2-2 ひきこもり、更衣室に死す

 そんな休憩時間のざわめきの中、女子たちが体操服を手に一斉に席を立ちはじめた。


 上杉みすみは、その様子を見て、小さな声で呟いた。


「みんなそろって……どこ行くんだろ……」


 すると、安達はるかが笑顔で言った。


「どこって、次は体育だよ?」


「──体 育……?」丸の表情が一気に固まった。


「……しまった、忘れてた!!」


 あきらかに顔色を悪くしているみすみを、はるかは心配するように見つめた。


「体操着、忘れちゃった?」


 ところが、そうではない丸は、不安げに胸元のリボンの前で手を握りしめた。


「──ううん、その、き、着替え場所のこと……」

(さがそうと思ってて、忘れてたよーー!)

 


 するとその手に、はるかが微笑んで、


「オリエンテーションのとき上坂さん目を回してたもんね。更衣室はB館の二階だよ。大丈夫。一緒に行こう!」


 と、差し出しかけた手を、すぐに気付いて引っ込めた。



「──っと、あぶない。またうっかり接触したら倒れちゃうね」








【解説しよう】しかし! 丸の頭部に搭載されたヒキニート回路はすでにこの時、「更衣室」という一言で、レッドゾーンに達していたのである……!





 広大な運動場を彷徨っていた丸は、はるか西方にあるという、女子更衣室という浄土にたどり着いた。


 ──でも、そこは丸にとって不可侵の世界。


 ロッカーが開閉する音。鏡に映り込んだ女子たちの微笑み。制服のリボンを外し、ふわりと揺れる髪。体操服とジャージが鳥のように羽ばたき、空を覆い尽くし── そこに、丸のブレザーとスカートと前髪をひるがえす強い風が吹き、トランクスの丸の……


 悪い予感は加速したッ!


 

-【ニート少年、女装して更衣室に忍び込む】

-【暴走ひきこもり、姉の制服で余罪多数か……?】



 ネットニュースになった自分の記事の見出しの下で、丸は頭を抱えてのけぞった。






「────っ!!!」真っ赤から、真っ青に顔色を急変して、耳から煙を噴き出して、


「つ、つつつ 捕まる、あばばばばばばば!」


 上杉みすみはロボットダンスのような動きで体を震わせ、そのままありえない角度にのけぞり、


「えっ、どうしたの上杉さん? 具合悪い?」


 立ちあがったはるかは咄嗟に手を掴み、また重なるように二人は椅子から落ちて床に倒れた。





 起き上がったはるかは、みすみの目を回している肩を揺さぶっている。


「上杉さん! みすみさん、 しっかりして!!」


 一方でクラスの男子たちは、もう慣れたようで、目を回している上杉みすみの真っ赤な顔を下敷きやウチワであおぎながら、井上真一の姿を探した。


「おーい、上杉がまたショートしたぞー」


「井上、どこだー、はやく来いー!」


 

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2024年12月22日 07:00

上杉さんには女装の才能がありすぎる②ドキドキ火曜日 地獄の借りもの競走編 @AK-74

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