より良き未来を願って

藍条森也

より良き未来を願って

 五歳にも満たない幼児たちが無邪気に遊ぶ保育園の小さな庭。

 そこに、そいつは突然やって来た。全高三〇センチにも満たない小さなロボット。ガーガーと音を立てて腕を振りあげ、目をチカチカさせながらやって来る。

 幼児たちはすぐにそのロボットに気がついた。突然、表れた『友だち』に、顔いっぱいの笑顔を浮かべて駆けよっていく。

 そのことに気がついた保育士の顔色がかわった。

 「ダメ! 近づいちゃ……」

 いけない!

 そう叫ぼうとした。

 遅かった。幼児たちはすでに『友だち』であるロボットに群がっていた。そして――。

 『友だち』は突然、爆発した。

 あとに残されたものは、全身に金属の破片を食い込ませて泣き叫ぶ幼児たち。そして、手を差し伸べた姿勢のまま呆然として顔色を失っている保育士だけだった。


 救急車のサイレンの音が鳴り響き、ネット上にニュースが流れる。

 それを見た人々はあきらめ半分にため息をつきながらこぼした。

 「……また、七年ゼミか」

 七年ゼミ。

 そのいかにも子ども好きのする昆虫的な外見と、セミのような性質からその名で呼ばれるテロリストのロボット。

 それは、いつの頃からかネット上に出回りはじめた存在。

 ちょっとした知識さえあれば小学生でも作れる小さなロボット。オープンソースの設計図通りに本体を組み立て、やはり、オープンソースのAIをダウンロードすればそれで完成。

 そのロボットを下水道の手頃なところに置いておく。すると、数年後。置いた本人も忘れた頃になって動きだし、地上に出現。インプットされた地図情報に従い公園や保育所など幼児の集まる場所に移動。

 そして、その外見と動きとで幼児たちの歓心を引き、まわりにひきよせる。

 幼児たちが自分を囲んだ。AIがそう判断した途端――。

 ドカン。

 ロボットは爆発し、子どもたちを血まみれにする。


 いまや、そんなことは日常茶飯事だった。

 最初の頃こそ誰もが恐れおののき、犯人解明に躍起になった。しかし――。

 すぐに無駄なことがわかった。

 本気で社会を憎む人間が、

 深い考えもなくちょっとしたイタズラ気分で行う人間が、

 自分の不幸を呪い、他の人間も同じように不幸になるべきだと考える人間が、

 次々とロボットを作り、次々と下水道に置いていく。

 都市の地下にあまねく広がる広大な下水網。現代社会の地下迷宮。そのなかに置かれた無数と言っていい数の、全高三〇センチに満たない小さなロボット。

 そんなものをすべて探しだし、回収するなどできるはずがない。

 そして、回収できたところで誰が、いつ、設置したのかなどわかるはずもない。なにしろ、まったく同じロボットが下水道のいたるところに置かれているのだから。

 しかも、起動するのは置かれてから数年後。作り主はその間にすべての証拠を抹消し、どこか別の土地に行ってしまえる。どのロボットを誰が作り、置いたかなど、判別できるはずがなかった。

 決して正体がバレることのない、

 絶対に捕まることのない、

 完璧なテロ。

 下水道という、都市の地下にあまねく広がる迷路の奥に、この小さな怪物がどれだけ潜んでいるかなど誰にもわからない。いつ、どこから、表れ、爆発するかもわからない。

 いまや誰もが足元から突如として表れる小さな怪物におののき、不安を抱えながら、どうすることもできないという絶望と共に暮らしている。


 七年ゼミ。

 その場で呼ばれるテロリストのロボット。

 それをいつ誰が開発し、なぜ、ネット上に垂れ流したのか。それもまた、誰も知らない。ただ――。

 七年ゼミが公開されたとき、それと同時にこんなメッセージも公開されていた。

 「これは、より良き世界を願っての警告である。

 現代世界は無情にも自己責任の名のもとに多くの人間を切り捨て、救いなき貧困と絶望の淵に追いやっている。そんなことをつづければどうなるか。

 そのことをハッキリした形で思い知らせるためにあえて、実行に移す。

 被害に遭われる方々のことを思うと心が痛む。しかし、その犠牲は無駄にはならない。その犠牲が出ることによって人々は気がつく。

 『決して、不幸な人間を作ってはいけないのだ。不幸な人間はまわりを巻き込む。すべての人間は幸せにならなければならない。そうできるだけの社会体制を築かなければならないのだ』ということに。

 今日の犠牲はより良い明日を作るための糧である。これらの被害が出ることによって、人々がより真剣に『より良い未来』を作ろうとすることを確信している」

                  完

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