荷が重い。


 我がアストリア男爵家は、崖っぷちにいる。

 事業の失敗により、このままでは一家心中の道しか残されていないというくらいに、追いつめられていた。こんな時、どうにかこの状況を軌道修正するのに必要なのは、実家が太い令息との婚約! それしかない!

 ……と、そそのかされたのだ。


 でも本当は、そんなの間違ってると思う。なにが「実家が太い令息」よ! いい子いますよ~、お買い得ですよ~、って、私は商品か!

 大体、こんな大きなお屋敷での舞踏会に男爵家の小娘が紛れ込もうだなんて、それ自体場違いなのに。


 招待状があるでもなし、どうやって中に紛れ込めばいいのかわからない。けど、ここまで来ちゃったんだもの、あとはなるようになるわよね! ってことで、私は屋敷の門を潜った。

 門から屋敷までは美しい庭園。所々ライトアップされた庭園を抜けると、正面玄関……っていうのかな。とにかくでっかい扉と、いかつい男が二人。門番にしては服装がちゃんとしてるな。さすが、お金持ちは違うな。


 窓から見える屋敷の中には、キラキラの別世界が広がっている。

 ドレスも、私が着てる古臭いものとは比べ物にならない、豪華で華やかで高そうで……ああ、あの羽根飾りすっご! うわぁ、あの人のドレスについてる飾り、なにっ?


「あの……」

「へっ?」

 ボケーッと窓から中を覗いてたら、声を掛けられた。

 まずい。怪しまれたかもっ。

「どうかなさいましたか?」

 声を掛けてきたのは、背の高い美麗な男性。淡い茶の髪に深いグリーンの瞳。思わず見惚れてしまう。

「あの……えっと、え?」

 どう返せばいいかわからず、オタオタしていると、

「酔い覚ましでしたか?」

 と問われ、思わず

「そうなんです!」

 と口から出まかせを言う。


「そろそろ中に戻った方がいいですよ。さぁ」

 そう言って手を出された。

 え? これって、もしかして、エスコート?

 私、よくわからないままにっこり笑ってその手を取る。もう、どうにでもなってしまえ!


 入り口をすんなり通り抜け、中へ。外から見るのとは段違いの、すごい光景が、そこにはあった。

 まず、料理の数が半端ない! 見たこともないようなご馳走が並べられているというのに、そのほとんどが手つかずだ。立食パーティーなのだから、どんどん食べればいいのに、どうして誰も食べに来ないのか! 


 そして見るも鮮やかなドレスの花! 色鮮やかで美しいドレスが、あちこちに。なるほど、ご令嬢やご婦人方、気合いが入っておりますね! 私みたいに、実家が太い令息目当ての子も多いんだろうな。みんな綺麗だし、スタイルもいい。これでは私など、悪目立ち以外、目立つ術がない。


「あの、ありがとうございました」

 そう言ってエスコートしてくれた美麗な男性から手を離そうとすると、何故かぎゅっと握ったまま離してもらえない。

「え?」

「すみませんが、もう少しお付き合いください」

 そう、微笑みかけられる。


 いや、とても光栄なんだけどね?

 名前も知らない令嬢捕まえて、手を握ったまま離さないって、なにこれ、新しいナンパ? まさかね。こんな美しい男性、私になんか声掛けなくても引っ張りだこでしょうよ。

 それを証拠に、ほら。さっきから痛いくらい視線が飛んできてる。あっちでもこっちでも、令嬢たちが群がってひそひそと話をしてる。私にはわかる。あれ誰よ? なに、あのイモっぽい女。どうしてあのお方があんな女と? って言ってる、絶対!


