幻想骨董店
もも
万年筆
M:短調めの物悲しい雰囲気の曲
SE:雑踏→足音
早苗「こんなところに骨董店なんてあったかしら……。空振りかもしれないけど、もしかしたらってこともあるし、聞くだけ聞いてみよう」
SE:扉を開ける音
店主「いらっしゃいませ」
早苗「あの、ちょっと探しているものがあって……」
店主「どのような品でしょう」
早苗「万年筆なんですが」
店主「万年筆、でございますか……。今扱っている万年筆はひとつだけになりますがよろしいですか」
早苗「お願いします」
店主「承知しました。ご用意できますまで、しばらくお掛けになってお待ちください」
SE:木の床の上を歩く足音
早苗「凄い美人だけど、人形みたいな目の人だな……」
SE:木の床の上を歩く足音
店主「お待たせ致しました。こちらでございます」
SE:箱を開ける音
早苗「(息を飲んで)これ!! これです、私が探していたのは……!」
店主「左様でございますか」
早苗「誰が売りに来たんですか?」
店主「申し訳ありません、品の由来については一切申し上げることは出来ません」
早苗「お願いします、今すぐ買い取らせてください! おいくらですか」
店主「お客様、当店で扱っております品は全て、値段がございません」
早苗「……値段がないって、どいういうことですか」
店主「品と引き換えに頂戴したいのはお金ではなく、お客様がモノに対して抱えていらっしゃる『想い』でございます」
早苗「……想い」
店主「当店の品は、かつての持ち主からその『想い』ごと引き取らせていただいております。その品に込められた『想い』と、お客様が胸の内に隠している『想い』が重なれば、品はそのままお渡し致します。それがこの店のルールでございます」
早苗「話せば、その万年筆、譲ってもらえるんですか?」
店主「お客様の『想い』次第ですが」
早苗「……私には、どうしてもその万年筆が必要なんです」
店主「お気持ちは分かります。ですが、私も大切な品を託された身、お心のわからないお客様にお渡しする訳には参りません」
早苗「……わかりました。今まで誰にも話したことなかったけど、あなたにだけ話します」
店主「恐れ入ります」
早苗「数年前、この街に
M:ジャズ風の音楽(BGMとして薄く流す)
SE:グラスの中で氷が揺れる音
佐伯「なぁ、西田。俺たち、デビューからもう5年経つんだぜ」
西田「そうだな。出す本出す本、どれも重版にはならない万年初版作家だけど、なんとかやってこれたな」
佐伯「そのことなんだけどさ、俺、その『万年初版作家』ってヤツから、一足先に抜けさせてもらうわ」
西田「どういうことだ?」
佐伯「へへ……全てはコイツのお陰さ」
SE:光を反射しているような『キラリ』といった音
西田「万年筆……?」
佐伯「そうさ。この万年筆を手にするとまるで魔法みたいに次々とプロットが頭に浮かぶんだよ」
西田「ふーん、そりゃすごいね……」
佐伯「お前信じてないな、俺の話」
西田「当たり前だろ。万年筆ひとつでヒット作が書けるなら百本でも千本でも買うよ」
佐伯「はは……バカだな、どの万年筆でもいいって訳じゃない。俺にとってはこれこそが魔法の一本なのさ。この間もこの万年筆で書いてたんだが、自分でも背筋がぞわりとするような、誰もまだ読んだことがないミステリーが生まれる予感がしたんだよ」
西田「へぇ……」
佐伯「お前だって、経験したことあるだろ。全く関係のない二つのことが、何かのタイミングで一本の線のように繋がる瞬間がさ。俺は原稿用紙に向かいながら興奮したよ。これを発表したらベストセラー間違いない! (グラスの酒を呑み干しながら)マスター、おかわり頂戴」
西田「……再起をはかるための一作って訳か」
佐伯「違うな。ベストセラー作家への第一歩と言ってくれ。俺は今書いてる作品で、
西田「正気かよ……受賞者は必ず人気作家になると言われている縦溝正史賞だぜ?」
佐伯「万年筆様々さ……だから、今日は俺がおごってやる。前祝いと思ってくれ」
西田「そうか……ありがとな……」
M:ジャズミュージック(音量上げ⇒BGM程度に)
佐伯「うぅん……、俺は書ける……書けるんだ……」
西田「おい、佐伯。呑み過ぎだぞ。大丈夫か?」
佐伯「(いびき)」
西田「潰れてんじゃねぇか……仕方ないな、マスター、おあいそして」
SE:頬をはたく音
西田「おい、起きろよ、佐伯ってば」
佐伯「(いびき)」
西田「ダメか。面倒臭いけど、タクシーで送ってやるかな……」
SE:車の走る音→ドアが閉まる音→走り去る音
西田「あいつの部屋は5階だったよな……」
SE:鍵を開ける音→ドアを開けて閉める音
