第8話

 完全帰国後、遅ればせながら社会人になりました。

 父もせんせいも、もういません。

 父がいなくなったすぐ後に付き合い始めた彼氏は、あまりの理解の無さに気づいて別れました(友人に別れて良かったと言われる人でした)。

 一方、学部の頃から想い続けた初恋相手の結婚報告に、今更な想いを伝えて恋情に区切りをつけました。彼は父の病のことを共有できた僅かな友人の一人で、私に病名が知らされなかったのを「お父さんの気遣いだ」と言ってくれました。腹割って話せる関係だったのです。今でも変わらぬ友人関係が続いています。本当にいい奴です。



 大袈裟に言えば、自分には何もなくなっちゃったんですよね。

 

 その頃です。再び本格的に小説を書き始めたのは。

 学部時代に書き始めて、パソコンを代替わりしても引き継ぎ続けてきたファイルを、長年を経て更新しました。

 タイトルも決まっていません。ファイル名は作品の冒頭の一文そのまま。



「少女は森の中をさ迷っていた」

 


 ファンタジー世界――シレア国の中を、アウロラとウェスペルが再び走り出しました。

 国唯一の時計が止まったシレアの中で、止まっていた彼らの時が動き出しました。

 そしてシレアは二作目以降が生まれ、シレアとは別の長編、「楽園の果実」と「月色の瞳の乙女」が生まれ、数々の短編が綴られていきました。

 

 始めた仕事は楽しい。天職だとも言われるくらい。でも仕事で私の代わりはいくらでもいます。私でなくたっていいのです。

 でも小説は、その人が書く話はその人にしか書けない。



 生前、病気が分かった父は、仕事の友人に語ったそうです。

 しっかりした母と優秀な姉は大丈夫だ。何も心配はないと。対して私のことは、とてもとても心配していたと。

 しかし父は言ったそうです。


「でも桜は、やりたいことがあるから大丈夫」


 その時の私の「やりたいこと」は専門の研究で、今の「やりたいこと」とは違うでしょうが、なんとまあ。


 でもねー父さん、やりたいことをやるって、やりたいことだからこそ、辛い。

 仕事はとても楽しいけれど、努力して結果を出しても成果が認められなければ悔しい。

 小説も、自分がどんなに頑張ったと思おうが、目標に至れなければとてつもなく苦しい。

 目標に届かぬ力不足は歯痒く、それは大好きだからこそ尚更。



 それでも、書けるうちは大丈夫だと言えます。

 読んでくださる方、評価してくださる方がいらっしゃるのも大きな力です。感謝を。


「やりたいことがあるから大丈夫」


 蜜柑桜はまだ書けます。

 大丈夫です。

 

 このエッセイも途中何度も泣きましたが書き終えられました。涙は枯れなくていい。それは父も師も私の中で色褪せていない証拠だから。

 数ヶ月前、親友が若くして逝きました。

 なぜ次々といってしまうのか。不条理だという想い、やるせなさが胸を焦がす。

 書きます。

 彼女は私の創作を読み、多方面で応援してくれた。


 公開したら読者様は離れていくかもしれないという、そんな怖さもありました。

 でも、誰に話せるわけでもない、しかし内に抱え続けるのは苦しかった。そうして吐き出した話を最後まで読んでくださった皆様に心から感謝致します。

 ありがとうございました。

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名状し難いエッセイ 蜜柑桜 @Mican-Sakura

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