第14話
豚の次は牛。
味わいの違う肉を堪能して、タビトたちは旅の居所へ帰還する。
「美味しかった」
「だね~」
ヴァーゲンから聞いた食事処で注文したのはシンプルにステーキ。やはり酪農が盛んで牛肉が特産とあれば食べないわけにはいかない。という理由で二人は即決したのである。
提供されたのは人差し指の長さ程の厚みがある、手のひら二つ分サイズの塊。焼かれた事で良い色になっているその姿は最早レンガである。掴んで人の頭を殴ったら殺せてしまいそうだ。
しかしそれの真価は口に入れてこそ発揮される。
これまた大きなナイフとフォークで肉を切り分けると、表面とは違って内部は綺麗な桜色。分厚いというのに均一な色である、焼きの技術が抜群に優れているからこその技であろう。硬すぎず柔らかすぎず、絶妙な焼き具合だ。
一度切っただけでは大きすぎて口に入らない。もう一度切ってタビトはそれを口にする。と、その瞬間に口の中に広がったのは肉の旨味でも油の甘みでもなかった。香りだ、鼻にスッと抜ける香りである。どこか
肉に振りかけたのは岩塩だけ。
不思議に思っているとノーラもそう思っていたようで店員に聞いてくれた。
焼きに使っている物に秘密があったのだ。火力源は赤の魔石、しかしそれ以外に幾つかの植物やウッドチップも使っている。肉本来の香りを邪魔せず、しかしそれらが混ざり合う事で口に入れた瞬間に爽やかさを生じさせていたのだ。
使用されている植物は周囲の草原地帯に自生する物で、パルトゥリーの町の隠れた特産品らしい。王都のステーキ専門店でも使われている品らしいのだが、ウチのステーキはお上品な王都ステーキよりもずっと上だよ、と店員は胸を張っていた。
しかしそれだけ自信を持つのもタビトには理解出来た。味を邪魔する余分な物は一切なく、同時に肉が持つ力は一切失われていない。ただ肉を焼いて出しただけではない、それは『焼く』という技術を最大限にまで伸ばした技術の塊だったのだ。
というわけでタビトとノーラは大満足。
心の中で二人は、最高の情報を
お肉万歳、と二人が余韻に浸っていると入口ドアがコンコンとノックされる。
「失礼いたします、入室してよろしいでしょうか」
「あ、大丈夫でーす、どうぞ~」
ノーラの返事を受けてから、ドアの鍵ががちゃりと開く。
タビトは首を傾げた。新しい客が乗車するのは朝、夜には入ってくる事が出来ないように改札で止められる、そう彼女から聞いていたからだ。夕食を終えた時間である事から今は当然夜、旅の
「え、メイドさん……?」
開いた扉の向こうにいたのは黒基調でロングスカートのメイド服を着た、ノーラとほぼ同い年と思しき女性だった。露出が非常に少ない、いわゆるビクトリアンメイドという服装である。列車の中にメイドがいるというのも、その人物が突然訪ねてきたという事も驚きだが、それ以上にタビトは彼女を見て驚く。
「耳が……」
そう、メイドの女性の耳だ。それがまるで魚の背びれの様になっていたのだ。明らかに普通の人間ではなく、おそらくは獣人という括りでもないだろう。
「個室の清掃に参りました。少々騒がしいとは思いますがご容赦くださいませ」
「はーい」
クールな表情を崩す事無く恭しく一礼して、メイドはヴァーゲンが去った個室へと入っていった。彼女が扉を閉めた所でタビトはノーラに質問する。
「えっと、なんか色々と聞きたい事があるんですけど」
「んにゃ?なにを聞きたいのかね?なんでも聞いてくれたまえ!」
むふん、と偉そうにノーラは胸を張る。
「まず、なんでメイドさんが?」
「よろしい、教えて進ぜよう」
教える者としては随分と大仰で、先程まで同室だった親しみやすい講師とは真逆の態度だ。しかしノーラの性格から、どれだけ威張っても冗談にしかならない。
「この列車、三等よりも上の等級があるって教えてあげたのは覚えておるか?」
「はい。二等、一等、あと……特等、でしたっけ」
「そうそう、よく覚えていたね、百点満点あげよう」
「あはは、ありがとうございます先生」
芝居がかった彼女にタビトは乗っかって頭を下げてみる。満足そうにうむうむと頷いて、しかしいい加減面倒臭くなってきたのか元の調子に戻って説明を始めた。
「二等はともかく、一等以上の客室にはそれなりの人が乗ってる。となるとそのお世話をする人にもそれなりの礼儀だとか、能力だとかが必要になるんだよ」
二等までは庶民でも十分に手が届く範囲。タビトたちのいる部屋を赤青に区切らずに丸々使えるため、人数の多い家族などに良い客室だ。
その上の一等となると雰囲気はがらりと変わって内装や調度品が豪華に、まるでお屋敷の一室のようになる。そこに乗るのは大企業の社長や侯伯子男の四爵位を持つ貴族たちだ。専属のコックも付き、非常に優雅な旅が可能である。
そして特等ともなると車輌一つ丸々が部屋。お金を積んだとしても庶民では乗る事は出来ず、そこを利用できるのは王族や公爵だけ。内部はまさに王城の一室であり、至れり尽くせりの特別環境だ。
貴族が関わってくる一等と特等、この二つの車輌に関しては色々と気を遣う事も多い。そんな所にただの清掃員を放り込んでは、高貴なる方々から不興を買うのは想像に難くない。
そのためこの王国基幹鉄道で部屋の清掃や車内対応をするのはメイドなのだ。
「分かりましたけど、なんで三等のここにもメイドさんが?」
「上の等級のメイドさんが万が一体調崩したりしたら応援に入らなきゃいけない。だから全部の車輌のお世話を、各車輌に配置されたメイドさん達がしてるのよ」
「なるほど」
得心がいってタビトは頷いた。
「で、下りた乗客の部屋を改札で回収した切符で確認して、夜の七時から九時の間で掃除してるってわけ」
日本の新幹線の様に『席』ではなく、
「もう一つ質問です」
「はい、どうぞ~」
「あの、メイドさんの耳の、えっとなんて言えばいいんだろ……」
「あー、種族についてね。はいはい、分かりましたよ」
皆まで言わずとも理解して、ノーラはふんふんと頷く。
「魚のヒレみたいな耳を持つ人間と同じ姿の種族、あのメイドさんは
彼女は閉じられた扉の向こうで仕事をしているメイドの姿を考えながら言った。
その瞬間。
「私は混血で
ガラッと勢いよく扉が開き、無表情なメイドがノーラの言葉を肯定した。
次の更新予定
異世界旅は汽車に揺られて 和扇 @wasen
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