第4話 大型のネコ?

 私は身支度を済ませ、テオドールさんに案内され食堂へと足を踏み入れると長い机の先にジーク殿下がいた。

 

 けれど、私、テオドールさん、殿下以外には誰もいない。


 脇に控えている人も服装からして食事担当のシェフといったところだろう。


 王族ってこんな寂しい朝食を取るんだっけ?


 私の知っている王族や貴族なら、兄妹に両親、他にも執事やメイドなどがいてもおかしくない。


 というか、いない方がおかしい。


 もしかして貧乏とか? それなら辻褄が合う。

 

 私だって今は腐っても公爵令嬢。


 それがメイドの一人も手伝いにくることもなく、身支度は自分でしないといけなかったし、それなりに大きな屋敷。


 なのにすれ違う人の数が少なく、名前を覚えてしまいそうなくらいだ。

 

 ちなみに、テオドールさんが私の部屋を訪ねたのは前日に高熱を出し倒れたからとのこと。

 

 とても想像出来ないけれど、ジーク殿下も心配し看病をしてくれていたらしい。


 この状況もそうだし、なんていうか常識外れ……それどころか、その行動原理すらわからない。


 次々と新たなことが明らかになっていくことに、頭を悩ませていると勢いよく食堂の扉が開いた。


「だ、大丈夫かい、フラン?! 昨晩体調を崩したというのを殿下から聞いてね、居ても立っても居られなくなっちゃって気が付いたら馬車を走らせてたよ! でも、その様子だと問題なさそうだね。ああ、そうだそうだ! これ、エレからだよ」


 そこには私のことをフランと呼び、ロゼッタの母であるエレスティア・ラングレットこともエレという愛称で呼び、息をつく暇もないくらいのマシンガントーク。


 そしてひまわり色の艶のある長髪を後ろで束ねた髪型。端正な顔立ち、グリーンローズ色の瞳を輝かせる私に似た貴族のような装いをした男性。

 間違いない。


 ロゼッタ、フランソワの父であるオスカー・ラングレット公爵だ。


 食堂に入ってきた私に駆け寄り抱きつくと、母から預かったという小包を渡してくれた。


「こ、これは?」


「ほら、ロゼが小さい頃から寝苦しい時、抱いていたクマのぬいぐるみだよ。エレがもう戻ってくる回数も減るだろうから渡してあげてと託されたんだ。渡すならロゼじゃないかいって断ったんだけどね……あはは」


 フランソワの父も、母もゲームままだ。

 とても優しく、天然でこの短い会話でも幸せな家庭を築いているのだということがわかる。


 彼らがいたからこそ、ヒロインのロゼッタは最後まで絶望することはなかったのだろう。

 

 別に現実世界で不遇であったわけではないし、それなりの家庭でそれなりの人生を過ごしてきた。けれど、こうも純粋に笑みを浮かべる人は見たことがない。


 いい人だ。


「うん? どうしたんだい? 父さんを見て」


「い、いえ、少し昔を思い出してしまっただけです」


 記憶を無くしたということを口にしようと思ったけれど、この関係性にひびを入れたくなくて、言葉を飲み込んだ。


 いずれ明かすタイミングがあれば、腰を据えて話そう。


「そうか、ぬいぐるみ大切にしてやってくれよ? きっとエレを幸せに導いてくれるはずだからね」


「はい、お父様。大切に致します」


 このぬいぐるみは物語の後半、人の目を気にして外を歩けなくなったロゼッタの隣にいたクマのぬいぐるみで。 


 ロベルト王太子が戦地に赴く際、ロゼッタに自分の代わりということでプレゼントしたものだ。


「可愛い……」


「ふふっ、気に入ってくれて良かった」


「もちろんです! とても気に入りました。ですが――」


「ん? 何か気になることでもあった?」


 推しの達が幸せになり、役目を終えたぬいぐるみが私の元にきた。


 言葉なんていらない。本当に嬉しく思う。


 けれど、そんな大切な物もらってもいいのだろうか。


 赤の他人である私が。


「あ、わかったぞ! さてはロゼのことを気にしているんだろう? フランソワはロゼの大好きだからなー! でも、大丈夫だ。ちゃんとあの子の許可も取ってある! だから問題なしだ!」


