第3区間
第13話
ヴァーゲンから午後の鉄道講義を楽しく受けて、夜七時少し前。
「間もなくパルトゥリー、パルトゥリーに到着いたします。お荷物、切符等、お忘れ無きようご注意ください」
車内にアナウンスが響く。
大きく右に弧を描いて進む鉄の龍、それゆえにタビトは窓から次の町が見えた。草原地帯の真ん中の、その場所だけに建物が集まっている。周囲には大規模な牧草地があり、そしてそこに放されていた牛や馬を追う牧童と牧羊犬の姿も確認できた。
「さて、では私はそろそろ降車準備をしましょうか」
「色々教えていただき、ありがとうございます」
「記事に良いのが書けそう!感謝です~」
「ははは、お力になれたようで何より」
講師に対してタビトは頭を下げ、仕事に使えるネタを沢山得たノーラはほくほく顔だ。そんな彼女の表情を見てヴァーゲンは笑う。仕事以外で鉄道に関する話をここまでしっかりとする事も多くなかった、色々と話せたのが彼も嬉しいのだ。
講師は個室へ入り、少ししてスーツの上着を羽織って鞄を手に現れた。駅へ到着するまでまだ少しある、彼は再び椅子に腰を下ろす。
「パル、トゥリー?でも鉄道員への指導をするんですか?」
車内アナウンスで聞いた町の名前を合ってるかどうか、少し不安になりつつタビトはヴァーゲンに質問する。
「いいえ、一泊するだけです。パルトゥリーから鉄道でしばらく西に向かった所に鉄道整備所がありまして。明日はそこへ移動する予定ですよ」
「はえ~、お仕事大変ですねぇ」
「いやいや、こうして汽車に乗って旅するのは好きなのでむしろ役得ですよ、ははは」
外面を良くするための誤魔化しなどではなく、彼は本心からそう言っている。鉄道が、汽車が好きだからこそ鉄道技師となり、自身が好きな物をより良い形で運用してもらうために遥か遠くの帝国から王国までやって来たのだ。あと十年もすれば老年となる年ではあるが、ヴァーゲンはまだまだ少年のような心も持っているのである。
ぎきぃと車輪にブレーキが掛かり、龍の歩みが遅くなっていく。窓から見える景色が街となり、人々に注意を促す目的で龍が一度鳴いた。滑るように流れていた街が次第にその動きを鈍化させる。
「ああそうだ。ヴァルボスで指導した方からパルトゥリーでお勧めの食事処を幾つか聞いたのですが―――」
「是非っ、是非教えてくださいっ!」
「お教えいたしましょうか、と言おうとしたのですが先に答えられてしまいました」
身を乗り出して大きく挙手するノーラの勢いに、ヴァーゲンは圧されながらも大きく笑った。恥ずかしい行動を一切躊躇わずに実行した同行者をタビトは注意して、彼女を大人しく座らせる。
パルトゥリーは周囲が広大な草原地帯である事、そして魔物が少ない事から酪農が盛んな町。特産品はのびのびと放牧されている牛のお肉や乳であり、それらを加工した食材も人気である。
「ありがとうございます~、今日の晩御飯の参考に致しますですっ」
非常に有益な情報を得て、ノーラは机にヘッドバットを食らわす勢いで頭を下げる。隣の様子を笑いつつタビトもまた、ありがとうございます、と礼をした。
窓に駅のホームが映る、鉄の龍がその足を止める。
大きく一度汽笛を鳴らして、汽車は今日の仕事を終えた。
「それでは、私はこれで失礼しますね」
ヴァーゲンは立ち上がる。
「色々教えて頂いてありがとうございました。ヴァーゲンさん、さようなら」
「大っ変に参考になりましたっ、特に今日の晩ごは、ぅうん!汽車のお話が!また会ったらその時もよろしくですっ」
「ははは、これは色々と情報を仕入れておかなければなりませんね。それでは、またいつか、何処かで」
入口ドアを開いて、彼は一度会釈をして去っていった。
この広い世界で再び出会える可能性はどれほどあるだろうか。汽車の旅は一期一会、お互いの名前を知っていてもそれをもう一度呼ぶ事が出来るとは思えない。だがしかしそれでも信じられるのだ、また何処かで出会えると。出会いと別れがあるのが旅であり、再会するのも旅なのだ。
「……」
タビトはタブレットの画面を見る。そこには共有スペースでこちらを見て笑うヴァーゲンとノーラの姿。異世界の思い出がまた一つ、写真として残された。別れは寂しいものだが、こうして残る物もあるのだ。こうした部分は世界が変わっても変化するものではない。
そんな事を考えて彼がしんみりしていると、突然バァンッとノーラに背中を叩かれた。
「痛ッ!」
「旅とはこういうものなのだよ、タビトくん!」
「いやそれは分かってますよっ!叩く力が強いっ」
「ありゃ、それはごめん」
やり過ぎた事を反省してノーラは頭を掻いて、てへぺろと舌を出す。
絶対に反省していない。
「まーまー、そんなことよりご飯ご飯っ」
背後に回り、タビトの肩に手を置いてもみもみしながら彼女は行動を促す。妙にゾワゾワする揉み方に彼は身体を捩らせ、ノーラの手を振り払って立ち上がった。やはり行動が子供のじゃれ合いである。
そんな事をしながら二人は部屋から出た。
車輌から降りると、風に乗って草の香りが流れてくる。人と物を運ぶ王国の大動脈とも言える基幹鉄道、当然それの駅がある町はそれなりの発展をしている。であるにもかかわらず町の中心にある駅まで緑の匂いが来るとは、パルトゥリーは本当に草原に囲まれているのだな、とタビトは実感する。
良い香りを吸っている彼の肩をノーラがちょいちょいと
そこには四角い箱に満載の綺麗な青草と、魔法でそよ風を吹かせる小さな精霊の姿があった。精霊も人間や獣人と同じく一つの種族、当然生活するためには働かなくてはならないのである。
草原の町のブランドを守るため、パルトゥリーは鋭意頑張っているのだ。
官製の感動に少し残念感を覚えながら、タビトは改札の外に出たのだった。
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