第22話 殺人鬼
私が…鬼じゃない?
こいつは何を言っているんだ?
私は鬼だよ。
鬼じゃなければ何なんだ。
人を食ったんだ。
それは人では出来るはずがない。
それを俺は成し遂げた。
美味しいわけでもない人肉を
むしゃむしゃと…むしゃむしゃと…
じっくり噛んで咀嚼してじっくりじっくり…。
あの美しいあの娘を…私はこの中に閉じ込めた。
なら、それは鬼にしか出来ないことなんだ。
こいつは鬼についてだらだらと駄弁し、この家がなんたらだと隅をつつくように言い出して気持ちが悪い。
最初は私を理解しているものだと思っていたのに。
やはりこいつは私の敵だ。
…ろす。
殺す。
殺す。
雰囲気だけでここまで狂気を満ちさせ、この『おに』に太刀打ちすら…触れさせることすら出来ないと思われたがこの物部の一言でその狂気の霧が開き始め、そこにいた『おに』は…自分の上に住んでる馴染みのある顔に戻っていた。
ある種の色眼鏡で見てしまっていたのもあるが、やはり人を食ったという先入観だけでもここまで人を鬼に見させるのかと驚いた。
物部の眼光は、『おに』を人として変えるには十分だった。
しかし『おに』は両肩を警官に掴まれているにも関わらず反発した。
「巫山戯るな!!私は、あの
発狂…いや、もう化物…怪物…妖怪…異系…この人の姿をしているだけの世の存在とは思えない言動と行動…そして、やはり目の前でも起きてしまった人食いを目撃したことにより我々は彼の一挙手一投足が、恐怖の対象と化していた…。
しかし…一人を除いては。
「いや…嘘ですね。」
物部はバッサリとあの鬼の一言を切りつけた。
鬼は、動きを止め物部を力強い眼差しで睨みつけるも物部は平気な顔…というよりも少し小馬鹿にした表情でその鬼を眺めていた…。
「何が…何が嘘だというのだ!」
「何がというのは…まぁ後半の全てを食べたって所でしょうかね。」
「ど!どうしてだ!食べたぞ!俺は!全てを!じゃなければあの娘は戻って来る!全部食せば戻って来るんだ!!戻って…」
「はぁ…だからですよ?それが嘘なんですって。」
物部は明らかに先程の鈴鹿さんや文雄さんと話しているときより何処か冷静…いや、冷徹?冷たさが拭いきれていない気がして少し背筋に悪寒が通る。
「貴方は…『人間』なんですよ。鬼になろうとしてもなれるはずがないんです。そもそも、そういうこの世に存在しないモノノ怪というものは現代今生きとし生ける者が自称してはならないのですよ。その場、今我々が目にしている現実にはモノノ怪などは存在していない。存在しているのは、虚構を遮り己の五感を冴え渡らせ、この世という世界を包み込む事実しかないのです。その今という現実と存在しないという事実に背き、抗い、世の理を否定する行為を己自身が肯定してはならない!我々がこの目で!この脳で!今見えている現実的観念を自らが逸らすなどとそれこそ人が人足らしめる行為に過ぎないんです!鬼が鬼足らしめるのは常に現実にいる人間の根本的恐怖を五感で噛み締めそれを後世に伝わる様に書き記し、幾度もの歴史を重ね生まれた過去の存在なんですよ!それを今現代の貴方の行為だけで自身を鬼だと豪語するなど大言壮語も甚だしいですね!だから貴方の発言は全て嘘まみれ!人が人を食べたとて、それはただの食事と称した人殺しにしかならないんです!化物が殺したんじゃない!貴方という『人間という倫理を持ってしまった生物』がルールを反し殺してしまったんですよ!」
今までになく力強く言葉を発し、それを我々が『鬼』と恐れていたモノが徐々に我々と同じ人間と脳の認識が広がっているのが何となく分かり、その場の空気も先程までこの鬼と呼ばれていた人から発せられていた狂気に満ちた瘴気に当てられ、まるで異世界の中に閉じ込められていたかの様な苦しい感情に苛まれていたが、物部が悪霊を言霊で祓うかのように喝が効力を発揮したのか、異質で異常な狂気が取り払われていくのを身を以て感じた。
「それに…貴方はまだ夜刀子さんを残してらっしゃいますね?」
蔵田は「え!?」と声が出るほどに、他全員も驚愕した顔で物部の方を振り向いた。
それを聴いた『鬼』…だった者は力を奪われたかのようにしなだれ、横についていた警官に肩を持たれてしまう程に…それはただの力無き人間に戻ったように自分は見えていた。
すると偶々なのか…それとも物部がこのタイミングを計っていたのか…蔵田の携帯が鳴り響く。
周囲を見回しながら強気のイメージのある蔵田警部が少し恐る恐る携帯を取る。
「もしもし、蔵田だ…。」
蔵田警部は、恐らくこの犯人の家に向かっていた部下達の連絡を聞いているのだろうと推測したが、段々と顔色が悪くなり、そのまま気を消沈させたまま携帯を切った。
