第3話 漢、高島津竜也の恋が終わるまで 上


「「メリー・クリスマス」」


 高島津竜也と、美穂の月日は、矢のように過ぎた。

二人は交際を深め、東京都は北区にて、二人で生活をするようになり、

今日は、二人で過ごす何度目かのクリスマスだ。


 美穂が、少し大きめの丸く白く梱包された袋を幸せそうに抱え、

竜也がそれを、やはり幸せそうに眺めていた。


「なんだろー。 ヒント! ヒントは!?」


 美穂が袋を眺めながら聞くと、

竜也は、一瞬顔が引きつった。そして、しどろもどろに、


「ヒント!? ヒントは、えーとー…… えー ……冬にぴったりな物です! 」


「わからないなー。色は?」


「い……ろ……?」


 竜也は、正座の姿勢のまま背筋を伸ばし、頭を垂らして考えた。


「色、色は……(小声で)わかんねえな…… ノーヒントです!!」


「茶色かー」


「そう! そう茶色! 茶色だった! 正解は、茶色いコートです! 風邪ひくなよ」


 美穂が、幸せな手つきで袋を解くと、中から出てきたものは茶色い熊のぬいぐるみだった。

竜也は思わず頭を抱える。


「違っ……!! あーーごめん」


 美穂は、しばらく真顔でぬいぐるみを眺めていた。


「ごめん、ごめんね美穂……」


 すると美穂は、熊のぬいぐるみを抱きしめた。


「ええね」


「?」


「嬉しいよ。ありがと。たっちゃん」


「う、うん」


 すると美穂は、大きくため息をついて、リビングのテーブルに座った。そして突っ伏す。


「何やってんだ私」


 竜也は、床で正座の姿勢を崩さずに……


「本当に申しわけない……」


 土下座である。


「まさか今日がク……」

「まさか今日がクリスマスだったと思って無かった、とか言うんだろうな」


「……返す言葉もない」


「このぬいぐるみも自分で買った物だし……ほんと、たっちゃんはバカだね」


「うん、でもな!」


 竜也は背筋を戻し、テーブルに座る。そしてポケットをまさぐる。


「……渡すものなら、あるんだ」


 竜也は、ジャケットのポケットから、青く小さい箱を取り出した。


「待たせちゃってごめん。美穂、俺とけ……」


「たっちゃんのバカ」


「え……」


 美穂はテーブルに突っ伏したまま動かない。


「あれ……おかしいぞ。俺のプランではここで驚かせるつもりだったんだけどな。

 もしかして、タイミング間違えたか? 俺……」


 竜也は、未だに女心の一つがわからぬ。

それで美穂とぶつかり合うことの多い日常だったが、これでも少しは学んできたつもりだった。

そして竜也なりに出した答えが、『クリスマスに結婚指輪を渡す』であった。


「……とりあえず、一旦引っ込めるぞ」


 竜也はバツが悪そうに、結婚指輪の入った箱を引っ込めた。

美穂はその場で動かず、竜也はどうしたらいいかオドオドしていて、気まずい時間が流れる。

部屋が、凍えるほど冷たい。


「私ね、たっちゃんって、ほんと優しい、ええ人って思ったんだよ」


「ん? な、なあ」


「もう一年か。雪が降ってたな……

 雪といえばさ、たっちゃんすぐ傘とか壊しちゃうからさ」


「ああ。傘は苦手だ」


「家に傘が一本しかなくて。雪が降ってるとき私が会社行くときに、駅までの道でたっちゃんが傘をさしてくれてさ

 今でも覚えてるよ」


「ああ、あったな。そんなこと」


「そのとき、この人本当に『ええ人』って思ったんだよ」


「なあ、その」


「雪が降ってて。息を吐いたら白くって。でも、『ええ』なって。寒いけど、なんか『ええ』なって」


「関西弁! その間違えた関西弁!

 さっきからすごい気になるんだが!」


「そんな『ええ』思いでも台無しだよ」


「わざとか!? 東京人は『ええ』じゃなくて『いい』だから! 怒られるぞ関西人に!」


「ま、もうどうでも『ええ』んだけどさ」


「無視!? 酷過ぎないかそれは! ちょっと!」


 竜也は、テーブルを手で軽く揺らした。

突っ伏していた麻由は飛び起きる、


「やだ! 地震!?」


「いや俺だよ! 見えてないのか! もう無視とかそういう次元じゃないのか!

 く……そこまで怒らせてしまったのか俺は……」


 竜也も机に突っ伏してしまった。


「……たっちゃん待ってる時、すごく寒かったよ」


「うん」


「すごく怖かったよ」


「ごめん」


「たっちゃんはバカだね」


「ああ。俺はバカだ」


「私もバカだな。『ええ』としして……一人で何やってんだろ」


「……え」


「ようやく1年だよ。長かったよ。

 1年前のクリスマスだ。たっちゃんいきなり、『ご飯食べに行こ』って言って。

 『19時に赤羽ね』って……

 そんなこと急に言われたらさ、たっちゃんのことだし、プロポーズでもするのかなって思うじゃん」


「……」


「でもたっちゃん、19時に来なくて、私ずっと待ってて。

 『もう過ぎてるよ。』『私帰っちゃうよ』ってラインで送って……まさかそれが、

 まさかそれが最後のラインになるなんて思わないじゃん」


「……」


「たっちゃんのバカ。どうして約束の時間に、赤羽じゃなくて天国にいっちゃうの?」


「…… ……ごめん」


 美穂はついに泣き出した。


 暖房が効いてないわけじゃない。それでも部屋の空気が冷たい。

テーブルを挟んで、竜也と、泣いている美穂が座っている。


「薄々気付いていたけど…… やっぱり俺が見えてなかったんだな……」




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