大ウケ

砂擦要

肝試しに廃墟を訪れた二人




「しょうがないか」


 俺は諦めて、かがめていた腰を上げた。


 右手に持った懐中電灯の光をかざして、部屋を見渡す。


 朽ちた壁、柱。


 中央に大きなテーブルが置かれていて、部屋にはカウンターが設けられて台所に繋がっている。


 ここは居間だったらしい。

 

 テーブルに明かりを照らして目を近づけると、粉をまぶしたような白カビが生え、辺りに黴臭さを放っている。


 俺は恋人の弥生と二人で、車で廃墟に肝試しに来ていた。


 俺の住む家の隣の市の森にある、二階建ての別荘のような建物だ。


 子供やら女やらの霊が出たとかなんとか、そういう噂が昔からあった。


 ずっと解体されずに、長年ちょっとした心霊スポットになっている。


 確かに、真っ暗で荒れた屋内は不気味な雰囲気を醸し出していた。


 それにしても、ここは湿気が強い。


 そのせいか、あちこち腐食していて、今さっき、床が抜けて足元を取られてぶざまに転んでしまった。


「あははははは!」


 そんな俺の様子に、後ろをついてきた弥生が部屋に入って、隅で大笑いする。


 暗いので見えづらいが、視力の悪い俺でもわかるほど大口を開けていた。


「そんなに笑うことないだろ」


 俺は弥生に愚痴った。


 複雑な気分になる。


 弥生はあんまり笑うタイプじゃなく、いつも無愛想に見えるくらいだ。


 笑わせようとギャグを言っても、なかなかウケない。


 それが、今の俺のドジはツボにハマったようだ。


 弥生はゲラゲラ笑い、俺は少し不機嫌になった。


 まあ、あの弥生が笑ってんならいいか。


 そもそも、肝試しに誘ったのは俺だし。


「もう帰ろうか?」


 ライトを当てると弥生はニヤニヤしているだけで、返事はない。


 ここに入るまでは、汚いから嫌だとか文句を言っていたのが意外とハイになってるようだった。


「これじゃあ肝試しなんてやってらんないから、帰るわ」


 俺はまた腐った床を抜かないように、ゆっくり大股で歩き始めた。


 後ろを向くと弥生も三歩ほど後についてきている。


 居間に繋がった和室に入ろうとすると、今度は入り口の段差につまずいてよろけた。


「痛えー」


 俺は足をさすった。


 踏んだり蹴ったりだ。


「あっはははは」


 後ろの弥生にはまた大ウケしていた。


 一方の俺は情けないところを笑われているだけで、しょんぼりしていた。


 肝試しなんか来るんじゃなかったな。


 後悔しながら先に進む。


 和室から玄関前の廊下を抜けて、入ってきた玄関口まで戻ってきた。


 ドアを開けて廃墟を出る。


「は……?」







 弥生が俺の車のフロントに寄りかかっていた。


 今の今まで俺の後ろにいたはずなのに。


 俺は弥生の目前まで行って顔を近づけ確認すると、間違いなく本人だった。


「何よ?」弥生が怪訝そうに言う。


 呆然として立ち尽くす俺に、弥生が聞いてくる。


「あんた、メガネはどうしたの?ド近眼なのに」


 メガネは腐った床にハマったときに、かがんだ弾みで外れて、木材の散乱する床下に落とした。


 探したが見つからず、一応車に予備はあるのであきらめていた。


 いつものように弥生が不機嫌そうに言う。


「私、一人でずっとこんなところで待ってたんだから。あんな汚い家に入るの嫌だって言ってるのに、あんたは一人でずかずか行っちゃうし」


 じゃあ、俺はずっと、誰と一緒にいたんだ?


「それよりここ、早く離れようよ。ヤバいって。ずっと家から変な女の笑い声がしてるのよ。あんたも聞こえなかった?」


 

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大ウケ 砂擦要 @sunazuri

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