第3話 エンディング後の世界
誰も部屋に居なくなったことで、改めて気になっていた姿を立ち鏡で見た。
「うん……どう見ても十二歳って感じではないよね」
目の前にいるフランソワの輪郭はスッキリし、目鼻立ちも幼さを残さず、少し透けたネグリジェから見える足もスラっとしていて長い。
現代でいうところの、高校生くらいには見える。
そしてふと思い出した。
逃げるように、殿下とやらを探しに行ったテオドールさんという超絶イケメンのことを。
「あはは、この格好で見つめ合って目を逸らさないとか、普通の貴族令嬢なら絶対にしないよね……」
というか、恥じらいのある乙女ならしない。
けれど、私はアラサー社会人経験十年目突入、おじさんの下ネタでもゲラゲラ笑ってしまう残念女子。
これくらいでは動揺しないのだ。
とはいえだ。
結局のところ、ここはどういう世界なのだろう。などと考えながらふかふかのソファーに腰をかけた。
「あ、手紙があったよね。それを見てみるかー……なんかごめんって感じだけれど」
数枚あった内の一枚を開けると、衝撃の内容が記されていた。
「えぇー! どういうこと? ロベルト王太子とロゼッタが生きているの? それに婚約中って! も、もしかして……原作にはなかったストーリーが描かれているってこと?!」
とんでもない事実を知ってしまった。
まさか推し達が生きている上婚約中だったとは……色んなことを差し置いて舞い上がってしまう。
「おい! 記憶無くしたというのは本当か!?」
勢いよく扉が開くと同時に私の声かき消す大声が響く。
反射的に声の方へと視線を向ける。
獅子のような威圧感に、トパーズ色の瞳。銀色のくせっ毛にサーコート。
誰に対しても口も態度も悪い人物がいた。
「あ、ジーク!」
記憶と目の前いる人物が一致したことで私は指を差し思わず叫ぶ。
「ああん? お前、また俺のこと呼び捨てしやがったな! 俺のことはジーク様と呼べと言っているだろうが! というかだな……人様に指を指すんじゃねぇ!」
壁を強く叩き、自分より小さなネグリジェ姿の私に向かって怒号を響かせる。
その声を聞いたことで、記憶が叩き起こされた。
フランソワとして過ごしてきた、その日々が。
記憶にこびりついている姿と全く同じ。
とんでもなく口が悪い。これが殿下? 嘘でしょうよ。
こんな言葉づかいの悪い人が国のトップなんて終わっている。
「殿下! 落ち着いて下さい!」
呆れていると遅れてテオドールさんが駆けつけた。
大声を張り上げ近づこうとしている殿下を羽交い締めをし止めている。
殿下はそれでもお構いなしに暴言を吐き続けていた。
「テオドール、お前はバカか? あいつ俺たちをからかっていたんだぞ! この腹黒くそ女が!」
「さすがに、くそはいけません! くそは! そもそも、フランソワ様がそんな低俗な真似するわけないですよ? その辺は殿下もご存知でしょうに」
「するわけがない? そうやって疑うことを辞めてしまうとどこかの弱小貴族に足元をすくわれるぞ? それにだ、ただでさえこいつは頭が回るんだ。今だって俺らを小馬鹿にして楽しんでいるのかも知れねぇ!」
「論点がズレていますよ、殿下? 今はフランソワ様が記憶喪失されているのかどうかが問題です。改めてお聞きしますが、殿下はフランソワ様と会話はされたのですか?」
「細かいことベラベラと……お喋りくそ野郎が。それに会話だと? はっ、そんなもん必要ねぇ……あいつはいつも通りだ。俺にはわかる」
「あ、まーた、くそって言いましたね。ふぅー……殿下、何故フランソワ様のことになるとそうなるんですか……罵詈雑言に頼らずちゃんと会話して下さい」
「ああん?」
「いやいや、殿下。私を睨んだところでなにもなりませんよ」
目の前で繰り広げられる言葉の応酬。
冷静かつ呆れながら返すテオドールさんvs睨みとバカくそという低レベルな言葉のみで戦うジーク・ラピス・クライブ殿下。
勝敗の見えた戦いだ。
戦う前から、テオドールさんが勝っている。
けれど、よくよく考えると国のトップである人物が、引きこもり令嬢の部屋を訪れるってどういうことよ。
私が手を挙げて「あ、あの――」と尋ねるけれど、二人は気付くことなく会話を続けている。
「いいですか、殿下。先程も伝えましたけど、フランソワ様は記憶消失なのですよ?」
「だから、なんだ?」
「だから、なんだはないでしょうに。大切な婚約者なのですから」
「えっ!? 私が婚約者?」
どういうこと?! フランソワに婚約者いなかったよね?