西田「おい、家に着いたぞ……こいつ、全然起きないじゃないか。とりあえずソファにでも寝かせておくか……」
SE:ソファの上に載せる音
西田「あぁ、疲れた。とっとと帰ろ……ん?」
SE:何かを見付けた音
西田「これ、こいつが今書いてる原稿じゃないか……」
佐伯「(エコー)誰も書いたことのないミステリーが生まれる」
西田「……ちょっとだけ、ちょっとだけならいいよな。こんな誰でも目に付く場所に放っておく方が悪いんだし。何なに、タイトルは『ブルークライム』……」
SE:時計の秒針の音
西田「……な、何なんだよ、これ! こいつが書いたなんて、嘘だろ。こんなトリック、少なくとも俺は初めて読んだぞ……。これは確かに斬新なミステリーだ……(思い出したように息を飲んで)そういえば、あいつ、他にもプロットがあるって言ってたよな」
SE:バサバサと紙を探る音
西田「あった! 案その②……(ふんふんと読んでいる気配)……これは確かに重版間違いなしだ。それだけじゃない、映画やコミックスにも展開可能じゃないか。くそ、何だっていきなりコイツにこんな文才が…!」
佐伯「(エコー)この万年筆を手にすると、まるで魔法みたいに次々とプロットが浮かぶのさ」
西田「魔法の万年筆か……こいつにはもったいない代物だな」
SE:衣服をまさぐる音
佐伯「うーん……(むにゃむにゃと寝言あって)」
西田「あった! はは。すまんな、佐伯。この万年筆、ちょっと借りるぜ」
SE:床の上を数歩歩く音
西田「あ、そうだ」
SE:トントンと机の上で紙を束ねる音
西田「悪いな。この世界、先に発表した方の勝ちなのさ。お前のこの小説は俺の手で世に出してやる。じゃあな、ゆっくり眠れよ」
SE:ドアを閉じる音
店主「ヒトも動物と同じ。隙を見せればすぐに食い殺されてしまいますものね」
早苗「これだけじゃないんです。西田は親友だった佐伯を更に突き落とすようなひどい裏切りをしたんです……!」
SE:雑誌をめくる音
西田「『今世紀最大のミステリー登場!』『ラスト一行まで気を抜けない怒涛の展開!』か。どこの本屋でも平積みとか……はははは! これで俺もベストセラー作家の仲間入りだ!」
SE:インターホンの音
西田「ん? 今日は取材の予定はないハズだけどな……どちら様ですか?」
SE:ドアを叩く音
佐伯「俺だ、佐伯だ! 開けろ!」
西田「(舌打ち)来たか」
SE:ドアを開ける音
西田「やぁ、佐伯。久しぶりじゃないか」
佐伯「お前、よくもそんな平気な顔が出来るな」
西田「(溜息)まぁ上がれよ」
SE:ドアを閉める音
西田「お前、この間空き巣が入ったんだって? 大変だったなぁ」
佐伯「……しらばっくれるなよ」
西田「あ?」
佐伯「しらばっくれるなって言ってるんだ! 犯人はお前だろう!」
西田「(笑ってなだめすかすように)何を言ってるんだ、言いがかりはよせよ。金目のものは取られなかったそうだし、良かったじゃないか」
佐伯「金なんかどうだっていい! お前、俺の万年筆を盗んだだろう!」
西田「万年筆? 知らないな」
佐伯「嘘をつくな! あれを失くしたのは、お前とバーで呑んだあの日だ! お前以外にいるハズがない! 何よりもあの新刊だ、あれは……俺の作品じゃないか!」
西田「おいおい、何を言い出すんだ」
佐伯「あの日消えた原稿に書いていたものを、まさかお前の名前で発表された本で読むことになるとはな……。なぁ、返せよ! 俺の作品と万年筆、どっちも返してくれ!」
西田「お前、顔色が悪いぞ。ろくに寝てないんじゃないか? そんなんじゃいい作品なんて書けないぞ」
佐伯「盗作なんかして心が痛まないのか? 俺たち、ずっと昔から一緒に励ましあってやってきたじゃないか、いつかは100万部売れるヒット作を書いて、これまで俺たちをバカにしてきた連中を見返してやろうって。親友だと思ってたのは、俺だけだったのか? なぁ、頼むよ、お前の口から『あの作品は本当は佐伯一史が書いたものだ』って言ってくれよ……」
西田「(溜息)仕方ないな」
佐伯「わかってくれたか」
西田「悪いが、あれは俺の本だ」
佐伯「(息を飲む)な……!」
西田「この世界、先に出したヤツが勝ちなのさ」
佐伯「西田ぁ……!」
SE:携帯電話の着信音
西田「あぁ、すまん電話だ」
SE:通話ボタンを押す音
西田「もしもし? あぁ、三英社さん!新刊の売れ行きはどうですか? え、もう五十万部を突破した!? 本当ですか、嬉しいなぁ……!」
佐伯「なぁ、あれは俺の作品なんだよ、返してくれよ!」
