裸の王様に、私は出会った。

保志見祐花

第1話 「裸の王様」に出会った話。




私はこの前、裸の王様に出会った。

服を着ずにその辺を歩いていたわけではない。きちんと洋服は着ていたし、不審者というわけでもない。


彼女は普通の人だ。

縁あってお手伝いさせていただいていた、喫茶店の店員が彼女だった。






彼女はカリナさんという。

もちろん仮名だ。

学生時代飲食店バイト経験があり、働いていた店では社員を務めている、ホールリーダーだ。



私は彼女が嫌いだった。

正直、オーナーに気に入られ引っ張られただけで、カリナさんのことは見た瞬間「あ、こいつ私と相いれないタイプだ」と思ったぐらいだ。


ちなみに私はそういう直感が鈍いタイプらしく、配偶者に散々「なんでわからないの?アイツ無理じゃん」と言われるぐらい鈍い。



しかし彼女は、その「鈍いフィルター」を突き破るぐらいのオーラを発していた。上手く言い表せないが、直感的に無理だと思ったのである。



その勘はすぐに、実感として私の中に芽生え始めた。



端的に言うと、カリナさんという人間は、「あたしって忙しいの。あたしがお店回してるの。あたしが居ないとみんなホント駄目だよね~!あたしの接客が正解なの!」ってタイプだ。


他のスタッフの「こうしたらいいんじゃないか」はまるで聞かない。オーナーが通したとしても、自分がやりにくいと感じればその意見は却下し、元にもどす。


眉を下げ、哀れな雰囲気を出し、「あたし忙しそうでしょ?そうなの、大変なの。協力してくれるぅ??」と感情を出してくるタイプである。



……………………無理よね。

若い子ならまだしも30代半ば。

漫画なら、ドラマなら、創作の中なら笑ってみて居られるけど、現実では絶対関わり合いになりたくないタイプ。



しかし私は、そのあたりのことは飲み込んだ。

当たり前だ、オトナだもの。

私は新人で仕事ができないのは仕方ないし、一応形式上「上司」になるので歯向かうこともしない。


何か言われたら「はい!わかりました!」と綺麗に前向きな声で返し、それ以上を突っ込ませないようにしていた。



そんなカリナさん。

私は「マジでこいつ無理なタイプ」だと思っていたが、周りのベテランスタッフさんとは仲良さげなのだ。女性も多い職場で、和気藹々と仕事にいそしんでいる。


他スタッフも「カリナさん!」「カリナさんがいてくれるからですよ!」「カリナさんさっすがです!」と、人気者だったので、私はこっそり(ああ。私が異端者だからしゃーないかなあ)と思っていた。



具体的なことはかかないが、マジで密かな嫌がらせ(にとれるような取れないような微妙な圧をかけてくる)こともあった。ホールはいいけど中は駄目とか、ダブルスタンダードもあった。若い男の子(20代)のバイトさんの名前を「ちゃん」付でデカい声で呼んでいたのもドン引きだった。



正直、(こいつと仕事するのマジで無理なんだが、皆平気なのか)とまで思っていたぐらいだったが、表面的には【見えなかった】のだ。





そんな営業日を重ねて行った、とある日。

事件は起こったのである。





突如彼女からLINEが入った。

職場のグループLINEに一言「今年いっぱいで退職します」と。


私はそれを見て画面を凝視した。

寝転がっていた背は跳ね上がり、100年ぶりに腹筋と背筋が仕事をした。


心は「まじで?」と踊ったし、「それならカエデ(仮名)さんとアイカ(仮名)さんでホール回して、事務的なことは解らないけど振り分ければ雰囲気良くなるかも!」と前向きに考えていた。


彼女のLINEへ主だった反応はなく、一週間の時が流れた。




次に彼女からLINEが来たのは、ちょうど、退職宣言から一週間たった時のこと。



ざっくり要約するが

「あたしが辞めても大丈夫って言う人いるけど、あたしが抱えてる仕事誰ができるの!?なんで止めてくれないの!?辞めるって言ったのも、あんたたちに訴えかけるためだから!(←ほんとに書いてあった) やめるよ!?あたし辞めるよ?辞めちゃうよ!?いいの!!?やめるんだからね!!!……なんで止めてくれないの!モウヤダ疲れた!!!!!!」





──っていう事柄を「悲壮感」と「あたし可哀想」に包んだ、見た目穏やか~~~な文面を送ってきたのだ。



今日日、月9でもドラマでも、少女漫画でもやらかさない「メンヘラお気持ちムーブ」である。


個人メッセージではない。

職場の連絡グループラインだ。



職場の連絡グループラインだ。

わかるだろうか?

