7 Knights To Die

道造

7 Knights To Die



「アデリナ! 今日この場をもって貴様との婚約を破棄する!」


 スローン・ルーム(玉座の間)。

 普段は謁見や表彰の間として利用されるのを転用したパーティー会場にて、ザクセン第二王子アーデルベルトはそう宣告した。

 宣告した相手は辺境伯令嬢アデリナ。

 第二王子の婚約者であった。

 賑やかであったパーティー会場のざわつきが収まり、やがて注目が集まる。

 

「貴様がアレクシア嬢に行った数々の嫌がらせは婚約者として許さぬ! 貴様が辺境伯令嬢という立場を悪意により利用したことが何より許されぬ!! ゆえに、私はここで貴様との婚約破棄と男爵令嬢アレクシアとの婚約を宣言させてもらう!」


 辺境伯令嬢にして、第二王子の婚約者であったアデリナ・フォン・アッカーマンは答えた。

 怯えるわけでもなく、突然の事に驚いたというわけでもなく。

 毅然と胸を張って返事をした。


「嫌がらせ? アレクシア嬢に私が何か非道を行ったと? 全く心辺りがありませぬが。何の根拠を持ってして、殿下はそのような事を?」

「この期に及んで虚偽を吐くか!」


 アーデルベルトはニヤリと笑った。

 ここだ、計画通りだ、とばかりの笑みであった。

 同じく第二王子の側近もニヤリと笑い、前に進み出る。


「証拠・証言は我々が用意しております!」


 複数名の側近が名乗り出た。

 公爵家令息から男爵家令息まで複数名。

 どれも第二王子と同じく、長男ではない。

 そもそもが長男ではないスペアである第二王子に対して、長男の側近が用意されるはずもない。

 だが、名家の令息であることに違いはなかった。


「本当に愚かなことに、婚約者であるにも関わらずアレクシア嬢に嫉妬した彼女は――」


 どうでもよいことを口走っている。

 どうでもよいことだと考えた。

 それを考えたのはドミニクという騎士である。

 酔っている。

 パーティーの片隅でただ手酌でワインをグラスに注ぎ、ひたすら飲むという。

 陰気な飲み方ではあったが、ドミニクはそうしていたかった。

 これが戦友に対する献杯であったからだ。

 だが、そうしているわけにもいかなかった。


「……」


 歩いていく。

 気になったのは、『辺境伯令嬢』という言葉であった。

 第二王子の側近とやらが何やらくだらぬ、本当に稚気じみた王立学園(アカデミー)における嫌がらせとやらを口にしているが、心底どうでもよかった。

 階段から突き落として暗殺しようとしたと言う件を除けば、些事にも程がある。

 問題はそれを言われている相手である。

 なるほど、確かに辺境伯令嬢である。

 名をアデリナといったか。

 一度だけ、幼い頃に挨拶をした覚えがあった。

 まだカーテシー(敬意を表すために膝を曲げてお辞儀をする)の練習をしている幼い頃で、する必要もない下級の一代騎士にすぎぬドミニクに対し、カーテシーをしてきた覚えがある。