「これはこれはコーネリアル公爵様、ごきげんよう」

 声を掛けてきたのは、ド派手な赤いドレスを身に纏ったご婦人。その背に隠れるようにして、若いご令嬢が続いている。

「これはサンドラ婦人、ようこそおいでくださいました」

 美麗の君がにこやかに挨拶をする。と、サンドラ婦人が眉間をぴくぴくさせながら私を見て、言った。

「こちらのお嬢さんは、その……どなた?」


 ですよね。気になりますよね。私もですよ。なんでこんな美麗の君に手を握られているのか、わからないんですから。

「ああ、こちらのご令嬢は……」

 チラ、と私を見た。紹介しようにも、名前知らないもんね。私は小さな声で「オリザ」と答える。

「こちら、オリザ嬢です」

「へぇ、オリザ……さん。どちらのご令嬢かしら?」

 値踏みをするように私を見遣る。


「それより、今日はミシャ嬢もお越しなのですね」

 と、夫人の後ろに隠れている令嬢に声を掛ける。名を呼ばれたミシャちゃんたら、顔を真っ赤にしちゃって可愛いったら! 私よりずっと若そう!

「ええ、是非、ダンスタイムにはうちのミシャと」

「ああ、申し訳ありません。実は先の遠征で足を痛めておりまして」

 その言葉を聞き、私、焦る。

「えっ? そうなんですかっ? 座ります? 椅子、持ってきましょうか?」

 思わず早口になる。と、コーネリアル公爵様はククッ、と肩を震わせ、

「大丈夫だよ。ありがとう、オリザ」

 と、急に馴れ馴れしく呼び捨てた。

 それを聞いた夫人、なんだか大層不機嫌な顔になり、

「それでは、また」

 と、ミシャちゃんを連れてどこかに行ってしまう。


「……あの、足、大丈夫ですか?」

 びっこを引いてる感じもなかったから気付かなかったのだ。

「ああ、嘘だから。平気さ」

 しれっと、言ってのける。

「は?」

 私、思わず口を開けたまま彼を見上げてしまった。嘘って、あんた……。

「ぷっ、面白いな、オリザは」

 だからさ、なにその呼び捨て。

 私はいささかムッとした顔で彼を睨んだ。


 ……っていうか、この美麗の君のこと「公爵様」って言ってなかった、あのご婦人?


「……公爵……様?」

 恐る恐る、訊ねると、

「なに?」

 と、普通に返事をされる。


 うわー! うわー! 公爵だって! 私からしたら雲の上の人じゃない? 絡んでいい相手じゃなくない? ちょっと、脳内がパニクる。


「あれ? 急に目が泳ぎ出したね。どうかした?」

 公爵様は私の異変に気付いたようで、ニヤニヤしながら聞いてくる。

「いや、その、私……そろそろ」

 手を、離してほしい。のだけど、わかってるくせにわからないフリで、美麗の君は手を引き寄せる。

「わっ」

 私、引っ張られて足がもつれた。

「おっと、気を付けて」

 美麗の君の腕が、私の腰に回る。ちょっと、エロい。美麗の君は、すこぶる美麗だけど、ちょっと意地悪で、エロい。そう、脳内に上書きさせてもらう。


「あの……公爵様?」

 私、恥ずかしくなって視線を向ける。もちろんこの視線は「その手をどけてください」なんだけど、何故か美麗でエロの君は笑顔のままだ。

「公爵様だなんて、そんな呼び方しないでほしいな。俺のことはエリオット、と」

「は? いや、そんな。お名前で呼ぶなど恐れ多い」

 体を仰け反らせ、なんとかエロの君から離れようとするも、ぜんっぜん離してくれない! なにこれ! ほんとにそろそろさぁっ。


 もぞもぞしていると、また別の女性が近付いてきた。今度はご婦人ではなく、令嬢。絶対にこのエロの君狙いに違いない、令嬢。だって私のこと、すっごい睨んでるし。


「エリオット様! どこにいらしたんですか? ずっと探しておりましたのよっ?」

 すんごい猫なで声で、そう言って彼の腕を触ろうとする。が、何故かエロの君はその令嬢をサッと躱し、私を引き寄せた。腰に手を回した状態で引き寄せるとどうなるか、私は初めて知った。半分抱き締められるみたいに、男性の胸にビタッと張り付くような形になるんだ。

 ぎゃー!


「申し訳ないねダリア嬢、今日は先約があるんだ」

 そう言ってエロの君は私の髪をひと房掴み、キスをしやがった。

 ……はぁぁぁ???


「先約……ですか。その、古めかしいドレスのイモっぽい子と?」


 はい、キター!

