第4話 漢、高島津竜也の恋が終わるまで 下

「何度もね……」


 美穂は声をしゃくり上げた。


「何度も、この部屋を引っ越すように言われてるんだよ。でもなんでだろうね。

 たっちゃんが帰ってくる気がしてさ」

「……すまん」


「私……これからどうすれば『ええ』の? ここでたっちゃん待ってても、どこにも進めないのにさ」

「……また『出てる』ぞ。東京人は『ええ』じゃなくて『いい』だぞ」


「あの事故もはっきり言って、たっちゃんが悪いよ。どうせ緊張して、前見て歩いてなかったんでしょ」

「……うん」


「なんだよ『19時に赤羽』って。『あかばね』と『しかばね』間違えるなんてどんだけバカなんだよ」

「間違えたわけじゃないぞ」


「お墓も遠いんだよ。なんだよお墓が静岡県の河津って……。ギリギリ通えない距離じゃないから腹たつんだよ!」

「通ってくれてたのか……ごめんな」


「私、いつか天国に行ったらたっちゃんに仕返ししてやるんだ。

 たっちゃんに会えたら『本当にたっちゃんはバカだね』って言ってやるんだ。

 ……こんな独り言もたっちゃんには、どうせ聞こえてないけれど」


「聞こえてるよ。全部聞こえてる」


「でも、こんな事『え』ったって、どうにもならないからもう『ええ』んだ。

 『ええ』かげん引っ越そう。 

 来年は、私はもうここには居ないからな! 竜也!」


「…… …… 『こんな事言ったってどうにもならないからもういいんだ』……って言ったのか今?

 日本語が崩壊してるじゃないか! もう! 美穂! 聞け美穂!!

 東京人は『ええ』じゃなくて『いい』なんだ! それ本当に関西人が怒るやつだぞ!」


 一通り文句を言い終わると、美穂はテーブルに突っ伏したまま黙り込んでしまった。


「悔しいな、せめて、俺がここにいることを美穂に伝えられないかな……

 悔しいぞ……

 (大きく息を吸い)

 みほーーーー!!! いるぞーーーーー!!!」

「竜也のばーーーーーーか!!」


「うぉい!! 美穂も同じタイミングで大きい声出してどうする!!

 ……くそ……」


 竜也は、テーブルの上の熊のぬいぐるみを手に取った。


「おい美穂! みろ!! ぬいぐるみが勝手に動いてるぞ!!

 これはトラップ現象だ!! うわああ!! 恐怖! 怨念のぬいぐるみ!!

 みろおおおい!!」


 美穂は見向きもしない。


「せめて見てくれよぉ!!

 畜生……だめか……」


 竜也までテーブルに突っ伏してしまった。無音の時間である。


「美穂?……聞こえてないかもだけど……

 ……

 ……

 俺も、この部屋は引っ越した方がいいと思う。

 プロポーズしようとした日に間違えて天国に行っちゃった馬鹿野郎のことなんか忘れて、早くその……

 幸せになってくれ」


 ぐー。ぐー。と音がする。

泣き疲れて美穂が眠りについたのだ。


「……聞いてないよな。

 ……本当に聞こえてないのか? 実は寝てるふりじゃないのか!?」


 竜也は美穂を覗き込む。


「……んなわけない……か」


 竜也は、自分のジャケットを寝ている美穂にかけた。


「じゃあ……俺いくわ。

 ……風邪ひくなよ。……あ、あと! 変な関西弁の癖はなるべく早く直せよ!

 『ええ』じゃなくて『いい』な! 」


 美穂は寝息を立てている。


「本当に、聞こえてないんだな」


 竜也はため息をついて立ち上がった。

そして、部屋を出ようとしたその時に……


「いけね! 忘れてた!!」


 竜也はテーブルに引き返し、ジャケットのポケットを探って指輪のケースを取り出し、

テーブルに置いた。

そして、あたりを探し、

選んだものは熊のぬいぐるみを包んでいた梱包用の白い袋。そこに、赤いマジックで、

『Marry Christmas』と書いた。


「……これで、よし、と。

 ……美穂。もし美穂が覚えてたら……だけど……

 天国で、今度こそ結婚しよう。

 メリークリスマスのメリーっていうのはな、結婚って意味だって、俺気づいちゃったんだ。

 天才だろ?」


 部屋に美穂の寝息が響く。


「何俺は言ってるんだろうな……。はあ。

 ……今度こそ行くわ」


 竜也は再び立ち上がり、


「寂しいよ。……じゃあな」


 と、部屋を出ようとしたその時である。


「……『ええ』じゃなくて『いい』だよ」


 確かに美穂が言った。


「え?」


 竜也が振り返ると、美穂は竜也が書いた、

『Marry Christmas』のaの部分を指差して……


「そっちこそ、『a』じゃなくて『e』だよ。たっちゃん」


 と、竜也に向かって言った。


「……やっぱり聞こえてたのかよ!!」


「たっちゃん。たっちゃんは本当に、本当に、本当に………」







     そういうとこだぞ高島津くん 了





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