 ドミニクは笑った。

 辺境伯も笑った。

 何、我が友人に対してであれば、この挨拶も悪くないではないかと笑った。

 ああ、我が戦友もドミニクも、あの頃は若かった。

 鮮やかではないモノクロじみた記憶。

 それを想い出し、ドミニクは歩き出した。

 歩いた先は、当然に注目の舞台の真っただ中である。


「なんだ、貴様は?」


 第二王子が眉を顰めた。

 ドミニクは名乗った。


「ドミニク」


 短い名前であった。

 風貌は軍服こそ着用しており、勲章もいくつかぶら下げているが、どれもが戦功勲章である。

 地位が高いわけではないことは、誰の目にも明らかであった。

 年も若くない。

 老骨と言うほどでもないが、通常なれば妻子がいるであろう歳であった。

 ドミニクに妻子などいないが。

 家名は一応あるが、名乗らない。

 領地があるわけではないから、名乗っても仕方ないし。

 ドミニクが眼前の相手に対し、名乗る価値がある相手だとは思っていなかったからだ。

 首を傾げ、逆にお前の名前は何だ、とでも言いたげに尋ねる。


「まずお前は誰だ? さっきからこのパーティーで何やら喋っているが、何者だ?」

「は? 一体何を言っているのだ?」

「お前など戦場で見たことはないぞ。どこの誰が何の権利があって、このパーティーの壇上で喋っている」


 ぶふっ、と誰かが口からワインを噴き出した。

 事実である。

 ザクセン国王には第四王子までの男子がおり、当然だが王族には参陣する義務がある。

 だが、第二王子が初陣式を済ませたと言う話は誰も聞いたことがなかった。

 そもそも第二王子が、このパーティーの主催であることを疑問に思っていた騎士さえいるほどであった。

 誰もが内心、何故このような輩がデカい面をしているのだと考えていた。


「私は第一王子を知っている。第三王子も、今はまだ14歳の第四王子も。何せ、私はザクセン王の招聘に従い、王族全ての初陣に参加しているからな。だが貴様など戦場で見たことはないぞ?」

「き、貴様、王族への敬意が――」

「騎士としての初陣すら果たしていない王族に何故敬意を払う必要が? もう一度言おうか?」


 明確に現状を評すれば、ドミニクは第二王子を公然と侮辱していた。

 だが事実である。

 第二王子アーデルベルトは戦場に出てない故に一人前の騎士などではないし、初陣を済ませていないならば王族としての義務を果たしていなかった。

 仮にこれが両手両足がない不具の立場であってさえも、何一つ変わらなかった。

 神輿に乗ってでさえも初陣は済ませておくべきである。

 事実、第四王子の初陣式に至っては10歳の時である。

 戦力として期待しているのではない、王族として戦場に立つという覚悟を問うているのだ。

 ゆえに、戦場に出ていない王族の名前など、ドミニクは本当に欠片も覚えていなかった。


「再度問う、お前は誰だ」

「ザクセン第二王子、アーデルベルトだ。貴様、何処の騎士だかは知らぬが覚悟しておれ! 必ずや父に報告して無礼に対する懲罰を貴様に加えてやる」

「そうか、覚えたよ。初陣式も済ませてない騎士が、まさか、この誇り高きパーティー会場にいるとはな。本当に知らなかったんだ。悪かったな」


 くすくすと笑いが起きた。

 意図的に笑おうとして笑ったのではない。

 ドミニクの言はもっともであると思ったからだ。  

 この玉座の間で行われているパーティーは、上品な文官の貴族や令嬢が、教養や社交の一環として行っているパーティーではない。

 敵対国家への戦勝に対する祝賀会であった。

 戦場を知らぬ騎士など一人もおらぬ。

 もちろん、パートナーとして同行したその妻や婚約者である妻女は別であったが、まあ戦場に出向く騎士の妻女としての心構えは当然ある。

 王族の中でまさか初陣を果たしていない者がいるとは誰も思わなかった。

 確かに、騎士ではないし、王族でもないな、それは。

 ドミニク卿が「貴様など戦場で見ていないから、知らぬ」と言ったのも無理はないではないか。

 そういう笑いであった。

 誰一人として、初陣も知らぬ第二王子アーデルベルトを尊重する空気などなかった。

 無礼であるとは看做していないのだ。

 この『くすくす笑い』で国王に懲罰を加えられるなどと、誰一人として考えていない。


「……」


 それがアーデルベルトには理解できない。

 何故笑っているのだ、こいつらは?

 王族への不敬罪が怖くないのか?

