第12話

 昼。

 もはや鉄道技術に関する講師となったヴァーゲンは、展望物販車のカフェで昼食を取るという事で部屋から出て行った。対するタビトたちには、ホットドッグ屋の店主から勧められた店で購入したお弁当があるため部屋に残り、個室に置いていたそれを取り出した。


 厚みのある紙で作られた箱。長方形のそれの蓋部分には豚の森ヴァルボスという名を持つ町のお弁当に相応しく、可愛らしい豚のイラストが描かれている。自身を指して美味しいよと喋らされているそれは、よくよく考えれば非常に残酷でタビトは思わず少し笑ってしまった。


 箱の底、その側面からは紐が出ている。日本でも見た事のある、火を使わずに駅弁を温められるアレだ。とタビトは考えてノーラに聞いてみると、まさにそれで正解。非常に微量の赤の魔石が底に仕込まれており、紐を引く事でそれが活性化してお弁当が温められる仕組みだそうだ。


 便利ですねぇ、便利だよねぇ、と二人で感心しつつ、紐をシュッと引き抜いた。


 日本のそれとは違って、化学反応ではないため煙は出ない。しかししっかりとした熱が底から立ち上って中身を熱し、入っている物を温めて良い香りを復活させる。およそ一分待ち、魔石から生じる熱が無くなった事を確認してタビトはその蓋を開けた。


「うわぁ、美味しそう」


 入っていたのは大きなパンとポテトサラダ、そしてドカンと大きな焼かれた薫製ベーコンだ。ちゃんと切られているがそれでも大きい、日本のスーパーで売っている焼き肉用の豚バラ肉を二枚重ねたくらいの厚みがある。やはりこの世界の料理は日本と比べると総じてビッグサイズだ。それらが隙間が生じないように、みちっと詰められている。


「いただきまーす、ひゃっほーい」


 ノーラは大喜びでパンを少量千切り、それでベーコンを摘まんで一緒に口に放り込んだ。もっしゃもっしゃと咀嚼して、実に満足そうな笑顔で飲み込む。見ているだけで食欲を刺激される食べっぷりである。


「ん?タビトくん、食べないの?」

「いえ、ちょっと」


 彼はお弁当を置いたまま立ち上がり、何故か個室へ入る。自身のリュックサックをガサガサと弄り、その中から手のひらサイズの細い箱を取り出した。


「なにそれ?」


 不思議そうに見るノーラを横目に、タビトはそれを開く。すると中には、半分に折れたフォークやスプーン、それと短い棒が四本が入っていた。壊れた物を取り出して何をするつもりなのか、と訝しむ彼女に彼は笑みを見せた。


 二本の棒を手にして、ネジを締めるようにそれを連結させる。もう一セットも同じくして、手のひらよりも少し長い程度の棒が二本完成した。


 ああそうか、それは組み合わせる物でフォークとスプーンもそう出来るのか、中々便利だなぁ、とノーラは考える。が同時に、棒切れを何のために作ったんだ、と首を傾げた。


 タビトはその二本の棒を片手でなにやら器用な持ち方をして、ベーコンを一つ摘まみ上げて口に運んだ。


「おぅ!?なにそれ!」

「携帯用の箸です。僕の国ではコレでご飯を食べるんですよ」

「うはー、私じゃ指攣っちゃいそう」

「結構便利なんですよ、お箸」


 そう言って彼はポテトサラダの頂点を挟んで分離し、絶妙な力加減で持ち上げた。そのまま口へ運び、もう一方の手に持ったパンをひと口齧る。日本の作法としてはお行儀が悪いが、白米が盛られたお椀では無いのだから仕方がない。


「タビトくん、器用だねー」

「そうでしょうか」

「そうだよ、私がやろうとしたら指が折れる」

「さっきよりも悪化してるじゃないですか」


 冗談を言いながらノーラはパンを使ってベーコンとポテトサラダを一緒に摘まんで口へ運ぶ。


「ノーラさんも器用じゃないですか、僕じゃ出来ないですよソレ」

「え、そう?千切って摘まんで掬い上げ摘まむだけだよ」

「絶対にベーコン落とす自信あります」


 お互いの国の食べ方の技術に新しい発見を得て、二人は相手にやり方を教えながら食べ進めていく。相手の方法を試してみるが見事にタビトもノーラも失敗し、無理だと理解した。熟達にはどちらもそれなりに時間が必要なようだ。


 美味しく食べるのが一番、という事で二人は自分の流儀で昼食を継続する。


 肉厚なベーコンはしっかりとした薫製が施されており、塩味えんみが良い具合にきいている。なんのソースも掛かっていないが全く問題ない、それほどの旨味が口に広がるのだ。単純に肉としての旨さもあるが薫製が実に良い仕事をしている。


