藤吉へ
間口凪紗
藤吉へ
藤吉へ
藤吉、聞いてる?
お前との思い出はどれもこれもカラッとしていて取り繕った湿っぽさもなくて
今日という日に似つかわしくないような気がしています。
ただ、藤吉に指名されてしまったのでしっかりと役目を務めようと思います。
毎日一緒にいたはずなのに
嫌にお気楽だったせいか思い出したいのに思い出せず、ただ楽しかったなあという感情と藤吉の笑った顔だけが頭から離れません。
何がそんなに楽しかったんでしょうね。たぶんどれもここで話すほどの畏まったそれでいてまとまった話ではなく、どうでもいいことだったのだと思います。
藤吉はどうですか?逆に覚えていたら教えてほしいです。いつか。
その中で唯一思い出せたことと言えば藤吉がやけに熱く語った日のことです。
いつもどこか変な藤吉だったけれど
その日は特段変だったので、だらけた日々の中でも色濃く残って消えません
秋口、
学校終わり、あるようでなかった大会が終わり部活の練習もありませんでした。
「絵に書いたような青春やってみたくね」と藤吉が言うので
青春の代名詞に勝手にされている屋上に行ってみました。
おおかた昨晩の恋愛ドラマの影響でしょう。ただ、うちの学校の屋上は言わずもがな何もなく、あるとすれば気まずそうに誰かが植えた名も知らぬ植物の鉢があるだけでした。
ただ、そんなこと藤吉はお構いなしに、雰囲気重視で、近くのローソンで買ったペットボトルよりも安くない紙パックのオレンジジュース飲んで寝そべりましたね。
そして決めていたように
「青春だわ〜」と笑っていました。
これが藤吉の青春なら簡単で平和でいいな、同時にこれで良いと思える自分にも笑えました。
それからオレンジジュースを一口飲んだ藤吉は俺に言いました。
「将来どんな人になりたい?俺はさ、抽選会で欲張らないじじいになりたい」
意味が分かりませんでした。
「三好、抽選会ほど人間性が浮き彫りになるもんはないよ」
抽選会?
「前バイトでさ、抽選会のスタッフやったんだよ」
うちの学校バイト禁止だろとは口に出しませんでした。藤吉のバイト人生は今に始まったことではないからです。
「具体的には?」
「商店会主導のさ、三千円毎の抽選会だったんだよ。そんで当たりが松坂牛セット。みんななかなか手に入らないからってそれ目当てで来るんだよ。だけど大概が参加賞の飴。よくて商品券。会長も一等入れてるのに出ないから焦るくらい出なかった。そこに、来たのが厄介ジジイ。何を買ったのか知らないが、この日の為に六万円分の買い物をしたとかで登場した。俺らも、さすがに出るだろうと見てたんだが、望んでるやつのとこには来ないようにできてるらしい。何度やっても出るのは参加賞。そんでジジイも不機嫌面でさ、なんせ孫連れてきてメンツ丸つぶれだったんだろう。笑っちまうよな。愚痴たれつつもなんとか宥めて次のお客さんに行ったら、なんと一回で出ちまったんだよ一等が。そしたら、爺さん大激怒。若い大学生くらいのお姉さんにも俺らスタッフにも会長にもすげえ怒り狂ってさ。そんで気圧されたお姉さんが爺さんに譲ったんだよ。その一等。俺納得いかなくて抗議しようとしたらお姉さんがいいのよって笑うんだよ。大人の余裕を感じたね。逆にあの爺さんみたいに迷惑かけて大声だしゃ、目当ての者手に入れられるってなんだよって。だから俺はあのお姉さんのように余裕をもって、あの爺さんを反面教師にするんだ」
藤吉、
俺はあの時のお前にそうだなって賛同したこと今では後悔してるぞ。
藤吉、
俺はお前が抽選会であの時のお前みたいなスタッフや周りの人間に嫌な顔されたとしてもそんくらいの図々しさを持ったお前を笑ったぞ
藤吉、
お前がここにいてさえいてくれれば
俺は抽選会で図々しくても
横暴でも
何でも、
何でも、、
どんな形であれ喜べたぞ。舐めるなよ。
藤吉、
あの時、将来どんな人間になりたかお前に聞かれた時。答えられなかったけど今なら分かる。
俺は抽選会で図々しくても長生きするジジイになりたい。
こうして幼馴染に葬式の挨拶を任せるような奴にはなりたくない。
藤吉のこと悪く言うやついなかったぞ。
皆葬式では泣けないっていうけど
目の前の奴ら、有り得んくらい泣いてるぞ。
お前が死んだことが分かった日。
帰り道、抽選会がやってた。
ブチ切れてやろうと思った。何で出ないんだよって、藤吉が毛嫌いしたジジイみたく。
だけど、なんか知らんけど、一等が当たった。
一等なんて初めてだ。いつもは外れしかでないのに、その日に限って。
藤吉、お前が言うように
やっぱり、欲深い人間の希望は叶えられないんだな。
急に泣き出すもんだからスタッフ陣も大焦りで
「どうしよ、ティッシュ、部長!」
「お客さん、そんな嬉しかったのかい」
「いや、違うんです。すんません、、」
なんて言いながら涙が止まらなかった。
藤吉、
ブチ切れてはないけど
大号泣してる俺の事お前は嫌いになるか?
いや、きっと大爆笑だろうな。
藤吉、
おれは生きるぞ。
お前が恥じた連中より酷く滑稽な姿を晒して生き延びてやる。
また会うことがあったらあの日のように青春ごっこしような。
三好善
藤吉へ 間口凪紗 @maguchinagisa
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