 怒りを超えて、困惑すら浮かんだ。


「私は第二王子アーデルベルトである」

「ああ、今知ったよ。二度名乗る必要はないぞ? 物覚えは良い方でな」


 ドミニクは不思議そうに首を傾げた。

 王族であることを明確に伝えたのに、それで怯えた様子は全くない。

 それがアーデルベルトには不思議でしかたなかった。

 だが、ドミニクはそれに構わず話を続ける。


「それで? ああ、貴方の婚約者である辺境伯アッカーマン家の御令嬢が非道を成したと?」

「そうだ、ありとあらゆる嫌がらせを。酷い時には階段でアレクシア嬢を突き飛ばし、暗殺を試みた――」

「事実ですか?」


 最後まで稚気じみた言い分をマトモには聞かずに。

 ドミニクはアデリナに尋ねた。


「事実ではありません。辺境伯令嬢の名において誓いましょう。我が父の名にかけて、私が行った無罪の宣誓は潔白で偽りではないと言い切れます」

「信じます」


 ドミニクはこれを信じた。

 なるほど、辺境伯の御令嬢の言葉とあれば信じられる。

 我が戦友の娘の言葉であれば信じられる。

 ドミニクは辺境伯と戦場を何度も共にしていた。

 その機会はもう二度とないであろうが。

 それだけが残念であった。

 だから、ちびりちびりとパーティーの片隅で陰気に酒を飲んでいた。

 戦勝に浮かれる戦場の友達の邪魔をしないよう、静かに献杯をしていたのだ。

 この今初めて知った第二王子とやらの騒ぎが起こるまではだ。


「我が戦友の御令嬢の言葉であると言うならば信じましょう」

「貴女は、父の……」

「戦友でありました。身分違いではありましたが」


 それだけを告げて、終える。

 言葉はそれ以上必要がなかった。

 それだけて伝わるのだ。

 アデリナ嬢が、かつて幼い頃に自分にカーテシーをしてきたことは重要ではなかった。

 そんなこと、アデリナ嬢も覚えてはいないであろう。

 何より重要なのは、我が戦友の娘であるということだけであった。


「辺境伯令嬢に味方するつもりか!」


 アーデルベルトが叫んだ。


「戦友の娘であるがゆえに」


 叫ぶでもなく、ドミニクは当然の結実であるが如く口にした。

 ほう、と誰かが呟いた。

 パーティーに参加する騎士の幾人かであった。

 素直な感嘆の吐息であった。

 騎士たちは、ただただやかましく、あるかないかも判断できぬ辺境伯令嬢の罪をがなりたてる第二王子よりも、ドミニクに好感を寄せていた。

 戦友であるからだ。

 ドミニクが、ではない。

 それも当然あるが、この戦勝祝賀会に参加しておらぬ辺境伯こそが戦友であるからだ。

 辺境伯は死んだ。

 戦場にて、誰よりも勇ましく戦って戦死したのだ。

 敗北濃厚の戦場を、先陣を切って励ましながらに敵陣後方まで突き抜けたのだ。

 それを考えて、誰もが思う。

 辺境伯令嬢の罪が有るかどうか定かではないが、ドミニクの辺境伯令嬢を庇った行為は正当なものである。

 同時に、自分がドミニクのようにすべきだったのではないか。

 そう自問すら浮かんだ。


「ふん、戦死した辺境伯に義理立てするか」


 アーデルベルトはそれを嘲笑した。

 戦死した人間に、権力などないと勘違いしていたのだ。

 勘違い。

 そう、明確な勘違いである。

 誠に勇敢なる騎士は死して名を残して、種を残す。

 具体的にはドミニクのような戦友であった。

 ここにいる全ての騎士である。


「……」


 ドミニクはここで何も答えなかった。

 嘲笑されたことは理解していた。

 だが、怒り狂うでもなく押し黙った。

 ここで第二王子の首を刎ねることなど、テーブルに転がっている肉切りナイフでも容易であったが、それが目的ではないからだ。

 ここでわざわざ献杯の儀式を途中で打ち切って、表に出てきたのはアーデルベルトと名乗る愚物の首を刎ねるのが目的ではないと理解している。

 潔白を主張する戦友の忘れ形見を、稚気じみた告発から守るために立ち上がったのだ。

 騎士としての冷静につとめ、言うべきことを言う。


「ともあれ裁判でしょう。第二王子は彼女の非道を訴えるが、アデリナ嬢は潔白を主張している」


 ドミニクはそう告げた。

 ドミニクの価値観では、こうしたときには裁判が当然行われるものである。

 一方が被害を受けたと訴えている。

 一方はやっていないと訴えている。

 ならば真実性を問うには裁判しかあり得なかった。

 アデリナの罪とやら――本当にくだらない嫌がらせはともかくとして、ともあれ暗殺を試みたとまで言われているのならば裁判で決着をつけるしかない。

 そう思っての発言であった。


「何を言っている。必要ない」


 対するアーデルベルトの言葉はこうである。

 誰もが「稚気である」と判断せざるを得ない発言であった。


「第二王子にして、将来の国王である私が法である。道理を捌く権利があるのは私だ。今のこれこそが略式的な裁判だ」


 アーデルベルトは自信満々に告げた。

 ドミニクは首を傾げた。


「お前は阿呆か?」


 本気の言葉であった。

 本気で第二王子の正気を疑ったのだ。

 そんな馬鹿な話が通用するわけがない。

 封建領主が荘園の慣習法にもとづいて行使した裁判権、いわゆる領主裁判権とは訳が違うのだ。

 そもそも、仮に領主が農奴相手に行う裁判とて、領主は出来る限り中立な立場としてそれを裁くものだ。

 今回の事例に適応されるものではない。

 

「あ、阿呆だと!?」

「貴族・諸侯間紛争は確かに王族に裁判権が委ねられているが、それは貴族・諸侯との緊密な協力を前提として行われるものだ。王族が自分の利益がために都合が良い裁判を行ってよいわけがなかろう」


 具体的には、そもそもの論としてだ。


「いかに第二王子とて、現在の国王ではない第二王子に裁判権があるわけなかろう。お前など誰が認めたと言うのか。まさか父親に王位継承を認められたから自分が王様だとでも勘違いしているのか?」


 ドミニクは正論を吐いた。

 ここが裁判だと?

