逆転

 谷山警部補がドアの外に声を掛けると柴門刑事が大きな手のひらにお盆を載せて入って来て、かつ丼、サラダ、胡麻ドレッシング、青じそドレッシング、お茶と……机の上に並べて行った。


「石原からオレの好物を聞いたのか?」


そう言いながら西村警部は箸袋で『とんかつ三雪みゆき』という店の名前を確認して、かつ丼の上に胡麻ドレッシングを振り掛けた。


その様を確かめて谷山警部補は口を開く。


「西村警部! あなたは事件の日、現場のすぐ近くにある『とんかつ三雪』でかつ丼を召し上がりましたね」


西村警部は手を止めて言葉を返す。


「確かに『とんかつ三雪』は贔屓にしているが、事件の日には行っておらんよ、オレは山梨に居たんだから」


「それは違います!西村警部! かつ丼に胡麻ドレッシングを振り掛けるのはあの店独特の流儀です!」と柴門刑事が口を挟む。


「バカバカしい!どういう食べ方をしようがオレの勝手だし、よしんば店の流儀に従ったとしても、オレはあそこの常連だ!なんの不思議も無い!」


柴門刑事は西村警部を静かに見据えて言葉を返した。


「かつ丼に胡麻ドレッシングを掛けると言うメニューは事件当日……それも夜だけの限定でした。あまりにも評判が悪くて翌日の昼には取り止めになったんです。その限定メニューを知っているという事は、あなたが事件の日の夜に現場近くに居た事になる。つまり甲府から戻って来ていたという事です。」


「ワハハハ」

柴門刑事の言葉に西村警部は鷹揚に笑った。


「そんな脆弱な証拠で公判を維持できると思うのか?」


「公判が維持できるかどうかは我々が判断する事ではありません」


「タニよ!何が言いたい?!」


「あなたは先程、『自分の犯したミスについては潔くする』とおっしゃった! その事についてはどうですか?」


西村警部は吸い掛けのタバコを灰皿へギュッ!と押し付けた。


煙が一瞬立ち昇り、すぐに消えた。


西村警部は微かにため息をついて紺色の缶を脇へ押しやった。


「おい!若いの!」


「ハイ!」と柴門刑事は返事をする。


「タバコをくれ」


西村警部が振り出されたタバコを抜き取り口に咥えると、柴門刑事はマッチを擦ってそれに火を点けた。


西村警部はうまそうにタバコを吸うと煙と共に言葉を置いた。


「相変らず支店の唐変木は詰めが甘い!オレが捜査のイロハを教えてやる」


「ハイッ!」と言う返事と共に柴門刑事は西村警部の前に腰を下ろした。





              『かつ丼』     完




            。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


            この作品における人物、

            事件その他の設定は、

            すべてフィクションで

            あります。


            。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



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かつ丼 縞間かおる @kurosirokaede

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