第7話

 覚悟していたことです。霊場の夜は母娘三人、文字通り川の字で寝て穏やかに過ぎました。

 葬儀から実家へ帰った日、私は現地の大学が博士課程学生に出す奨学金の申請書類を仕上げ、提出しました。その時受給していた別の奨学金の期限が迫っていたのです。

 向こうの指導教授の力もあったのでしょう。審査は通りました。人生運はないけれど昔からくじ運はいいのです。

「この子は留学中、家に一銭も頼らなかった」

 完全帰国から数年後、母が知人に語りました。

 せめてもの私の矜持となり得たでしょうか。



 それから一年足らず。私は論文を書き上げました。謝辞に日本語で父への感謝をしたためました。

 提出用の大量印刷を終えたのと近い時刻。

「産まれたよ」

 母から写真付きのメール。提出日は、姉に第一子が産まれた日でした。



 数ヶ月後、論文審査を経て口頭試問に合格し、学位授与が決まりました。父に会えなくなって一年一ヶ月と少しです。

 論文提出後、労いのお言葉を下さった敬愛する日本の師匠に審査合格のご連絡をしました。

「九月には完全帰国致します」

 修士論文でつまづき自信を喪失した私を数語の言葉で再び歩き出させてくださった先生と、やっと胸を張ってお話できると喜び一杯で。


 

 帰国予定の一ヶ月少し前、師匠のご訃報が届きました。

「人はいずれにせよ、別れなければならないのですね」

 父の訃報にこうお返事なされた先生と、二度と直に会えずに別れるなんて思っていなかった。

 私の博士論文は、何人なにびとをおいても見せたかった二人を失いました。

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