 笑える話でしかなかった。

 それはそうだと、その場にいた騎士の誰もがドミニクの言葉に頷いた。

 大前提として、国王に裁判権があるのは『国王を信頼して』のことである。

 裁判(正義)とはつまり,支配者が中立の義務を果たすという能力と意欲に対しての信頼を、それに仕える騎士が納得して初めて成り立つものなのだ。

 そもそも国王の役目は双方の同意を作り出すことであって,それを自分の臣下に強制することではなかった。

 裁判官としての公平な任務を果たす事だけが求められたのである。

 そして、第二王子アーデルベルトなど、この場にいる騎士は誰もが信頼していなかった。


「私は第二王子アーデルベルトだぞ」


 アーデルベルトは自分の地位による力を信じていた。

 第一王子が戦傷で王位継承権を外された今、自分にこそ国王の権限が譲られるべきだと思っていた。

 裁判権を委ねられた国王の役目をまるで理解していなかった。


「だからなんだ。繰り返し言わなくても、お前の名前は知っていると言っただろうに」


 ドミニクは第二王子など怖くもなかった。

 怖いのは戦場で何の役にも立たず、戦友の足を引っ張って死ぬことだけである。

 それ以外にこの世に恐怖することなど何一つなかった。


「証拠はここにあるのだぞ! 証言はこうして――」


 アーデルベルトは吐き捨てた。

 この物の判らぬ阿呆騎士を論破しようとして。


「誰もが第二王子の側近であろう。そのようなものが信憑性のある証拠や証言と誰が言えようか?」

「我々は公爵家や伯爵家の――」

「だからどうした」


 ドミニクは側近の言葉を容易く跳ね除けた。

 如何に身分ある立場の人間だからとはいえ、それが証拠や証言の価値になりえぬ。

 平等ではない。

 自分にとって都合の良い立場の人間による発言など平等ではない。

 真に公平であると判断できれば、自由民でありえるならば一市民の証言でさえ証拠にはなりえるが。

 どうして王子に忠実な側近が用意した証言や証拠が公平だと思っているのか。

 法とはそういうものだ。

 ドミニクはそう思っている。

 そして、それはパーティーに参加した周囲の騎士も変わらぬ。


「少なくとも平等ではないな」

「さて、あの第二王子とやらは何故このような不公平な裁判を通せると思ったのか?」


 誰もが本当に不思議そうに言葉を口にした。

 そこには王族への遠慮などない。

 本心本音でそう思っているのだ。


「私たちが用意した証拠・証言が不服であると言うのか!」


 側近がさも不快そうに口にした。

 こう口にすれば、名家の自分たちの言い分が通ると疑っていないのだ。


「そうだと言っている。それすら理解できんのか?」


 ドミニクは本気で不思議そうに口にした。

 そもそもが名家だから言い分が通るなど、裁判上で有り得ぬ話であるし。

 それを言うならば、辺境伯が名家でないなどと誰が言えようか。

 敵対国家から長年、国境線を守り続けてきた英雄の中の英雄である。

 ここにいる騎士は誰もがそれを理解していた。

 あの勇敢なるアッカーマン辺境伯の戦友であるか? 戦場を共にしたのか? と人に尋ねられれば、それを嬉しがって自慢話をするような騎士しかいない。


「王族への不敬罪を理解しているのか?」


 ここでアーデルベルトはドミニクと名乗る騎士を、心底の阿呆であると看做した。

 王族への不敬は罪であることを認識していないのだと。

 辺境伯が死んで権力を失った戦勝式のパーティーで、声高に辺境伯の娘であるアデリナの罪を批難してやったのだ。

 誰もが追従して、彼女の罪を批難してしかるべきではないのか?