 やっぱりそうでしょ? そう思うわよねぇ。そりゃそうだ。うん、わかる。今の私には、わかるわ。ちょっと見渡しただけでも可愛い子ばっかりだし、ドレスはみんな洗練されてるし、付けてる宝石、いくらすんの? って感じだもん! このダリアって子もゴテゴテの赤い石、胸元に光ってる。赤いドレスと合わせてあって、すごく似合ってるなぁ。


「イモっぽいって言われてるけど……どう思う、オリザ?」

「え? ああ、赤いドレスと赤いルースがすごくよく似合っていて、綺麗な方だなぁ、って思います」

 私、思わず脳内の声を駄々漏らせる。


「へっ?」

「ぷっ」


 悪口を言ったのに褒められると思っていなかったダリアが変な声を上げ、エロの君が吹き出す。

「あ、ごめんなさいっ。私ったら心の声がそのまま出てた」

 慌てて口を押えるも、後の祭りだ。

 ダリアはなんだか複雑そうな顔をしたまま、

「もう結構です!」

 と言って去ってしまった。

 やばー。怒らせちゃったよ……。


「ごめんなさい、怒らせちゃったみたい」

「くくっ、いや、多分怒ってないから大丈夫」

 笑い上戸ゲラなのか、君は? 美麗でちょっと意地悪でエロでゲラか? エロゲラの君か?


「あの、本当にそろそろ……」

 もはや半ば抱き締められてるみたいなこの状態は、まずい。周りの視線も痛い。相当数の人から見られている。私はエロゲラの君の胸をぐい、と押して離れようとした。だが、

「オリザ、君、踊れるよね?」

 いきなり、ダンスに誘ってきたのだ。


 は? あんた、さっき足怪我してるから踊れないって、ナントカ夫人に言ってたじゃん! 踊ったらあれ嘘だってバレちゃうじゃん!


「いや、その」

 私が言い終わるのを待たず、ダンスホールへと連れて行かれる。

 そりゃ、私だって一応男爵令嬢ですからね? 踊れないことはないですよ? どっちかっていうと体動かすのは好きなので、ダンスは好きですけどね? でも、見ず知らずの公爵様といきなりダンスって、どうなのよ? ま、私の思惑からすると、なんだか今のところ大成功おさめちゃってる感じではあるんだけどさぁ。だって、公爵だよ? お話するのも難しいくらいのお家柄だと思う。


「なにを考えてるの?」

 エロゲラの君に急にそう言われ、思わず私は

「これはチャンスなのかピンチなのか、と」

 と、またしても脳内を駄々漏らせる。

「あ! いえ、その、なんでもありませんっ」

 慌てて否定するも、ゲラ男はまたしても肩を震わせ笑いを堪えていた。いや、堪えてないか。笑っちゃってるじゃん。


「クククッ、ねぇ、オリザ、君、面白いって言われない?」

 声まで震わせながら、そう訊ねてくる。ホールに立ち、お互い礼をすると、組んだ。音楽に合わせて、踊る。

「いえ、特に面白いと言われたことはないかと……。というか、誰に言われるんですか、それ?」

「ぶっ。そ、そうダヨネ……フッ」


 もはやゲラ男は、端正で美しい顔を保ててはいない。大声で笑いたいのを我慢しているせいなのか、顔がおかしな風に歪んでいる。そして、私たちがダンスを踊り始めてからの視線が、すごい。会場の八割がこっち見てる気がする。要するに、ほとんど全員が、私たちを、見ている……ような。


「あの、ゲラ……じゃなかった、公爵様」

「エリオットだよ」

「コーネリアル公爵様」

「エリオット、だ」

「エリオット・コーネリアル公爵様」

「頑固だね。エリオットだ」

「……エリオット様」

「俺の勝ちだね」

「チッ」

「え?」

「あ……」

「ブフォッ」


 ああ、ダメだ。また笑い出しちゃった。なんで名前呼んだだけでこんなことになるんだ。私は質問したいの! 今の、この状況を!


「し、失礼しました。コホン。あの、何故こんなに注目を浴びているのかわからないのですが」

 辺りを見ながら訊ねると、ゲラ男が、さも当然のように、

「ああ、今日は俺の婚約者選びのためのパーティーだからね。俺が女性と踊ってるってことが、皆からの好奇の視線を集めてる原因じゃないかな」

「へぇ、婚約者選びのためのパーティーですかぁ……」


 ………………なん……だと?