こ の や ば さ 。



私は画面の前で乾いた笑いがでた。

本当に出た。


シゴト抱えてパンクしてるのも自分だし、人のことナチュラルに下げて不快な思いさせて協力したくない気持ちにさせてるのも自分だし、なんかもう、浅はかというか滑稽というか。

そんな気持ちだった。



自分のスマホの中に広がるメッセージが、その世界が異様なものに思えて、老眼かよってぐらい画面を遠ざけた。



あの時の胸の中に生まれた、そこはかとない気持ち悪さと不快感は言葉に表しようがなく、ただ「やべぇ」としか言葉が出なかった。






まるで「もうやだ別れる!」と部屋を飛び出して、数分後「……なんで追いかけてこないの!!!!!」と扉をあけ放つコイビトだ。


「めんっどくせ」とスマホを投げた。



恋人でも何でもねーのに、そんなことに付き合うほど暇ではないし、そいつにあげる言葉も時間もない。





それから、更に一週間。

また彼女からLINEが届いた。



以下、要約した内容だ。







「……( ;∀;)うんうん、あたしが居ないと仕事回んないよね?やっぱりみんな、アタシがいないと駄目……なんだね??嬉しい(´;ω;`)ウゥゥ 大丈夫だよ、ここで働いていれば、「ここで働いてよかった!」って思える体験できるよ。慣れて居なくてもそのうち慣れるようになるョ。あたしも新しい仕事教えてもらってうれしい!みんなで頑張ろうね! あ、スイーツ部は仕事のろいし煩いから黙って仕事してね☆彡」




…………………………………………………………………………………………………………………………。



このうすらさむいかんじをなんとかしてくれ。

これを打つ30代半ばの女性を想像してくれ。


わらえない。




普通、あの……こういう場合、まともな社会人なら

「お騒がせしました。申し訳ありません、今後も頑張る方向で行かせてください、よろしくお願いします」とか送ってくると思うんだけど、繰り広げられたのは自分酔いした「↑」






……やってられる?

こんなの送られてきて、まともな大人がそこで働ける?



私はすぐに決断した。

ココを辞めるために、平日していた方の仕事のスカウトにのった。「もう無理だ、気色悪い」と思い行動に移した。


他の人はきっと、彼女との付き合いも長いし、店にも思い入れもある。だからみんな頑張ってくれ、私は抜ける──……



とやめて、しばらく。

制服を返しに行ったとき、店に長くいたベテランさんが3人抜けていることを知った。みな唐突に辞めていったらしい。


皆、カリナさんと仲良しで、和気藹々と話していた人たちだ。




私は驚いて、一度だけLINEでやりとりをしたことがある二人に聞いてみた。

「どうしてやめちゃったんですか?びっくりしました」と。

そしたら、二人から同じ言葉が返ってきた。




『前からカリナさんが大嫌いだった。狭い職場でやり合うのがめんどくさかったから合わせていただけで、心底嫌いだった。今のホールに残ってる人も好きな人はいない。あんなのと仕事はできない』


『やめる辞める詐欺は許せなかった。あれで辞めてくれたら店にいた。だけど、あんなのもう付き合えない。滑稽すぎて笑える』









……彼女は嫌われていた。



カリナさんが「大事な仲間」といっていたベテランの二人も、もう一人のベテランも、誰一人彼女を好いては居なかった。



「流石です!」

「やっぱりカリナさんじゃなきゃ~☆彡」


と、着せられていた数々の「好意」は、まるで存在していなかった。彼女は誰の好意も尊敬も得られていなかったのである。




文字通り「裸の王様」。


そうならぬよう、私は、日々努めて生きて行こうと思った。


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裸の王様に、私は出会った。 保志見祐花 @hoshiyuka

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