 そう考えていた。


「お前こそ、このパーティーを何だと考えているのだ?」


 ドミニクにとっては逆である。

 アーデルベルトと名乗る阿呆を、本当に第二王子かどうかすら怪しいと疑いつつあった。

 一応は主催であるらしいので、本当ではあるのだろうが。

 ここにいる騎士をなんだと心得ているのだ。

 誰もが辺境伯の騎士として素晴らしい死にざまを見届けているのだ。

 その忘れ形見を批難しようだと?

 我が戦友の忘れ形見は自分の潔白を主張しているぞ!

 ドミニクは頭に血が上りそうであったが、ここで怒り狂って眼前の愚物を殺すことは止めた。

 逆に、ドミニクは決意した。


「よろしい。第二王子アーデルベルトは辺境伯令嬢アデリナの罪を告発している。だが、用意した証言・証拠は正当なものとはいえず、そしてアデリナ嬢は潔白を主張している。ゆえに決闘裁判を挑む」


 決意したものは、望んだのは神の法廷である。

 剣の勝利によって判決を語られる。

 決闘により、欺瞞と真理を明らかにするのだ。

 それ以外にあり得なかった。

 清き者の腕に勇士の力を与え、偽れる者の強力を萎えさせる。

 それが決闘裁判である。

 神の審判であった。


「何を馬鹿な。いや――」


 ここにきて、アーデルベイトは逆に笑った。

 この愚かな騎士はとんでもなく馬鹿な事を言っている。

 王族に対して決闘裁判を挑もうとしているのだ。

 愚かにもほどがある。

 再び、にやりと笑みを浮かべて告げた。


「いいだろう、決闘裁判でもな。但し、七人の騎士を集めよ」


 王族に歯向かう騎士など何人も集まるわけがない。

 眼前のドミニクなる愚物が一人で命乞いをするだけである。

 そう考えての発言であった。

 失策である。

 明確な失策であった。


「ここにいる全ての騎士に問う!」


 ドミニクは絶叫した。

 パーティー会場全てに、もし寝ぼけ眼の人間がいたら即座に目覚めるような怒号である。


「第二王子アーデルベルトと名乗る者が、婚約者の罪を口にしている。彼女が非道をしたと。我らが戦友たる辺境伯の忘れ形見であるアデリナ嬢が悪事を働いたと。そして、彼女はそれに対し潔白を主張している。如何にする?」


 身震いするような叫びであった。

 戦場である。

 ここはドミニクにとって戦場であり、それはここにいる全ての騎士がかつての戦場を思い出させるような怒号であった。


「真に勇気あるものは決闘裁判へと参加を名乗り出てくれ!!」


 高貴な女性の危機を救うために神に使わされた騎士が白鳥に曳かれて登場し、高貴なる女性を救う。

 これこそ騎士の本懐である。

 「神の裁き」とはそういうものである。

 ここで高貴な女性に加えられた恥辱に罰を与えたまえ。

 高貴なる神よ。

 我が言葉をお聞きあれ。

 そういうものだ。

 誰もがこぞって手を挙げた。

 パーティーに参加している騎士の殆どが手を挙げたのだ。


「ああ、ここでパートナーとして女性を連れている騎士殿には遠慮して頂きたい。本当に申し訳ないところだが」


 ドミニクはそう告げた。

 妻女を巻き込むような真似はして欲しくなかった。

 第二王子とやらを心底馬鹿にしてはいたが、それでも王族は王族であろう。

 妙な迷惑が妻女に及ぶ可能性もある。

 その程度の判断は彼にもあった。


「どうしても駄目なのか」


 最初に勢いよく手を伸ばした騎士がそう口にした。 

 残念ながら横には妻がいる。


「どうしても駄目だな」


 ドミニクは拒否をした。

 手を挙げろ、誉れである、とむしろ妻女に催促されていた騎士さえもいたが、それもやがて諦めたように手を下した。

 ドミニクは満足して笑っている。

 反して、アーデルベルトは焦っていた。

 何故誰もがこのように王族に対して平気で反抗する?

 何故手を挙げようとする?

 不敬罪が怖くないのか?

