第11話

 素晴らしい朝食を終え、提案されたお店で昼食を仕入れて。タビトとノーラはほくほく顔で旅の居所へと帰還した。個室に入手品を置いて、二人はついでに買ってきた飲み物が入った紙コップ片手に共有スペースでまったりする。


「出発まであとどれくらいかな~」

「ホームの時計が八時半くらいだったから、三十分後ですね」


 ノーラの質問にタビトが答える。

 個室にも共有スペースにも時計はない、出発したら次の駅まで止まらない汽車の旅にさほど必要が無いからである。一応タビトはタブレットの時間を異世界のものに手動で合わせているが細かく確認はしていない。せっかく時間に追われない状況なのだから、それを堪能するのも良いと考えているのだ。


 そんなやり取りをしていると、がちゃりと入口ドアの鍵が開く音がした。


「おや、こんにちは」

「こんにちは~」

「こんにちは」


 入ってきたのは年の頃五十といった所のスーツ姿の初老の紳士。右手には鞄があるがそれ程大きなものではない、タビトたちのような長旅ではないのだろう。駅ホームで買ったと思われる珈琲片手に彼はタビトたちに笑顔で軽く会釈して、自身の個室に入っていった。


「一駅かな、旅仲間だね」

「ちょっとだけ、緊張します」

「そんな硬くなる必要なんてないよ~、ほら柔らかく柔らかく、ふにゃふにゃ~」

「ちょ、止めて下さい~」


 人見知りでは無いが少なくとも丸一日一緒に過ごす相手に失礼があっては、と身構えるタビト。しかしこの世界の旅の流儀を良く知るノーラはそこまで気張る必要は無いと、彼の脇の下に手を突っ込んでグニグニと揉みしだく。子供のじゃれ合いのような行動である。


 駅のホームでベルが鳴る、乗車口の重たい扉が閉じられた。


 龍が吠える、出発だ。


 がだん、と一度車体が少し大きめに揺れて、それから、だん、だん、だだん、だだんと細かく早くなる。窓の外、向かいの駅ホームが流れていく。龍はその身体を寝床から出して、次の町へと走り出す。


 タビトのノーラは逆方向に動いていく街を見ながら、ゆっくりとお茶を啜った。


 向かいの個室の扉がガラリと開く。先程の紳士が黒のスーツの上着を個室に置いて、少しだけラフな格好で現れた。共有スペースで飲もうと先程持っていた珈琲が入った紙コップを持っている。個室に留まらない行動はつまり、同部屋となった相手との交流を求めているという事だ。


「お一人ですか?」

「ええ、仕事なもので」


 会話の口火を切ったのはタビトであった。ノーラに揉み解されて緊張が和らいだため、というよりは喋らないでいると再びやられそうだからである。彼に答えた紳士は珈琲を啜って、ふぅ、と一息つく。


「私は鉄道技師なんです」

「えっ、いつもお世話になっております!」

「あはは、これはどうもご丁寧に。お世話をしております」


 この世界の一般的な旅の手段は徒歩か馬車か、船か汽車。その内の一つを担う技師ともなれば、旅ライターとしてその恩恵を享受しているノーラは頭が上がらない相手だ。元気よくお礼を言った彼女に、紳士は柔らかに笑って冗談で返す。


「帝国からこちらに技術指導に参りまして。ヴァルボスの技師たちは中々に真面目で、教え甲斐がありました」

「おお、鉄道の本場から。そうなると相当な御方……」

「いやいや、ただの技師ですよ」


 大陸北西部、東西に長い世界最大の領土を持つ国、それが帝国だ。その長大な国土の町々を繋ぐために鉄道が作られ、平和な時代となってそれが世界に広まったのである。それゆえに帝国は鉄道の本場、鉄の龍の故郷なのだ。


 紳士は謙遜するが、そんな国から招かれる者がそこらにいるような人物であるはずがない。彼の言葉を真に受けずに、ノーラは悪戯っぽい笑顔を見せつつ疑いの目を向ける。当然ながらタビトはそんな旅の相棒の行動を咎め、紳士に対して真摯に謝罪した。


「ははは、仲が良いですね」


 旅の供となった二人のやり取りに紳士は笑う。

 珈琲を再び啜って、ノーラに看破された自身の事を話し始めた。


「この型の汽車の設計者、その一人が私です」

「いや、相当なすんごい御方じゃないですか!」

「ははは。私の担当は先頭の機関車ですが一人でやったわけではありませんから。そこまで凄くもありませんよ。」

「それって一番大事な、この汽車の心臓部なのでは……?」


 汽車は走る、しかし当然ながら先頭で客車を引っ張る機関車の力が無くては前進などしない。他の部分がいらない、いい加減な設計でもいい、という事では無いが、汽車が汽車で在れる最大の箇所の設計者となれば、それ即ち凄い人である。


