3.3 不自然な事象を検知

「オヤジ、ナインツーの姐さんは一緒に行動してくれないんですかい?」

「ああ、奴は本当に話を聞きに来ただけみたいだ。いつも通り、俺たちでやるぞ」


 薄暗い車の中、トナ太郎が心底残念そうな声と表情で聞けば、エイトオーからは聞きたくない返事が帰ってくる。


「オヤジばっかりずるいっすよ! 俺たちもナイスバディのおねーさんとキャッキャウフフしながら仕事したいっすよ!」

「そうだそうだ!」

「ぶー、ぶー」

「ぶーぶーうるせえ! そんなにナイスバディが見たいんなら、俺のっぱいでも見せてやる!」

「ぶー」

「ぶー」

「け! じじいのっぱいなんて誰が見るかよ!」

「なんだとう!」

『……エイトオー、そろそろブリーフィングを再開しましょう』


 そのとき、車の中に電子音声が響いた。

 いかにも機械らしく抑揚はないが、しかし、落ち着いたその声で、エイトオーたちは事件調査の方針を話し合っていたことを思い出した。

 ここは、ラヴクラフト財団が誇る高性能作戦遂行用おもちゃ・ソリッドトイ甲型――愛称〝ソリ〟の中である。三種類の変形機構を搭載し、反重力機構による飛行モードや、前面部に装甲を集中させた突撃モードなどもあるが、今はもっともスタンダードな走行モードで、チャーリーのすぐそばの路上に停車していた。

 その外見は、軍隊などが所有している六輪のいかつい装甲車であるが、側面にはトナ太郎たちが落書きしたエイトオーとトナカイたちのファンシーなイラストが描かれていて、威圧感を与えるようなものではない。

 だとしても、何も知らぬ外の者が装甲車に乗り降りする彼らの様子を目撃したならば、間違いなく逃げ出すだろうが。

 そのいかつい車の中でいかつい七人の男たちが話し合うのは、被害者が多数いるのに目撃者が誰一人として存在しない、謎のブリーフ泥棒のことである。

 都市伝説じみた内容ではあるのだが、実際に被害者がいるのだから、虚言や流言ではないことは間違いない。しかし、被害者と対になるはずの犯人だけが、まったくもってその存在を掴めず、街談巷説がいだんこうせつの如く語られるのも、この事件の調査を象徴するものと言えるだろう。

 さて、エイトオーたち七人は、青白く光るホログラムモニターを取り囲むようにして、それぞれ座席に腰かけている。中心のホログラムモニターには何が映し出されているのかと言えば、それはこのヘヴンズコールの町のデフォルメ化された地図であった。

 地図の上には赤い点が六カ所あり、今回の犯行現場と思われる場所を示している。

 思われる、というのは、犯行に気付くのが遅いからで、気が付いたときにはブリーフがなく、被害者の男児はお腹がすっかり冷えてしまっているという状態なのだ。とんでもない極悪犯であり、鬼畜の所業である。

 が、犯人の手掛かりは、現状ほぼない。

 皆、腕組みをして地図を眺めるだけで、分かっていることと言えば、犯人がブリーフを履いていた十歳未満の男の子であること、推定犯行現場が大通りであること、そして昼間の犯行であるということだけだ。


「ソリ男、予想される犯行時刻の割り出しと、その時刻に被害者が映ってる防犯カメラ映像があれば、ここに出してくれ」

『了解しました。防犯カメラ映像から、男児が異変に気付いたと思われる時刻を抽出します。また、犯行時刻の推定は、その三〇分前までの映像の中から、不自然な事象が検知された時点とします』

「おう、頼む」


 そうしてエイトオーの指示から僅かに数分。ホログラムモニターに三つの動画が追加された。

 いずれも大通りを行き交う人々が映り、日付と秒単位の時刻も表示されている。日付と時刻の位置がバラバラなのは、防犯カメラのメーカーが違うせいなのだろうが、解像度は昔のように低くはなく、人の顔を見分けられるくらいには精細なものだった。

 そして表示されている時刻に多少のずれはあるものの、三つとも十三時三〇分から十四時の間である。


『被害者とともに不自然な事象が検知された防犯カメラ映像が、三件見つかりました』

「おう、ありがとよ。そんで、被害者は……この男の子だな。財団からの情報に載っていた顔だ。こっちとこっちの動画も、ふむ、大丈夫だ。一致する。今のところおかしなところは無いが……んん? ああ、なるほど」

『解説が必要ですか?』

「いや、いい。もう分かったから大丈夫だ。ところでトナ太郎、お前は分かったか?」

「ああ、もちろんだ」

「言ってみろ」

「変なぼやけた物体が一瞬だけ現れて、またすぐ消える。合ってるだろ?」


 トナ太郎は自信満々の顔つきで答え、エイトオーはその答えに嬉しそうに頷いた。


「そうだな。半分正解だ」

「たー、半分かよ」

「誰か分かった奴はいるか?」


 エイトオーが見回せば、ピンと手をあげる無精ひげが一人。


「トナ三郎、言ってみな」

「足跡だ。三つとも午前中に雪がよく降った日だったんだろうな。除雪されていない雪の上に、足跡が一瞬で現れた」


 それを聞いたエイトオーはニヤリと笑う。


「正解だ。ソリ男、この足跡が全部同じものかどうか、それから性別、体型、年齢などを予想してくれ」

『了解しました』

「さてと、ここからお前らに仕事を割り振る。トナ太郎、トナ次郎、トナ三郎、トナ四郎は、大通りを中心に巡回パトロールと聞き込みをしてくれ」


 野太い「おう」の声が四つ聞こえる。


「トナ五郎とロクは、大通りの防犯カメラを全部一〇〇〇fps以上のものに交換してくれ。市役所の許可取りはソリ男に頼め。機材は財団に連絡すれば用立ててくれるだろ」

「分かった。しかし、オヤジはどうして防犯カメラのフレームレートを上げるんだ?」


 トナ五郎がそう聞くと、エイトオーはやはり嬉しそうに口角を上げて言うのだ。


「今回の事件、かなりのスピードで動ける奴が犯人だと、俺の勘が告げるのさ」

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