キョロキョロと殿下とテオドールさんを交互の見つめるが、どちらも深く頷いている。
あはは……私で間違いないってことですか
衝撃の事実が明らかになった。
これで私が知らない部屋にいたことが理解できた。ここはたぶんラングレット家の屋敷ではない。
俺様系王太子のジーク殿下の屋敷か何かだ。
って、冷静になっている場合じゃないよね。
どうするよ……これ本当にウハウハライフ到来じゃない? 推し達も幸せになっているなら、私も幸せになっていいってことだよね?
いや、相手が相手だからそれは無理かな……どうしよう。
動転しまくる私に、テオドールさんは声を震わせながら尋ねた。
「そうです、驚いちゃいますよねー……私も驚いていまいましたよ。あの時の殿下と言えば、見切り発射大概でしたからね。って、あ……あれ? フランソワ様。もしかして、それも覚えていらっしゃらないのですか?」
「は、はい」
「殿下! これは一大事ですよ」
先程とは打って変わり、テオドールさんがジーク殿下の服を掴み、激しく揺すった。
なんていうか、仕えているというよりは仲の良い幼馴染のようだ。って、これは推しカプになるのでは?
俺様系王太子に、天然幼馴染従者……とてもいい組み合わせだ。
私が妄想にふけっている間にも二人は会話を続けていた。
「ど、どこがだ! 別に記憶なんかいらないだろうが、いちいち反応がデケェんだよ!」
「はぁ……そんな言い方をするから、嫌われるのですよ?」
テオドールさんの言う通りだ。
なんかもうさすがの私もキャパオーバーで動揺しまくり&妄想捗りまくりだけれど、これだけは言える。
私の知っているゲームの世界だったなら、お前は不人気キャラ確定だぞ。
特にカプ概念のない一般的な女性にはな。
いや、それ以前にだ。
仮にも婚約者に向かって「記憶なんかいらない?」とか控え目に言って頭がおかしいのでは?
「ああん? なんだその不服そうな目は!」
「顔がいいのに勿体ない……」
思わず本音を呟いてしまう。
「は?」
私の心の声を聞いた瞬間。
あの大きく目を見開き、テオドールさんに視線を向ける。
「おい、テオドール! 意味不明なこと言ってるぞ? こいつ今、俺を褒めやがった!」
「だから、初めから言っているではありませんか。記憶を無くされていると……」
「もっと早く言え!」
「言ってたでしょうに」
なにこれ、漫才?
私が呆れていると態度や言動はともかく、作画完璧の顔が近づいた。
「んで、どこまで覚えてねぇんだ?」
ち、近い。さすがにドキドキしてしまう。
しかも、なんだこの青りんごのような匂い。
香水かな?
情緒不安定になりながらも、必死に笑みを浮かべ事実を述べた。
「えーっと……全部ですね……あはは」
「ぜ、全部だと!?」
「いや、さっきから言ってますよね……」
テオドールさんの完璧なツッコミがつかさず入った。
呆れ果てて顔を強張らせている。
なんかお疲れ様です。
色々と疑問は残るけれど、目の前で繰り広げられるやり取りになぜだか安心感を覚えた。
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