西田「(小声で)静かにしろよ。(電話の声に戻って)で、今日はどうしたんです? はい、はい……えぇ!? 本当ですか? ありがとうございます! えぇ、はい、わかりました、楽しみにしています。はい、はい、どうも……」
SE:通話を切る音
佐伯「何だよ、今の電話」
西田「この間出した新刊がな、縦溝正史賞の候補作になったんだと。このままいけば受賞は間違いないと言われたよ」
佐伯「何だって……!」
西田「いやぁ、俺にも運が向いてきたわ」
SE:床の上に小さいものが落ちる音
西田「あ、いかんいかん……大事な物を落としちまったよ」
SE:キラリと光る音
佐伯「そ、それは俺の万年筆……!やっぱりお前が」
西田「何言ってるんだ、これは俺が昔から使ってるヤツだよ。名前だって彫ってあるだろ。ほら、西田彰……てな。書き味もバツグンだぜ?」
佐伯「お前、勝手に名前入れやがったな……!返せよ、俺の大切な万年筆なんだ……!」
西田「おい、やめろ何をするんだ、離せ! 危ないだろうが……!」
●言い合いに衣服が擦れるようなもみ合う音を重ねる
西田「やめろよ……あ!」
SE:ペン先が人の肌に刺さる音
佐伯「ぐぅ……!」
西田「うあ……ペン先が喉に……! おい、佐伯」
佐伯「(のどをヒューヒュー鳴らしながら)お、俺の……作……品だ」
西田「佐伯? おい、しっかりしろ、佐伯!(少しの沈黙あって)なんだ、死んだのか……まぁいいや、これからコイツに付きまとわれずに済むなら、それに越したことはない」
SE:柱時計のふりこの音
早苗「佐伯は山の奥で遺体となって発見されました。犯人に繋がりそうな足跡も何もかもを雨が洗い流してしまったこともあって、まだ犯人は捕まっていません」
店主「それはお気の毒に」
早苗「あの男……西田は、佐伯が必死で作り上げたプロットをそのまま使って作品を発表し続けて、今や押しも押されぬベストセラー作家となっています。親友のアイデアを根こそぎ奪って良心の呵責も感じないような、おぞましい男……。だから私は何年かかってもいいという思いで、必死にあいつのことを調べあげたんです。どうですか、これが私がその万年筆に込めた『想い』です。どうか私にそれを譲ってください」
店主「お客様、私は申し上げたはずです。『想い』の全てをお話しくだされば、お譲り致しますと。今お話しいただいたことがお客様の『想い』の全てなのでしょうか」
早苗「えぇ、そうです」
店主「隠していることは何もないと」
早苗「ありません! 全部話しました!」
店主「嘘ではございませんね」
早苗「う……嘘じゃありません、本当です。これ以上は何も。そう、何もありません」
店主「なるほど。まぁ、私がノーと言っても、この万年筆はきっとお客様のところへ舞い戻っていたことでしょう……深い闇に包まれた重たい土の中から」
早苗「あなた、まさか」
店主「愛しい人のためにと買われた品自身が、もう一度、その愛しい人のために役目を果たしたいと願っているのですから。承知しました。お客様の『想い』とこの品の『想い』、確かに重なりました。お譲り致しましょう」
早苗「彼に、佐伯にこの万年筆をプレゼントしたのが私だとどうして知っているの」
店主「ふふふ。品は常に雄弁なもので」
早苗「ヒット作が書けなくて毎日が
店主「お客様、どうぞお受け取りください。契約成立でございます」
早苗「……私がこれから何をするつもりなのかもわかっているのね」
店主「いいえ、私は何も。ただひとつ言えることは、その品に残された想いを引き受けることが出来るのは、想いを同じくするお客様だけでございますから」
早苗「ありがとう……」
SE:扉が開いて閉じる音
店主「魔法など、この世に在りはしないというのに。人というのは本当に愚かで可愛い生き物ですこと」
SE:革靴の足音⇒スニーカーで走る音を重ねて
西田「(絶叫)」
SE:パトカーと救急車のサイレンの音
SE:新聞をめくる音
店主「『人気作家、路上で喉を一突き。凶器は万年筆か。殺害後、犯人もその場で同じく喉を突き自殺』」
SE:小さなものが机の上に置かれる音
店主「あら……戻ってきてしまったのね。貴方、目的は遂げたのでしょう。え、インクが足りないですって。三人分の血を吸っておいてまだ欲しいだなんて、欲の深いこと。名作を書くって大変なのね」
SE:扉が開く音
店主「いらっしゃいませ。どのようなものをお探しでしょうか。あぁ、万年筆でございますか。ただいま当店には万年筆はひとつしかございませんが、それでよろしければどうぞこちらへ……」
幻想骨董店 もも @momorita1467
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