「はぁぁぁぁぁっ?」

 私、踊りながらとんでもない声出しちゃった。

 ターンを決めながら、また、ゲラ男が肩を上下させる。

「ねぇ、オリザ。君、うちに来たの? ぷっ」

 もはやずっと笑っているゲラの君。私は頭が真っ白になって、口を半開きにさせたまま、

「……マウジニアス伯爵家の……舞踏会会場は……?」

「クッ、それはっ、つ……ツーブロック先っ、んふっ」


 あーあーあー、せっかくのいいお顔が台無しですよ、公爵様。顔、さっきからずっと歪みまくってる。しかし、そんなことを言っている場合ではない! 私、間違えた! 目的地、ここじゃないじゃん!


「あの、大変申し上げにくいことなのですが……私、どうやら……」

「間違った、んはっ、んだ……よね? あはははは」

 とうとう堪えきれず、爆笑し始めるゲラ公爵。私は顔面蒼白で、眩暈がしてきた。

「おかしいと思ったんだ。招待していない、見知らぬ令嬢が窓から中を覗いてるんだもん」

 じゃあなんで中に入れたのっ!

「じゃあなんで中に入れたのっ!」

 あ、脳内駄々洩れた。

「あ、その、すみませんっ」

「あははは、も、ちょっと、クッ、無理! はははは」


 ダンスはとうに踊れなくなり、ホールの真ん中でお腹を抱えて笑っているゲラ公爵。パーティーの出席者たちはまるで信じられないものを見ているかのように、目を真ん丸にしてこっちを見ている。


「あの、私、これで失礼しますねっ」

 私は、ドレスを翻し、その場から立ち去ろうと走り出す。

 のだけど……

「待って!」

 後ろからゲラ公爵が追いかけてきた。嘘でしょ!

「待てませぇぇん!」

 律儀に返事をすると、また後ろからブフォッって吹き出す声がする。あんた、笑いすぎだからね、ほんと!


 なんとか人の波を抜けドア付近まで行ったところで、掴まってしまう。

「逃げないで、オリザ!」

 手を掴まれ、そのまま腰をホールドされる。エロ公爵!

「……ああ、皆さんどうぞ、そのままパーティーを楽しんで!」

 会場に向けそう言い放つと、私の腰を抱いたままドアの外へ。

「あの、私っ」

 ずんずんと屋敷の奥へ歩いていくエロ公爵は、なんだかニコニコしていて……なにっ?


「とりあえずここ、入って」

 とある部屋に連れ込まれる。やばい! まずい! なにする気だ!

「そんな顔しなくても、とって食ったりはしないって」

 笑いながら言ってる! とって食う時の顔じゃないの、それっ?

「あ、あの、間違えて屋敷内に入ってしまったことはお詫びいたしますので、解放してくださいませんか?」

 おずおずとそう申し出るも、私をじっと見つめたまま、エロ公爵は何も言わない。

「……あのぉ」

 もう一度、声を掛ける。と、


「オリザ、マウジニアス伯爵家の舞踏会には、どうして?」

 どうして、って……言いづらい。

「えっと、それは、その……」

 視線を外し、しどろもどろになる。お金持ちの男性とのアチチなランデブーのためですとは、言えない。


「ねぇ、オリザって婚約者がいたりするの?」

 顔を寄せ、耳元で囁いてくる。うわこれマジでエロいな!

「や、そ、そんな人はっ」

「ん? そんな人は、なに?」

 だから、囁くなってば!!

「いませんっ」

 元気よく答え、手でエロ公爵の体を押す。のだけど、腰のホールドが解けないから、全然離れられない!


「なんで逃げるの?」

 にまにましながら、なおも囁いてくるエロ公爵。わざとやってんでしょ! 面白がってんでしょ、このエロゲラめ!

「近いってば!」

 私、息がかかるほど顔を近付けてくるエロゲラの頬を思いっきり手で押し返す。

ほんなにへれなふてもそんなにてれなくても……」

 ほっぺたむにゅ~ってなりながら、なにを言ってるんだね、君は!


