3.5 vsブリーフ泥棒
午後二時。
町外れにある廃屋寸前の家を、筋肉隆々の男たちが囲んでいた。
一人はサンタ装束、言わずと知れたエイトオー。
残り六人はトナカイ頭に茶色の迷彩服。真っ赤なお鼻が今日も輝く。その中身は言わないと分からないトナカイフォース。
エイトオーは少し離れたところで腕組みをしてどっしりと構え、裏口近くのトナ四郎は、左手に口径の小さな拳銃と、ボンベを取り付けた小さな球体を握っていた。残り五人は玄関前でそれぞれ大きなバリスティックシールド〝オホシサマ〟を構えている。ちなみにソリ男は上空に浮いていた。
家は小さい。中はせいぜい二部屋だろう。
「ゴー」
エイトオーの静かな合図で、まずはトナ四郎が動いた。
裏口のドアを拳銃で破壊して少し開ける。その隙間から、ボンベ付きの小さな球体を投げ入れ、ドアを閉めた。
じきに内部からポンと軽い爆発音が聞こえ、家の隙間から白く着色された気体が、ドライアイスの冷気のように漏れ出てくる。
突如、玄関のドアが大きな音を伴って開けられ、中からブリーフを手にした人間が駆け出してきた。
速い!
五人のトナカイフォースは、一様にそう思った。
つまり見えているのだ、超高速で動いているはずの人間が。
モミの木から渡されたデータはソリ男のデータベースに保存。そうしてそれまでのデータと防犯カメラの映像を合わせてソリ男が弾き出した犯人の棲家が、この廃屋同然の家だったのだ。
モミの木から渡されたもう一つのもの、スズキ・フジヤマ化学製の特殊なガスは、先ほどトナ四郎が使った通りだ。吸い込んだ者の体の動きを一時的に疎外する、一種の麻酔である。
それでも犯人は速かった。壁のように立ちふさがるオホシサマに、躊躇することなく激突。
激突されたトナ太郎はどうにか踏ん張り、けれど、顔を真っ赤にして少しずつ地面を抉る。その隙に他の四名がシールドで取り囲んだ、正にそのときだった。
どかん、と大きな音がして、大の男五人が一斉に吹き飛んだではないか。
「うおー!」
「待て!」
裏口から戻ってきたトナ四郎の目の前でそれは起こり、エイトオーの制止も聞かずに彼は向かっていくが、結果はお察しの通り。ハイスピードの拳を腹に叩きこまれ、トナカイスーツの耐衝撃性能も虚しく、一撃で倒れ伏した。
地に伏したトナ四郎の向こうで、排気をするようにフシューと深く息を吐いた〝奴〟が佇む。
そいつは、女だった。ヘヴンズコールの一般的な女性よりも小柄で、艶のある黒髪ショートボブ、そして焦げ茶の瞳。
そいつは、二本線の入った臙脂のジャージを着ていた。
モミの木経由でスズキ・フジヤマ化学から手に入れた被験体TTKの情報通りだ。
左手に握りしめるのは男児のブリーフ。疑いようもない。
こいつが犯人だ。
確信したエイトオーが大きく息を吸い、「おおおおお!」と地面も震えるような声を出す。
彼の上着がはじけ飛び、膨張した筋肉が露わになると、左手を上に向けて前に出し、人差し指でくいくいっと挑発する。そして、サングラスを投げ捨て叫ぶのだ。
「来いよ、TTK……いや、とと子・西園寺! 楽にしてやるからよお!」
「うあ……あ、あああああああああ!」
声にならない獣ような呻き声の後、とと子は一回トンとその場で跳ね、次にはエイトオーの目の前にいた。
電光石火の右ストレート。
それをクロスした両腕でどうにか耐えたエイトオーは、左のジャブを返す。
しかし、とと子はもういない。距離を置き、血走った目でエイトオーを睨んでいる。
「ソリ男、行動予測のリンク開始!」
『了解』
エイトオーは指示を出しながら、左足と左手を前にオーソドックススタイルで構え、小刻みに体を上下に揺らし始めた。
直後、とと子が突っ込んできた。
先ほどと同じ稲妻の如き右ストレート。
エイト―は左腕でガードしようと構える。
しかし、拳が当たる直前、とと子が消えた。
フェイント!
