第10話
気持ちよくご馳走を食べて、高いお酒も飲んで。
ワイワイと楽しく過ごした次の日。
「素晴らしく良く寝た~~~~!」
「おはようございます、ノーラさん」
二人は列車の個室、旅の居所で起床する。深酒はしなかった事で二日酔いは無い。朝七時、実に早起きで丁度良い時間の目覚めだ。少しだけ先に起きていたタビトは、寝床で大きく伸びをするノーラに朝の挨拶をした。
昨日、食事を取る前に彼の服や下着が二着しかない事に気付いて、彼の服と下着と寝間着、そしてそれを入れるキャリーバッグを購入している。ノーラが使っている物の色違い、青い鞄である。ちなみに彼女が持っているのは赤色だ。
今日の彼は買った洋服に早速袖を通していた。黒のズボンに白のシャツを着て、薄手の青シャツを前を開けた状態で羽織っている。トレッキングスタイルよりは落ち着いた、実に普段着といった格好だ。
「お~、中々似合ってるじゃーん」
「あはは、ありがとうございます」
褒められてタビトは頭を掻く。
「……」
「……」
「……?」
「……いや、出てってよ」
「あっ、すみませんっ!」
指摘されて彼は身体を跳ねさせた。ノーラは着替えるのだ、このまま個室に居ようとするのは大変良くない、宜しくない。大急ぎでタビトは部屋から出てスライドドアを閉める。
およそ十五分、身支度が終わった彼女が外に出てきた。
「デリカシー」
「うっ。以後、気を付けます」
ズビシと指さされて、彼は反省する。
殊勝な様子を受けてノーラはフンと鼻を鳴らした。
「よぉし、ではでは気を取り直して朝ごはんだ」
「街に食べに行きます?」
「ふっふっふ。いいや、行かないよ」
彼女はにぃっと笑い、タビトの腕を引いて部屋から出る。
二人が列車からホームに降りる、すると。
「おおっ」
その光景にタビトは声を上げた。
広い広い駅のホームに、昨日は無かった飲食露店が立ち並んでいたのだ。多種多様な料理の良い香りがホームを吹き抜ける風によって流れてくる。その香りに釣られるようにして、列車の乗客がタビトたちと同じようにぞろぞろと出てきた。
サッと食べられる総菜パンのようなものから、朝からガッツリな定食を出している店もある。店の前には飲食用の机と椅子が広げられており、乗客たちは目を惹いたお店で朝食を手に入れてホームで食事をしていた。
「朝六時から列車出発の九時までの間だけ、駅のホームで飲食店が店を出せるのだよ。そしてココでしか食べられない朝食もある……!」
「なんと……!」
キランと鋭く目を光らせるノーラと驚きつつもワクワクが隠せないタビト。二人は揃って歩き、それぞれの店の料理を見ながら今日の朝食を何にするかを話し合う。
「おぅ、そこのお二人さん!是非ウチのを食ってってくれよ!」
威勢のいい声に呼ばれて、タビトとノーラはそちらを見る。二メートル近い大柄な二足歩行の猪、いや猪の獣人の男性だ。彼は何かをオーブンでジュウジュウと焼きながら、立派な白い牙を見せながら良い笑顔を二人に向けていた。
「むむむ、中々美味しそうですなぁ」
「おいおい違うぞ。とびきり美味しいんだよ、ウチの飯は」
「あら、これは失礼~」
てへ、とノーラが笑い、猪の店主はガハハと豪快に笑った。
「何を出しているんですか?」
「ふっ、そこの絵を見な!」
ビッと店主は脇に置かれた手書き看板を指す。
「ああ、なるほど」
タビトはそれを見て頷いた、異世界ではあるが彼の良く知る食べ物だ。
「ここにする?」
「そうですね、そうしましょう」
「お、ありがてぇ!」
二人の出した結論に猪店主は礼の言葉を口にすると共に、調理に取り掛かった。
オーブンにパンを入れて温め、少ししたら取り出して縦に一閃切れ目を入れる。魔石を使った冷蔵設備に入った朝どれ新鮮な野菜を、ぎゅうぎゅうとそこに詰め込んだ。深く濃いデミグラスソースのような色味のソースを、ほんの小さじ一杯だけサッと上からかける。
そして主役の登場だ。
彼はオーブンの蓋を開く。
それまで内部に閉じこめられていたものが一気に解放されて、周囲に焼いた肉の良い香りが爆発する。嗅いでいるだけで、いや焼かれた肉が鳴らしている音を聞くだけで口の中にツバが溜まってしまう。
良い焼き色が付いたそれを彼は素手で掴む。獣人の肉体は頑丈であるが、流石に高温で熱された物を持っても大丈夫という程ではない。しかし猪の店主は毎日毎日こうして調理をしている事で手が頑丈になったのだ。取り出したそれを先程の野菜の上にドンと置き、上からトマトケチャップと粒マスタードらしきソースをバッと掛けた。
「はいよ、お待ちィ!」
紙に包んで、彼は二人にそれを差し出す。
「ホットドッグ……!」
パンと野菜、そしてその中心で凄まじい存在感の極太ソーセージ。大柄で大食漢な種族も多いせいか、そのサイズは縦も横も日本で見た物の二倍はある。受け取るとどっしりずっしりとした重さが手に伝わる、質量は倍を超えているかもしれない。