「その顔で迫るの、反則です! ていうか、早くパーティーに戻った方がいいんじゃありませんっ?」

 私、叫ぶ。

「俺はオリザと一緒にいたいな」

 おいおいおい! なに甘い言葉囁いちゃってるの! 頭イカレてんのっ?

「馬鹿なんですかっ?」

 もう、いかん。私、半分キレてる。


「私みたいな貧乏男爵令嬢相手に、面白がってる場合じゃないでしょうっ? 大事な婚約者を選ぶパーティーなんですよねっ? 綺麗なお嬢さんたちがいっぱいいたの、見えなかったんですかっ? とっとと会場に戻って、ひゃぁ!」

 最後の悲鳴は、エロゲラに抱き締められた私の叫び。何が起きてるのかわからない。


「ああ、オリザ。俺は決めたよ」

「決めたって……なん、です?」

 怖い。その先は聞きたくない。

「俺は、オリザ」

「わー! わー! わー!」

 私は奇声を発し、言葉を遮る。

「俺はオリザを」

「わー! 何も聞こえない~!」

「俺」

「わー! わー!」

「あはははは」


 駄目だ。また笑ってる。しかも私を抱きしめたままで。一瞬の隙もないから、抜け出すことすらできない。

「このままここに閉じ込めて、一生離したくないな」

「おいーっ!」

 思わず突っ込んでしまう。

「駄目?」

 私の顔を覗き込みながら、可愛く訊ねるエロゲラ公爵。くそぅ。無駄に顔がいいな。


「だ、駄目に決まっているでしょうっ。あなたには立場っていうものがあるでしょうっ? 公爵様なんだから、もっときちんとしたお家のご令嬢とっ」

「無理だよ」

「はっ?」

 急に真顔になるエロゲラの君。

「俺、好きな子としか結婚しないって決めたし」

「決めたし? 今決めたんじゃないんですか、それっ?」

「あ、よくわかったね」

 悪びれもせず、そう言って笑う。


「そっかぁ、男爵家のご令嬢なんだね。うん、問題ないよ。結婚しようか」

 嬉しそうに言ってのけるエロゲラの君に、私はNOを突き付ける。

「無理ですよ!」

「どうして?」

「どうし……だから、私はしがない男爵家の娘。あなたとは世界が違いすぎますっ」

「そんなことはない。今、こうして同じ世界にいるじゃないか」

「そういうことではなくっ」

「好きだよ、オリザ」

「そんなバカなっ!」

「ぶはっ、なんでそんな返しなのっ。ククッ」

「だって、おかしいでしょ? さっき出会ったばかりで!」

「オリザといると、楽しいんだ」

「それはあなたがゲラだからです!」

「俺、ゲラなんかじゃないよ?」

「はぁ?」

 これだけ笑っておいて、ゲラじゃないって、なに言ってるの?

「オリザだから、笑うんだ」

 あらやだ、微妙な誉め言葉。私、笑われてるだけなんじゃ?


 ジト目で見返すと、私が何を思っているか気付いたのか、慌てて否定する。

「ああ、違うよ! オリザのことを笑ってるわけじゃなく、オリザが面白くて笑っちゃうんだから」

「……それ、同じことじゃありません?」

「あれ?」

 首を傾げるエロゲラの君。

「ふっ」

 思わずその顔を見て、吹き出してしまう、私。


「ああ……オリザの笑った顔、なんて可愛いんだ」

 真顔で褒められ、私は思いっ切り照れた。

「そんな顔もするんだね。照れた顔も可愛い。このまま結婚式を挙げたいくらいだ!」

「イカレてるんですかっ?」

 もはや話し合いにもならない。これでは話が先に進まない。

 私は意を決して、口にする。


「そこまでおっしゃるのでしたら、私のことをお調べください! オリザ・アストリアです。アストリア男爵家の長女です。我が男爵家は崖っぷち。とても、あなた様と人生を共にできるような人間ではございませんので!」

「オリザ・アストリア……」

「私、帰ります! 大切なパーティーに乱入してしまいすみませんでした!」

 今度こそ、グイ、と公爵を押し退ける。深く一礼すると、部屋の外へ。


「えっ?」

「ハッ」

 外に、偉そうなオジサンたちが数人、ドアに耳を付け立っていたのだ。は? 盗み聞き?