「そういう人なら、折角なんで汽車の事を色々と聞きたいです!あ、私、旅ライターやっておりまして~」

「これはこれは、私はこういった者で」


 名刺を交換する。日本の様に形式ばっておらず堅苦しくない、お互いに机の上に名刺を一枚置いて相手に差し出しただけだ。そこに書かれた紳士の名前を見て、ノーラは驚いた。


「やっぱりヴァーゲン技師だ!有名人じゃないですか!」

「いやはやそこまででは」


 彼女に言われて初老の紳士ヴァーゲンは頭を掻く。

 旅のライターをしているノーラは移動の足となる鉄道の事を良く調べる。その際に記事のネタの一つとなる為、鉄の龍そのものの情報も収集しているのだ。大陸南部の多くの地域を走る鉄道、その先頭車両の設計者の名がヴァーゲンなのである。鉄道の知識がある人物であれば一度は聞いた事のある名前だ。


 つまり彼は、今タビトたちが乗っている鉄の龍の生みの親の一人なのである。


「と、この列車について聞きたいのでしたね。何からお話しましょうか」

「うーんと、それじゃあやっぱり先頭の機関車から!っと、ちょっとお待ちを、ノートとペン取ってきます~」


 たたたっと急いで個室に入り、仕事道具を引っ張り出して戻ってきたノーラは席に着く。


「まず、機関車はどうやって動いているかはご存じですか?」

「えぇっと確か……火で水を沸かして蒸気に変えて、その力をピストンに伝えて車輪を動かしている、んですよね?」

「おや、よくご存じですね」


 うろ覚えでありながら的確なタビトの解答にヴァーゲンは驚く。知識そのものは日本で得たもの、それが口から出た形だが異世界でも仕組みそのものは変わっていないようだ。


「その通り。火を赤の魔石で、水を青の魔石で作り出しています」


 燃料は魔法が存在する世界らしく石炭火力では無かった。


 取り扱いが容易で火力が出る赤の魔石は、ノーラの実家で見たコンロやホットドッグ屋のオーブンなどでも利用されている。一つで相当量の水を生み出す青の魔石は、この世界の町に基本的に下水道しか存在しない理由だ。キッチンもシャワーもトイレも、水は魔石を装置に取り付ければ利用可能なのである。


「二輌目の魔石車にそれらは保管されています、どちらも厳重に管理されて。万が一列車内で魔力が解放されたら大変な事になりますからね」

「大変な事、とは?」

「魔石車に満載の魔石に火が付いたら前から半分の車輌は瞬時に消し飛ぶでしょう。水が生じたら洪水で周囲一帯が水浸しになりますね」

「怖っ」


 ビクッとノーラの身体が跳ねる。


「ですがご安心を、我々設計者はそれを放置したりはしません。汽車で使われている魔石は専用の装置にセットしないと火も水も出さない専用品なのです」

「ほっ、安心~」


 爆発の危険も水害の危険も無い事が分かり、ノーラもタビトも安堵した。そんな二人の様子を見てヴァーゲンは微笑んだ。


「あ、そうだ。一つ質問、良いですか?」

「なんでしょうか」

「シャワーやトイレ、この列車でも水は自由に使えますよね。処理はどうしてるんですか?流石に外にそのまま、というわけじゃないです……よね?」

「ははは、それは勿論」


 汚水汚物をそのまま列車から垂れ流していては、沿線一帯が大変な事になってしまう。流石にそれはあり得ないと想像した上でのタビトの質問、いや確認にヴァーゲンは笑って頷いた。


「水の処理にも赤の魔石が使われています。この車輌の床下に配管が通っており、集められた下水は各車輌それぞれの焼却炉で高火力で焼かれて水は完全に蒸発し、それ以外は微細な灰になっているのです。そして各駅に停車している際に清掃が行われている、というわけです」

「なるほど、そういう事だったのか……」


 一日乗ってみて生じた疑問が氷解し、タビトは機能的な構造に感心して頷いた。世界全体の文明水準は地球の方が上だが、魔法や魔石によって生み出される『便利さ』は確実に異世界が上だ。


「あ、他にも―――」


 別の事をタビトが聞こうとしたその時。


 ぐううう、と隣の人物の腹が鳴った。


「お腹、空いたぁ……」

「ははは、ではお昼休憩としましょうか」

「ふふ、そうですね」


 へにゃりと狼耳を垂らすノーラの様子に、タビトとヴァーゲンは笑った。

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