「そ、そうですか……」


「ああ、そうだ!」


 公爵は、私にぬいぐるみを渡し終えると、姿勢を正し殿下に頭を垂れた。


「では、殿下。私は娘の無事を確認出来ましたし、渡そうと思っていた物も渡せたので屋敷に戻ります。どうか娘を宜しくお願い致します」


「ああ、一緒に食べて行かなくていいのか?」


「ふふっ、殿下は相変わらずお優しいですね! お気遣い頂きありがとうございます。ですが、私も家で妻が待っておりますので」


「ふん、そうか。なら気をつけてな」


「はい、失礼いたしました」


 公爵は私に向かって柔らかな笑みを向けると一礼し、食堂をあとにした。


 私は前世で見た登場人物が目の前来たことで、華麗にスルーしてしまったけれど。


 あの印象最悪で、実際最悪な傲慢殿下様が公爵に連絡し、朝食を一緒に食べないのかと誘う。


 口も悪くないし、声のトーンも落ち着いていた……もしかしてジーク殿下ってツンデレキャラなの?


 脳内が整理されないまま、案内された席に腰を下ろすとその殿下が口を開いた。


「おい、その……大丈夫なのか?」


 聞こえているけれど、理解が追いつかず、予想外の言葉に首を傾げた。


 暴言を吐いたり、悪態をついたりするのに私を心配しているようにも感じる。


 やっぱりツンデレなのかな?


 朝食を前にして固まっていると耳元で声が聞こえた。


「フランソワ様、殿下が返答を待っておられます」


 振り向くと長い睫毛にどアップなのに、毛穴すら見えないテオドールさんがいた。


 近づくことで整った目鼻立ちがよくわかる。美しい上、怒鳴らないし睨んでこない。


 私が見つめ返すと、ウィンクして優しく目配せした。


 うん、好みだ。癖に刺さりまくる。


 怒鳴るキレる暴れる殿下様とやらとは大違いだ。

 

 この短い期間で、よくもまぁここまでの好感度差が生まれるものだ。


 本当は視界の隅に映り込む、こちらに視線を飛ばしてくる殿下の方は向きたくない。


 けれど、そうも言ってられなかった。

 

 視線を外さない私と突き刺さるような視線を飛ばす殿下と挟み撃ちなっているからだ。


 仕方ない。テオドールさんを困らせるわけにもいかないもんね。 


 私はテオドールさんから視線を外し、殿下へとピントを合わせる。

 

 そこには獅子から、大型の猫のような雰囲気を醸し出している殿下がいた。


 なんだろう。

 お礼を言われることを待っている感じがする。

 そんな期待の込めた視線を向けないでほしい。

 ますます動物に見えてしまうから。


 いや、そうだ。

 もういっそのこと動物だと思って接しよう。

 

 なんて思いながらも小さく「ご心配頂きありがとうございます。殿下」と呟いた。


 その言葉を聞いた殿下は、声にならない変な音を漏らす。そして顔を背け素早く席を立ち、駆け足で食堂を去っていった。


「あははー……フランソワ様、やはり本当に記憶を失っておられるのですね」


 このやり取りで記憶を失っていることを信じてもらえるって、以前のフランソワはどんな対応をしていたのだろうか。


 とても気になる。


「あの……すみません、テオドールさん」


「はい、さんなんて不要ですよ? 殿下同様に生涯お仕える方ですので。どうか、テオドールとお呼び下さい」


 生涯は重いですってテオドールさん。どう見ても、大型の猫くらいにしか思えないですから。


なんてことは言えるわけもなく、私は「承知致しました」と言うと自室に戻った。

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転生したら脇役でした!? 〜推しでもない顔も知らない俺様系の王子と歩む物語〜 ほしのしずく @hosinosizuku0723

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