恋する雪だるま

海沈生物

第1話

「森ちゃん、私このと結婚するよ!」


「いや、なんでやねん!?」


 幼馴染のカンナと一緒に学校からの帰路を歩いている時のことだ。彼女は突然、道端にある雪だるまと結婚する宣言をしてきた。


 青いバケツの帽子、小石の鼻、連なった小枝の唇、何枚もの葉っぱで作られた髪の毛ショートヘア。ただの子どもが作ったものにしては、少し特異な雪だるま。ちょうど背の低いカンナと同じぐらいのサイズである。

 そんな雪だるまは特異なものであるが、所詮雪だるまは雪だるまである。


「なにアホなことゆーてんねん。明日どころか今日中に溶けて消えるものと結婚するなんて愚の骨頂やで」


 私がツッコミを入れると、そのショートヘアを揺らし、カンナは不機嫌そうに眼を細めた。


「あのさ、時間は問題じゃないんだよ。愛は互いを想い合う心こそが重要なんだよ。量より質。明日相手が死ぬとしても、そこに愛があればそれでいいんだよ。分かるかね、森助手くん」


「助手じゃないわ、ボケ。それとな、その論はどうかと思うわ。愛において大事なのは質より量や。ただの平凡な愛は結婚して三年もすれば冷めるものや。長い時間を経てもなお、存続するもの。それこそが真の愛と呼べるんやないか?」


「森助手くん、し、真の愛とか、思想が強すぎない?」


「お前の”そこに愛があったらええやん理論”も大概やと思うけどな。現実はアコムのCMやないんやから」


「”そこに愛はあるんか……!?” 」


 私は白い息をつくと、カンナを無視して先を歩く。


「あーん、待って待って!? 雪だるまくんと私をここに置いていくの!?」


「置いていくやろ。それは。私も寒いし、はよ帰りたいねん」


「うー……分かった」


「おお、分かってくれたか」


「私が雪だるまくんを持ち上げて帰るわ!」


 カンナは目の中にメラメラと炎を灯すと、雪だるまのお尻を持ち上げた。だが、雪だるまというものは丸い雪玉を二つ重ねたものである。接着剤で固めたわけではない。


 ぽろん。雪だるまの首が地面に落ちた。まるで血しぶきのように飛散し、溶けたアイスのような崩れた顔だけが道路に残った。奇妙な恋愛譚がサスペンスに突然のジャンル変更である。ダンガンロンパかよ。


 青いバケツの帽子はありふれたバケツになった。

 小石の鼻はありふれた小石になった。

 連なった小枝の唇はありふれた枝になった。

 葉っぱのショートヘアはありふれた葉っぱになった。


 もうそこに「雪だるま」は存在せず、”それ”を形成していた物体が残されているだけである。私は「ああ」と声を漏らす。R.I.P.である。


 カンナは開いた口が塞がらないで、その場でガチガチに硬直していた。ただ、その目からはぽろぽろと涙が流れていた。なんでこんなものに恋したのかともかく、本当に彼女は雪だるまを愛していたのだろう。


 雪だるまは生命ではない。ただ、彼女が恋をした雪だるまという物体に過ぎない。

私や多くの人はその崩壊を悲しむことはない。けれど、彼女が、彼女の心が、そこに価値を見出した。雪だるまに”生命”を見出した。カンナのそういう意味不明だが繊細な感性が、私はとても好きだ。 


 私はそっとカンナを抱きしめる。何も言わず、ただ胸元に泣きついてくる。


「……私が、私が、雪だるまくんを殺しちゃった。そんな、そんな気は」


「はいはい、よしよし。大丈夫、大丈夫。雪だるまは雪だるまだよ。殺してなんかいない。雪だるまは生命やないんやから」


「き、鬼畜!? ここは嘘でも、もうちょっと良い言葉をかけてくれる場面でしょ」


「でも、雪だるまを破壊すること自体は犯罪やないやろ? それは法が雪だるまを生命と認めてないからや。カンナがどう思っても、社会は殺したなんて認識はせーへん。めそめそするぐらいなら、雪だるまくんのために次の恋を探す方がええんちゃうか? ……今度は、ちゃんとの相手を」


 涙を流すカンナの頭をよしよしと撫でる。本当に、カンナは可愛い。可愛くて、可愛くて、もう手放したくない。


 朝早くから、甲斐があったなと密かに微笑んだ。

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