 ああ、そうか。当主様がおかしな娘と部屋に入っていったから、身を案じてたってことね。ほんと、お騒がせしてごめんなさい。


 私、その方たちにも深くお辞儀をし、そのまま外へと駆け出した。

 それで、おしまい。

 私のミッションは、見事に失敗したのである。


*****


 そして翌日。


「……嘘でしょう?」

 屋敷に一人しかいない侍女に叩き起こされ、言われるがままに窓の外を見て、私は瞬きを繰り返す。


 豪華絢爛な装飾を施した、大きな馬車。その後ろには荷を積んだ幌馬車が三台。

 大きな馬車から出てきたのは、見まごうことなき、エロゲラの君こと、エリオット・コーネリアル公爵本人だったのだ。


「オリザ、これは一体どういうことだっ?」

 父と母が手を握り合って震えている。そりゃそうよね。私もそこに混ざりたい。

 でも、こうしちゃいられない!

 私は急いで支度をすると、慌てて外へと向かった。


「オリザ! 会いたかった!」

 花束を片手に両手を広げ迫りくるエロゲラの君をひらりと躱し、私は怒鳴る。

「こんなところまで、なにをしに来たのですかっ? あの、荷はなんですっ?」

 幌馬車を指し、訊ねる。

「結納品に決まっているだろう?」

「……ゆい、なんですって?」

 おかしなことになった。私、困った。韻を踏んでる場合じゃなかった。ちぇけらっちゃ。


 姿勢を正し、真面目な顔になると、エロゲラの君がその場に跪く。やだ! やめて! あんたが跪くなら私は土下座でもしないと割に合わないんだから!


「オリザ・アストリア嬢、どうかこの私、エリオット・コーネリアルと、婚約をしてはいただけないだろうか?」

「ちょっ、なにをっ」

 私は昨日、名乗った。我が家の現状を知れば、きっと諦めると思ったからだ。なのになんで正式な婚約話持ってくるのっ? なんで!


「返事は?」

「もちろん、YESよ!」


 は?

 なに今の? 私じゃないけどっ?


「おめでとう、オリザ!」

「お、お母様っ?」

 返事したの、親だわ……。

「まさか公爵様と結婚だなんて……でかしたぞ、オリザ!」

 ああ、駄目だ。親二人、ノリノリじゃん。


「お許しが出たようだ」

 エロゲラの君が嬉しそうに微笑む。立ち上がると、そのまま私を抱き上げた。

「ひゃっ」

「では、ご息女はこのまましばらくお預かりいたします。お父上、お母上、また結婚式で!」

 そう言い放ち、私は馬車に乗せられた。


「嘘っ、まさか、そんなことっ」

「行ってらっしゃい!」

「オリザ、幸せにな!」

 両親と、侍女が大きく手を振った。普通にお見送りをされ、私は屋敷を後にしたのだ。


 馬車の中で私を膝の上に抱いたまま、エロゲラの君が言った。

「これからよろしくね、オリザ」

 そして私の頬に、唇で触れた。

「にゃーっ!」

 思わず、鳴いてしまう。

「ぐふっ、にゃーって……ふふっ」

 ああ、また笑われたっ。


「降ろしてくださいっ」

 膝の上では落ち着かない。が、エロゲラの君は私を抱く腕を緩めるどころか、もっと力を籠める。

「場所を間違えてくれて……俺の元へ来てくれて、感謝しているよ」

 ――それはきっと、本心。

 私は、大きく大きく息を吐き出し、諦めて、答えた。

「……いえ、こちらこそ、お屋敷に入れていただき、ありがとうございました」


 間違ってしまったものは仕方ない。

 これも運命だったと思えばいいのだろう。

 私は、ミッションに成功したようだ。


「笑いの絶えない家庭を築いていこうな」

「気が早いですよ!」

「あはは」


 馬車は、場所を間違うことなく、まっすぐとエリオットの屋敷へと向かって行ったのである。




おしまい


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場所を間違えた崖っぷち令嬢は公爵様に離してもらえない にわ冬莉 @niwa-touri

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