3.4 プロジェクト:TTK
ブリーフィングの後、エイトオーはトナ五郎とロクに、高速移動化の最新技術を調べるよう、追加で指示を出した。
パトロール班にも技術班にも加わっていない本人は、何をしているのかと言えば、それは当然、刻々と上がってくる情報の取りまとめと、それからもう一つ。とても大事な任務を遂行しているのだが、それについては、結果が出るまでにもう少し時間がかかりそうだ。
『オヤジ、こちらトナ五郎』
「どうした?」
調査を始めてから二日目の午後、ソリ男の中で町中の監視カメラを見ていたエイトオーに、トナ五郎から音声通信が入った。
『防犯カメラの高フレームレート化工事が、ついさっき終わった。工事が終わったものから逐次稼働させている』
「おお、そうか。随分早かったじゃねえか。よく頑張ったな。あとは高速移動技術だな」
『そっちはもうロクが動いてる。じきに何か分かるはずだ』
「分かった」
トナ五郎との通信が終わったタイミングを見計らったかのように、今度は緊急通信を知らせる音がジリリリンと車内に鳴り響く。
『オヤジ! オヤジ!』
「トナ太郎か。そんなに慌ててどうした?」
『あいつだ、あいつが出たんだよ!』
「犯人か」
『そうだ。パトロール中、急に凍え始めた男の子がいたから、聞いてみたらよ、いつの間にかブリーフがなくなっていたっていうじゃねえか。でも、姿は見えねえから、それらしい足跡を追ってみたんだ』
「ほう、どうなった?」
『……途中で消えちまったよ』
「大通りは人も多い。足跡から追いかけるのは無理だろうな。しかし、それらしい足跡を見分けられたってのは上出来だ。ところで被害男児と足跡は写真には収めてあるのか?」
『もちろんだぜ!』
「そいつはお手柄だ。ソリ男がやってる犯人像の推定作業が、大きく前進するだろうよ」
そうしてトナ太郎からの通信も終わり、エイトオーは一つ、息を吸って吐いて、ソリ男に指示を出す。
「ソリ男、トナ太郎が目撃した件は、高フレームレート化した防犯カメラに映っているか?」
『工事が完了している防犯カメラの映像を解析します。少々お待ちください。……出ました』
「お、いいねえ」
『二件が該当しました。犯行推定時刻の少し前から再生します』
薄暗い車内に被害男児の顔写真と、彼が両親に連れられて歩いている動画が浮かび上がった。動画の解像度はつい先日よりも格段にきめ細やかで、そして心なし滑らかに見える。
サングラス型アイデバイス――通称エントツを外し、瞬きもせずにその動画を見ていたエイトオーは、何の変哲もない或る一点で動画を止めさせた。
「ソリ男、ストップ。十秒、いや、五秒戻して、スーパースローでさっきのところを再生してくれ」
『了解』
「むぅ、こいつは……スーパースローでもぶれているとは。それだけ速いってのか。しかし……」
あごに右手を当てたエイトオーが凝視する動画には、人のような形をした物体が、被害男児の斜め後ろに現れ、その次には男児のズボンを下ろしている様子が映っていた。そしてその次の
その物体。頭のようなものと胴体のようなもの、そしてズボンを下ろしたコマでは足のようなものは見えるが、すべてのフレームにおいて腕は映っていない。腕の動きが速すぎるのだ。
「ソリ男、これで犯人が特定できるか?」
『今回までの映像及びトナ太郎たちの足跡写真から、人間であることを前提として犯人の特徴を推定します。髪の毛は黒、短髪。足跡から推測される足のサイズは、ヘヴンズコールに住む一般的な成人よりも小さく、十代前半の子供、または小柄な人物。事件の特異性から導き出される特殊な嗜好の持ち主、ということを考慮すれば、小柄な黒髪の成人女性と予想されます。なお、ヘヴンズコールに登録されている住民の中には、該当者が存在しません』
「ぬ、そうか、お前でも無理か。やはり地道にやるしかねえな」
そのとき、音声通信の呼び出し音が
『オヤジ、俺だ。ロクだ』
「おう、お疲れさん。なんか分かったか?」
『例の高速化技術の件だが、極東のスズキ・フジヤマ化学ってところが、ドンピシャで人体超高速化の技術を研究していたことが分かった』
「ほう。すげえじゃねえか」
『だが』
「うん?」
『プロジェクトTTKと呼ばれていたそれは、一カ月前に突然中止されたらしい。中止の理由までは分からん』
「そいつは怪しいな、実に怪しくて良いことだ。よし、お前はそのままスズキ・フジヤマ化学を探れ。俺は別方向からあたってみる」
『りょーかい』
それからはとんとん拍子に調査が進んだ。
エイトオーが密かに調査を依頼した財団の特殊エージェント〝モミの木〟により、プロジェクト:TTK中止の原因が、被験体の脱走によるものと判明。
もともと高速移動の異能を持っていた被験体は、スズキ・フジヤマ化学から投与された薬品により常人ならざる筋力を手にしたのだが、しかし、その代償として理性は低下してしまった。結果、研究所のセキュリティを筋肉で突破する事態に至り、以後、行方不明となっていたのだ。
「――つまり、その被験体が今回の犯人ってわけだな」
「イグザクトリィ。ちなみにこちらが被験体のデータです。写真もありますよ」
「……やはり、極東系の女だったか」
十二月二十四日の午前九時。
場所はBARチャーリー。
店内にはいつも通り、グラスを念入りに磨くマスターと、カウンター席に腰掛けるエイトオー。そして、今日はエイトオーの隣にサンタのお面を着けた男――モミの木が座っていた。深緑色に白のピンストライプがはしる上下に、黄緑色のシャツと深緑色のネクタイ。それが器用にお面を少し上げながら、チャーリーズヘヴンを口に運ぶ。
「でだ、例のブツは入手できたか?」
「それはどっちのブツですか?」
「後から頼んだ方だ」
「もちろん。これがスズキ・フジヤマ化学から入手した特殊なガスです」
モミの木はそう言って、卓上コンロ用サイズのガスボンベをカウンターに静かに置いた。
それを見たエイトオーはサングラスの奥で目を細める。
「流石だな。ところで先に頼んだ方はどうなってる?」
「夕方までにはホームに搬入できるかと」
「そうか」
決戦まで、後五時間。
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