 彼には理解できなかった。

 彼らは王様と王国に仕える騎士ではあるが、アーデルベルト個人に仕えているわけではないという、致命的な違いを理解できないのだ。


「続ける。辺境伯に由縁ある騎士だけが残れ」


 ドミニクは言葉を続けた。

 手を伸ばし続けていた独身の数十名の内、数名が残った。

 どれもがアッカーマン辺境伯に由縁ある騎士であるはずだ。

 顔ぶれは様々であった。

 ここにいる騎士は戦場を共にし、戦友であるために一端の騎士であることは誰よりも理解している。

 だが、彼らと辺境伯の由縁まで走らない。

 記憶を辿る。

 果たして、彼らの王都での正式な務めは何であったか。

 よくよく思い出す。


「アッカーマン辺境伯へ恩を返すために」


 一人は処刑執行人(エクセキューショナー)である。

 確かに騎士ではあるが、罪人の首を刎ねるのが一族の仕事であった。


「同じく、アッカーマン辺境伯には義理がある。ここで見捨てれば二度と騎士は名乗れぬ」


 一人は剣闘士(グラディエーター)である。

 確かに騎士ではあるが、コロッセウムで日銭を稼ぐような底辺騎士である。


「あれは良い雇い主であった。その御令嬢のためとあれば見捨てておけぬ」


 一人は傭兵(ゼルトナー)である。

 確かに騎士ではあるが、額ほどの領地さえ持たぬ黒騎士であった。


「まだ領地開拓のための借金を辺境伯に返しておらぬゆえ」


 一人は領主騎士(リッター)である。

 確か、まだ東方開拓地にて開拓を始めたばかりの額ほどの領地しか持たぬ騎士であったはずだ。


「誰よりも私に決闘裁判に挑む権利がある」


 一人は陪臣騎士である。

 王国直臣の騎士ではないが、伯爵家に忠誠を誓いアッカーマン卿の最期までを見届けた騎士であった。


「辺境伯のためとあらば、仕方ない」


 一人は紋章官である。

 役どころとしては文官ではあるが、戦場にて敵方との交渉役を果たすために今回参陣していた。


「当然、私も参加する」


 そして最後の一人は自分。

 ドミニク。

 領地さえ持たぬ、戦功により騎士叙任を受けた元平民にして、辺境伯の戦友である。

 こうして七人の騎士が集まった。

 そして――第二王子アーデルベルトは笑った。


「はは」


 なんだ、こんなものかと。

 口にはしなかったが、誰にでも分かるくらいに嘲笑した。

 さすがにパーティー会場の騎士が争うように手を挙げたのには驚いたが、現実にはこんなものだと。

 最後に残ったのは下級も下級の立場、底辺騎士が七人ばかり。

 結局は、王族にして次の王位継承者である自分が怖いのだ。

 婚約者の後ろ盾であるアッカーマン辺境伯が先の戦いで戦死し、兄である第一王子も戦傷を負って足を失い、余命いくばくもない今。

 王位継承者たる自分を邪魔するものは何もない。

 底辺の騎士が寄り集まったところで、どうして王族が用意する選りすぐった騎士たち相手に決闘裁判で勝てようか。

 そう考えた。

 そう勘違いをした。


「いいだろう! 決闘裁判を正々堂々受けて立とうじゃないか!!」


 背後を見た。

 側近たちがいる。

 実際には父である国王が国中から英傑を集めて、決闘裁判の準備を整えてくれるであろうが。

 まあ、アカデミーの実力を思い知らせてやるのもいい。

 実戦経験者ではないとはいえ、側近の中にはアカデミーの剣術大会で優勝できるほど優れた者もいるのだ。

 ここで武功の一つも与えてやろうか。

 貧困に喘いでいるような底辺騎士が殆どの連中など訳もなく打ち倒せるであろう。


「詫びをいれるなら今なら聞いてやるぞ、ドミニクとやら」


 なんなら、謝罪を受け入れる様子さえも見せた。

 愉悦であった。

 自分が一瞬追い詰められたと勘違いして、それが翻ったことによる余裕であった。


「笑わせるな、アーデルベルト」


 ドミニクは唾を吐いた。

 もはや第二王子と言う敬称さえもつける気はなかった。


「貴様は神の審判で裁かれることになるのだ」


 ドミニクはそれだけを告げた。

 パーティーはそれで終わり。

 これ以上続けられるわけもなく、それで解散となった。

 アーデルベルトが後悔するのは、次の日。

 怒り狂った父である国王が、決闘裁判は貴様の側近だけでやれと言い放った瞬間である。

 かたや辺境伯に由縁のある歴戦の騎士。

 かたや初陣経験のない、アカデミー卒の第二王子の側近。

 決闘裁判における全ての勝敗が明らかになるのは、パーティーから三か月後のことであった。




――――――――――――――――――――――



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 (短編コンテスト用の作品なので、続きを書くのは選考後になりますが

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