 付け合わせのポテトサラダも美味しい。ねっとりとし過ぎておらず脂が強いベーコンとの相性が良く、パンと一緒に食べる事で完成する。このお弁当はバラバラの三つが入っているのではなく、一つの料理なのだ。


「ふぃ~、良いお昼だったぁ」

「美味しかったです~」


 空になった弁当箱を閉じて、二人はふぅと息を吐く。


「あ~、脂っこくてしょっぱいもの食べたら喉乾いた~」

「水飲みます?」


 タビトは立ち上がり、個室の洗面台へ向かおうとする。この列車の中で魔石から生み出される水は全て飲む事の出来るものだ。旅を始めた時から何杯も飲んでいるが、日本の水道水と違って消毒の必要がないため薬品臭さが無い。するするとどれだけでも飲めそうなくらいに、癖の無い水なのだ。


「いや、この脂っこいのは水じゃダメだ」


 そう言ってノーラは立ち上がる。


「展望物販車へ行こう、サッパリした飲み物を入手する!」

「分かりました、行きましょう!」


 彼女の提案にタビトも同意する。彼もまたサッパリしたい口になっていたのだ。


 展望物販車は三等十輌を挟む形で前後に接続している。様々な物が売っている売店や優雅にお茶や食事が出来るカフェ、そして部屋では見られない進行方向左手も望める展望スペースがある。長時間走る密室に居なければいけない乗客にとって、そこは気分転換が出来る場所なのだ。


 三等五号五番という部屋からは前に進んでも後ろに進んでも距離は同じ。ならば気分的には前へと進みたい、そんな気持ちで二人は廊下を歩く。すれ違うのはタビトと同じ普通の人間や、ノーラやホットドッグ屋の猪店主のような獣人。そして三メートルほどの背丈の蜥蜴とかげような顔の種族だ。


「りゅ、龍の人、ですか?」

「いんや、蜥蜴人」


 別に珍しくも無いのだろう、ノーラはサラリと説明した。異世界には色々な種族がいるんだな、とタビトは驚き、すれ違った二足歩行の蜥蜴の姿を目で追う。こら失礼だよ、と彼女に小突かれて注意され、彼は歩みを再開した。


 三等一号の前の扉を開いて車輌接続部を通き、もう一度扉を引く。


 すると一気に視界が開けた。


「おー」


 思わずタビトの口から声が漏れる。

 旅の居所である部屋、歩いてきた廊下、そのどちらも壁に囲まれている感覚が強かった。天井が高いためにそこまで息が詰まるような事は無かったがやはり、閉じこめられている感、というのはどうしても感じてしまう。


 しかし展望物販車は違った。


 視界を遮る壁は一切なく、あるのは車輌を形作るものだけ。その壁も上から下までガラス張りの部分があるために全く閉塞感が無い。そして天井にも大きな採光用の窓があり、魔石灯が灯っていなくとも太陽光だけで十分に明るいのだ。


 売店は日本のSAの様に色々な物が売っていて広く、カフェも十分な広さを持っている。そのスペースに置かれた椅子には乗客が掛けており、購入した飲み物や食べ物を机に広げて楽しんでいた。


 二人はカフェで飲み物を購入する。脂で口の中がこってりしているため、サッパリできるレモネードだ。グラスに入ったそれを受け取り、二人は階段を上る。そう、車内に階段が、二階があるのだ。


 上った場所は展望スペース。

 飲食をしながら天井まである大きな窓から景色を楽しむ事が出来る。タビトとノーラは窓に向いたソファに腰を下ろし、のんびりと寛ぐ。


「ぅわ、このレモネード美味しいですね」

「お、こりゃ当たり。日によって味もマチマチだからね、今日のは良いレモネード」

「そんなに違うんですか?」

「うん。各町で材料を積み込むから場所によっては普通にマズイ」


 それを飲んだ事があるのだろう、渋い顔をしながら彼女はグラスを傾ける。表情はすぐに柔らかく変わり、ふはぁ、と満足そうに鳴いた。


「良い景色ですね~」

「だね~」


 鉄の龍はヴァルボス周辺の森林地帯を抜け、平原を駆け抜けている。見渡す限りの緑の原で、良く晴れた空の青と雲の白とのコントラストが完璧だ。時折汽車と並走しようと走る馬……頭から後方に向かって角が生えているから魔物だろうが、それの姿が見える。


 二人は高速で走る龍の中で、良いレモネード片手にのんびりまったりと昼食後の時間を過ごしたのだった。

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