瞬時にエイトオーの右側面に回り込んだとと子が、脇腹を目掛けて左フックを放つ。
ドスン、と鈍い音がして、しかし、とと子の左拳が当たったのは脇腹ではなく、ガードのために上げられたエイトオーの右腿だった。
「見えてんだよ!」
戸惑い、硬直したとと子に、今度はエイトオーが左のジャブを放つ。
彼女はそれを屈んで躱し、また距離を取った。
かと思えば、右腕のL字ガードスタイルでゆっくりと詰めてくる。
対するエイトオーは、両手であごを隠すピーカブースタイルで、体を揺らめかせながら待ち構えていた。
仕切り直し後、先制したのはエイトオーだった。
ロケットのようなストレートを仕掛けてこないと見るや、自ら距離を詰め、左、また左とジャブを繰り出す。
とと子はそれをサイドステップとスウェーでなんなく躱し、お返しに、右のフックをエイトオーの脇腹に当てた。
「ぐ……やるじゃねえか。面白くなってきやがった!」
右、左、右、右フック。
ストレートを捨てたとと子の拳が、エイトオーの顔や体に叩き込まれる。
エイトオーも右、左とジャブだけを放ち、クリーンヒットはないものの、少しずつ当たるようになってきた。
しかし、エイトオーが鼻血を垂らし、肩で息をし始めているのに対して、とと子は相変わらずフシュー、フシューと言うだけで、息もジャージにも乱れはない。それはポケットにしまい込んだブリーフも同様だ。
(くそ、このままじゃじり貧じゃねえか。かと言って、凶悪犯でもねえ相手にコード:ダビデの高出力レーザーを使うわけにもいかねえ。どうする?)
『エイトオー、提案があります。相手はよくやっているとはいえ、フェイントは少なくパンチは一本調子。格闘戦の素人であることは明白です。ここはウィービングからダッキングに切り替えてカウンターを狙うのが良いでしょう』
「……ありがとよ、ソリ男」
エイトオーは、気持ち腰を落として、膝に余裕を持たせて構えた。
そうすれば、なるほど確かに、とと子のパンチは正直で軌道が読みやすい。
加えてソリ男の行動予測と、とと子が吸い込んだ例のガスである。
とと子のパンチは徐々に当たらなくなり、逆にエイトオーのパンチがとと子の腹に次々と当たっていく。
だが、とと子は一向に倒れる気配がない。
エイトオーも倒れるわけにはいかない。
すべては子供たちを守るために。
朦朧とする意識の中で、声が聞こえた。
「――リーフだ!」
ち、野次馬でも近寄ってきやがったかと、エイトオーが心の中で悪態をつく。それでもとと子から目を離すわけにはいかない。一発、二発とがら空きのボディに拳がめり込んだ。
そのとき、また声が聞こえた。
「とと子、ブリーフだ! こっちにブリーフがあるぞ!」
聞き覚えのある声に視線をやれば、そこにあったのは、仰向けに倒れたまま、腕を上げて男児用ブリーフを振るトナ太郎の姿。
「こっちだ!」
「こっちにもブリーフがあるぞ!」
トナカイフォースによって、次々と舞うブリーフ。
「あいつら、無茶しやがって……」
とと子はブリーフにつられ、トナカイフォースたちを見る。エイトオーのことなど、もう眼中になかった。
そしてとと子は駆け出した。その動きにかつての精彩はない。よろよろとした足取りで、トナカイフォースに近づき、掲げられたブリーフを握りしめた。
そして彼女の細い足首、手足もまた、トナカイたちに握りしめられ、瞬く間にロープでぐるぐる巻きにされる。
「ひゃっはー!」
「オヤジ、やったぞ! 捕まえたぞ!」
「俺たちが、捕まえた!」
「これで子供たちのお腹も安心だぜ!」
こうしてヘヴンズコールを騒がせた謎のブリーフ泥棒事件は、無事に幕を閉じた。
犯人の目的も動機も分からなかったが、男の子たちのお腹は守られたのだ。
「――ところでオヤジ。オヤジが頼んでたのって例のガスだったのか?」
警察への車内で、エイトオーにロクが問う。ちなみにとと子も車内にいるが、ブリーフをベッドに睡眠中だ。
「ああ、ガスも頼んでたが、先に違うものを頼んでてな。それがこれだ」
エイトオーがゆっくりズボンのポケットから取り出したのは、布のようなもので出来た短い筒状のものだった。
「なんだ、こりゃあ?」
「ふふん、横に広げてみれば分かるぞ。とってもいいものだ」
満面の笑みのエイトオーに、ロクは半信半疑といった顔。
「ふーん、横に……うお!? こ、こいつは」
布の筒を横に広げると、そこに描かれていたのはソリ男の側面にあるものと同じ、エイトオーとトナカイフォースのラヴリーなイラストだった。加えてソリ男と、変人じゃない方の植物のモミの木も描かれている。
「どうだ、いいだろう? この財団特製腹巻があれば、子供たちのお腹も安心だ」
「さすがオヤジだな。ただ、」
「どうした?」
「もしかして、今年配るクリスマスプレゼントはこれなのか?」
「え?」
「え?」
十二月二十四日十八時。
彼らの仕事はこれからが本番だ。
mission3. サンタと謎のブリーフ泥棒 complete
サンタと謎のブリーフ泥棒 津多 時ロウ @tsuda_jiro
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