とにかく何よりも焼かれて茶色が濃くなったソーセージが太いのだ。親指二本分の太さでもはや軽い棍棒である、殴られればそこそこのダメージを受けそうだ。
「うはぁ、美味しそう~」
「こらこら『そう』じゃなくて美味しいんだよ、間違いなくな!ガハハハハッ!」
店主は胸を張って大笑いし、ノーラも同じくわははと笑う。
が、タビトは少しばかり微妙な表情だ。
何故なら、ソーセージに詰められているものは豚肉。そして目の前の店主は猪の獣人。人と動物であるため流石に同族とは言えないが、考えてみれば人間が猿を食べるような感覚ではないだろうか。地球の何処かでは食べられているかもしれないが、流石にタビトの故郷ではそんな風習は無い。だからこそ、言葉に出し辛い複雑な感情が湧くのだ。
ジッとホットドッグを見つめる彼の様子に気付いた店主はニヤリと笑った。
「共食いとか思ってるな?」
「えっ!?あ、いや、そんな事は……」
「ガッハッハ!気にするな気にするな、良く言われるからな!」
タビトの失礼な思考を豪快な笑いで吹き飛ばす。気を使ったというよりは、こうしたやり取りは日常茶飯事、むしろ店主の持ちネタのようなものなのだろう。
「見ての通り、オレは猪の獣人だ。が、ご先祖様はずーっと昔から猪も豚も食ってきた。姿は似ちゃいるが、アイツらは四足歩行でオレたちゃ二足。ってわけで別に何とも思って無ぇのさ」
「はあ、そういうものなんですね」
「そういうモンさ。それよりも旨い物が食えない方が問題だ!」
「あ、それは分かります。ええ、実に」
『美味しい』の為ならば毒魚の毒を除いてすら食べるのが日本人、タビトもそんな民族の一人なのだ。それを制限される方が忌避感よりも強い種族、それがニホンジンなのである。異世界でも多分十分おかしい部類に入るだろう。
「この町はヴァルボス、語源は諸説あるが『豚の森』が一般的だ。それくらい昔からココでは豚を育て、そしてそれを食いまくってきた。そんな所でオレはコイツを作って生計を立てている、この意味が分かるかい……?」
ギラリと店主の目が光る。タビトもノーラも真剣な顔で一つ頷いた。
超激戦区で生き残っている勝者、その実力が低いわけがない。そしてホットドッグはソーセージの旨さが最重要で誤魔化しの利かない料理だ。豚料理が多様にある中でのドストレート、その味は格別だろう。
「っと、話し込んじまった。さあ冷めちまう前に食ってくれ!」
タビトとノーラはお互いを一瞥し、そして大口を開けてホットドッグに齧り付く。
ばきゅっと表面ぱりぱりソーセージが音を立て、続いて甘く熱い脂の奔流が口に広がる。火傷しそうになるがそれを野菜の水分が防ぎ、パンが全ての旨味を吸い込んで離さない。最後に上部のトマトケチャップと粒マスタード、そして野菜の中に仕込まれたデミソースが強く豚の旨さを補強する。
恐ろしい料理だ、
大きくて重く、小食の人では普通ならば絶対に食べきれない量。しかしこの旨さは胃のキャパシティーという制約を確実に破壊してくる。事実、タビトとノーラは無心で食い進み、あっという間に一本を食べきってしまった。
「うはぁ、美味しい~!」
「だから言ってただろ、ウチのメシは旨い!」
お見事!とノーラは店主を褒め、だろうだろう、と彼は得意げだ。
「あーまだ食べたいけど、流石に二本は辛いかな~。お昼ご飯に買って行こうかな」
口では無理だと言っているが、実際にもう一本に齧りついたら全部食べられる。それは確実だがそうしてしまうと昼食が入らなくなり、夕食までの間の中途半端な時間に空腹が襲ってくるだろう。ここは我慢して、楽しみを昼に持ち越すのが一番だ。
が。
「おぉっと待った」
「え?」
店主はノーラを手で制す。
「ウチのは焼き立てだから旨い、長時間置いておかれちゃ旨さ半減ってモンだ。このソーセージの焼き具合が一番重要なんだからな」
丁度良い状態のソーセージを一本取り出して、彼はそれを二人に見せた。元からソーセージは茶色だが、火を入れられてそれに深い赤が混じってより良い色に変わっている。表面は限界まで張り詰めており、肉汁が限界まで詰め込まれているのがよく分かる。
「表面が割れるギリッギリまで焼く、コレが難しい。冷めちまうとせっかく出た脂が固まって食感が悪くなる、まあそれでもウチのは旨いがな。だがやっぱり最上の状態で食って欲しいのさ」
そう言って彼は豪快にソーセージに噛みついた。ばきゅっととても良い音がして脂が散る、それが無ければ彼の店の実力は分からないと実演したのである。
「じゃあお弁当はどこか別の店で買いましょうか」
「そうだねぇ、良い所あるかなー」
店先で相談する二人を見て、店主がニヤリとする。
「そういう事なら、オレの幼馴染の店へ行ってくれよ。後悔はさせねえ、このソーセージに誓ってな!」
残る半分を口に放り込んで、彼は豪快に笑った。
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