第43話 最終話

「わたしの部屋? どうしていなかったわたしの部屋があるのよ」


 疑問に思って聞いただけなのに、語気が強くなってしまったのか、ソルトールは顔をこわばらせる。

「お母様は、お姉様がいつ帰ってきてもいいようにお部屋を用意していたのです……」

「それ、本当?」

「はい!」


 一点の曇りもなく目を輝かせるソルトール。


 シデリカ様の言っていたこと、嘘じゃないのかもしれない。わたし、愛されていたのかも……?

 それはとてもうれしいことのはずなのに、ずっと望んできた事実が目の前にあるのだと分かると、なぜか手が震えた。


 わたしと繋いでいる手から震えが伝わってきたのか、ソルトールはわたしの手を握る力を強めて、部屋の扉を開けた。


 この屋敷に居なかった人物の部屋とは思えないほどに、全く埃っぱくなく、綺麗に掃除が行き届いた部屋。開けられたカーテンから差し込む明るい日光。

 大きな天蓋付きのベッドに、磨かれた机。


 そして、等間隔に植物の模様が描かれている壁には、今わたしが着ている服と色違いのエプロンドレスが十着、作りかけのものが一着、丁寧に飾られている。


「ここが……わたしの部屋?」


 にわかには信じられない。思わず口から言葉が漏れると、ソルトールは部屋の中に駆け込み、飾られた服を指さした。

「これは、この十年間、お母様が毎年、お姉様の誕生日に一着ずつ作り、飾っているのです。お姉様はからりと晴れた冬の日にお生まれになったそうですね。いなくなってから十一年目、服も十一着目が完成する前に、お姉様が帰って来ました。私もうれしいです」


 ソルトールは続けて、飾られた一着のポケットから小さなメッセージカードを取り出し、わたしに渡してくる。そっと目を落とすと、シデリカ様の字で、こう書かれていた。


『あなたがいなくなってから、初めてのあなたの誕生日。今日もあなたを助ける術を持たない自分を責めています。弱い母親でごめんね。愛しているわ、ソルシエール』


 一文字一文字が、涙を出し切って乾いたわたしの心に染み込んでいく。温かく、とても心地よい感覚。そして心に染み込んだ温かいものが、また涙となって頬を伝っていく。


「ソルトール。他のものも見せてくれる?」

 なるべく優しく、そう声をかける。すると、ソルトールは十年分のメッセージカードを持ってきてくれた。


『あなたがいなくなってから、一年が経ったわ。あなたに弟ができたの。ソルトールよ。あなたがいたら、一緒にこの子の成長を見届けられたのかしら。助けてあげられなくて、ごめんなさい。わたくしの可愛い娘、愛しているわ』


 二年目も三年目も、四年目も五年目も。それから先、十年に至るまで。

『早く会いたいわ』、『わたくしの宝物』、『ソルシエール、大好きよ』


 そんな言葉が並んでいた。


 シデリカ様。わたしを裏切ったんじゃなかった。要らなくなったんじゃ、なかった。むしろ、わたしを本当の娘だと思って、ずっと待っていてくれた。


 それが分かっただけで、もう充分だった。シデリカ様がわたしを愛してくれていた証拠が、ここにあった。


 血の繋がりがなくとも、人を愛することはできるんだって、レオナとシデリカ様が教えてくれた。

 それと同時に、強い焦燥感に駆られる。


 わたしは、レオナやシデリカ様が愛してくれたのと同じくらい、彼女たちに、『愛』を返せてた? 愛してくれないと嘆いてばかりでその愛に気付こうとしなかった。

 一目ぼれをしたアミルだけを愛そうとして、恋だけが愛じゃないんだって、知らなかった。

 友情の中にも、家族の中にも愛があることを、知っていたようで知らなかった。


 アミルに感じた恋は叶わなかったし、愛を伝えてくれたレオナは、もうわたしを覚えていない。今気が付いても、もう遅くて。


 シデリカ様の十一年目のメッセージカードを見る。


『ソルトールが十歳になったの。お話が楽しい年ごろになったわ。ソルトールもあなたに会えることを楽しみにしているの。だから、一日でも早くあなたが帰って来ますように。ソルシエール、』


 そこで、途切れていた。多分、この言葉の先は、「愛してる」


 レオナみたいに、過ぎてしまった関係はもう復元できない。それくらい、気が付くのが遅くなってしまったけど。


 シデリカ様なら、まだ受け入れてくれる。


 わたしは、メッセージカードを持ったまま、部屋を飛び出した。

「お嬢様……」

「お姉様?」


 これからわたしの大好きな一人になる人たちが目を丸くする。

 わたしは隣の、シデリカ様が休んでいる部屋の扉を開けた。


「ソ、ソルシエール?」


 ベッドに座っていたシデリカ様の深い銀の瞳が開かれる。

 わたしはそこまで歩いて行って、彼女を抱きしめた。

「ソルシエール、どうしたの」


「シデリカ様、愛してる」


 シデリカ様はポロリと一粒、涙を流した。それはまるで真珠のようだった。彼女はわたしの髪を優しく撫でる。


「おかえり。わたくしの大事な娘」


 レオナのときは上手くいかなかったけれど、これからわたしはシデリカ様に愛を返していく。本当はレオナにも想いを伝えたかった。でもそのときは、怖かった。シデリカ様に裏切られたと思っていたから。どうせ魔女だから処分対象なんでしょ、って。でも、今は怖くない。ちゃんと愛されていた証拠があるから。




「ソルシエール。ソルトール。お母様の部屋に来なさい。本を読みましょう」


 わたしが新しく作ってもらった服に着替えると、もう外は暗くなっていた。

 シデリカ様に誘われ、わたしとソルトールは、部屋に集まる。

 扉の外では、ミアが微笑んでいる。


「お姉様、ドレス、似合っていますね」

「え? そ、そう?」

「ふふっ。お母様が作ったんだもの、当然よ」

「私にも作ってください。お姉様と同じ色で」

「そ、それより! 早く読みましょうよ」


 すっかり恥ずかしくなってしまい、話を切り上げようとするわたしに、シデリカ様は目を細めた。

「分かりました。いい? 読むわよ……」




 魔女は、永遠の命を持ち、食べなくても寝なくても、生きていける。


 世界中の魔術を自分のものにすることができる。


 魔女は魔石と生み出す者の感情によって生まれ、憎しみだけで生まれた魔女は人を傷つけるだろう。


でも、愛情によって生まれた魔女は、世界を幸福にし、人を愛すだろう。



 人間の欲望のままに生まれた魔女は、愛を知らない。でも、愛情によって生まれたわたし、ソルシエールは。



 人に愛された分だけ、きっと人を愛すことができるから。






              ♦♦♦♦♦♦

 

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ソルシエールの不択手段 卯月まるめろ @marumero21

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