紫陽花と傘と小さな幸せ
不来方しい
第1話 小さな恋が続きますように
──こんな機会は二度とないのかもしれない。
部活動が終わり帰宅しようとさしたところ、不機嫌な太陽は雲に隠れ、どしゃ降りの雨が地面を叩きつけていた。
──入ってく?
一つ上の先輩であり、後輩にも気さくに声をかける彼女に、私は恋をして二年が経とうとしている。今もこうして、小さな傘を手に持ち屈託のない笑みを向けてくる。
同じ文芸部に所属する先輩に恋い焦がれているが、先輩は来年、卒業だ。一年の壁は大きいし、どうしたって越えられない。
一つの狭い傘で身を寄せ合い、同じスカートを翻し、きゃっきゃっと騒ぎながら駅まで歩いた。
雨でこんなに愉しいと感じたのは、生まれて初めてだ。
「警察が集まってるけど、何かな」
不安とは裏腹に先輩は気持ちが高揚しているようで、声が弾んでいる。
「事件ですかね」
駅前の広場には数台のパトカーが停車し、警察官が花壇に身を寄せ合っている。
「あーあ、紫陽花が潰れちゃってる」
「税金で作られたのに」
「そういう問題?」
先輩は笑い、鞄を持ち直した。
「ねえ、紫陽花の花びらの色で殺人事件が解決したっていう話、知ってる?」
「土の中に死体が埋まっていて、花の色が変わって発見できたってやつですか?」
色気のない話だが、同じ文芸部に所属する身としては先輩の話に食いつくしかない。
「もしかしたらそういう話もあるかもしれないけど、元ネタは海外の作家が書いた『花を愛でる警官』よ。死体じゃなく、凶器が埋まっていて事件解決に向かったって話」
「死体じゃなく凶器? それは知りませんでした。土が酸性だと青、アルカリ性だと赤でしたっけ?」
「そうそう」
警察官の手元を見る。必死で掘っていて、別の警官はブルーシートまで持ってきた。
「タイムカプセルとか紫陽花の下に隠したら、十年後でも場所を教えてくれるのかな。酸化して、土に影響を与えて……」
先輩は私を見ていなかった。
警察官を見ているようで、見ていない。私には見えない遠くを見続ける先輩に、目の奥が痛くなる。
「先輩、もし良かったら……タイムカプセルを一緒に埋めませんか?」
一生に一度の告白だ。五十メートル走の走る直前並みに、心臓が悲鳴を上げている。
なのに先輩ときたら、
「いいね!」
気軽に答えてくれ、嬉しいやら恥ずかしいやらだ。暗くて顔が見えづらく、本当に良かった。
「どこにする?」
「学校の花があるところがいいです」
「けっこういろいろ咲いてるけど、うちの学校に紫陽花はないよね」
「桜の木の近くにしませんか?」
校庭の桜の木は想い出の場所だ。友達が極端に少ない私は、運動会の日に桜の木へ寄りかかり、ひとりでお弁当を食べていた。先輩は私を見つけ、隣に座って一緒に食べてくれた。
その後の玉入れも短距離走も、自分のクラスを差し置いて全力で応援してくれた。
「桜の色は変わらないと思うけど、それだとわかりやすいわね」
「変わらなくても大丈夫です。私は絶対に忘れませんから」
「ふふ、いいね。私も忘れない。あ、雨が上がった」
まだ太陽は隠れているが、雨は止んでいる。
先輩は傘をたたみ、水気を取るために離れた位置で傘を震わせた。距離が遠くなっていく。
「このあと、早く帰らないとダメかな?」
私は高速で首を横に振った。
「ちょっとお茶していかない?」
「ぜひ!」
「じゃあふたりで部活の続きでもしよっか」
先へ進む先輩の後に続いた。
雨上がりの空で太陽姿を見せ、先輩を照らした。左肩がずぶ濡れになっているのに気づいた。私はまったく濡れていなかった。
何をどう返したらいいのか、文芸部の癖に器用な言葉が出てこない。
空が恵んでくれた光も雨にも感謝し、私は先輩の背中を追いかけた。
紫陽花と傘と小さな幸せ 不来方しい @kozukatashii
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