「さっき奴さんの家に向かわせていた部下からの連絡が来たが…物部、お前さんの言う通り夜刀子さんの身体の一部が冷凍庫から発見されたよ…。」
周囲の空気はこの一言により一気に場が凍りついた。
冷めたとかでもなく、明らかに感情は恐怖と衝撃で熱くなっている筈なのに皆の動きが全て固まったかの様な雰囲気が充満し、鬼田夫婦もお手伝いの方々も場数を踏んだはずの警察関係者すらもその場に固定された様に動けず、只々…蔵田警部を青ざめた顔で皆注視してしまっていた…。
だが…物部はそれが分かっていたのか蔵田警部に何か指示をした後、再び元のあの鬼の顔…いや、『唯の人を喰い殺した殺人鬼』に視線を移した後、再びあの『
皆が皆、何かを見つめている。
蔵田警部は、自身の携帯を…。
物部は、あの渦上の体を持つ鬼という名を持つムシの絵を…。
鬼田鈴鹿は、物部を…。
鬼田は、鬼胎を見ている物部を…。
お手伝いさん達は、不安そうに視線を警部に向けたり鬼田夫婦に向けたりと動揺が垣間見える。
我々が『鬼』と恐怖していた物は未だ警官二人に支えられた状態で力を失っている!、
そして自分は…その光景を見ていた。
皆が皆、様々な思惑や感情が否が応でも目にしてしまう今の状況に…漸く、物部が言っていた『探偵の立ち位置』というものが少し分かった気がする。
周囲の光景に自分が省かれている感覚…これをどう見て、どう雰囲気の共有を遮断し、自身を神の如く真上から眺め、状況を捉えることができるのか…自分にはこれを永遠に近い時間維持することなんか不可能だとすぐ思い知らされた。
三者三様の負の感情を唯でさえ自分の精神すらこの恐ろしく異様な雰囲気に飲み込まれてしまい、憔悴してるのに他人の感情を読み取る余裕など起きる筈が無い。
物部はいつもこんな常人には決して憚れる様な感覚に苛まれていたのか…。
いや、苛まれてはいないのか…。
もうそれが自分自身の性格…更にいうなら脳の構造パターンに置き換わっているんだと思うと自分はこの物部に少し恐怖感を感じてしまった。
まるで異形の存在と認めてしまうような…それこそ化け物や妖怪の如く…。
そう思うとあの【鬼】だった者に対しての恐怖は根本的な人に対する恐怖で、「この後危害を加えてくるのではないか」、「我々を噛み千切って食べてしまうのではないか」というあくまで『自身の身に危うい事象が発生してしまう物理的恐怖』であって、概念的な恐怖ではなかったのだと思う。
物部は違う。
なんというか、感情は伝わるがそれでも淡々とこの状況を真上から眺めているような愉悦…どんなに周囲が彼に話しかけ、彼もそれに応えようとも何処か孤高の存在に感じてしまう…。
常に第三者…傍観者…観察者…もっと軽くいうなら見物人と例えても遜色無いと感じた。
自分は改めてこの人のことがわからなくなった…。
物部は、振田警部補に何かを告げてそれに警部補は反発しかけたが蔵田警部が宥めて、お手伝いさん達を連れてこの居間を出ていく。
残されたのは自分、蔵田警部、鬼田夫婦、警官2人に抱えられている【鬼だった人】…そして物部である。
物部は、周囲を見つめた後、改めて鬼田夫婦に向かい、話しかけた。
「鬼田篤雄さん、鬼田鈴鹿さん…この度は心より申し上げます。私も本当はこの様な時に貴方達を追い詰めるようなことはしたくありませんでした。しかし、ここまで大事になった上に殺人にまで上り詰めてしまった以上は、私はこの事件の真相を告げなければなりません…彼女達お手伝いさんを別の部屋に移動させたのもこの為です。」
自分は今は、鬼田夫婦の後ろにいる。
だから、2人の表情と感情がどうなっているのかは分からない。
分からないが、雰囲気は伝わる。
篤雄さんは、多分悲しい表情を浮かべているんだと分かる。
しかし…鈴鹿さんの表情だけは想像できない…。
それが娘の死を悲しむ余裕も無く、得体の知れない探偵に詰め寄られている怒りなのか…。
それとも今から紐解かれる真実に触れられるのを恐れて焦っているのか…。
表情を見ている筈の物部の表情は…傍観している様に遠い目をしていた。
恐らく…これから物部は真実を語りだす。
何があろうと…この場が修羅場になろうとも…。
物部が…この鬼退治に終止符を打つ。
「さて…此処から本題です。此処まで来た以上は、私は何があろうとも真実を貴方達に語ります。私は今は【方相氏(ほうそうし)】です。鬼田家に漂い、蝕む【疫鬼(えきき)】を取り除き、探偵としてこの事件に終止符を打ちます。」
真実が…暴かれる。
形知らずの鬼 物部探偵シリーズ 銀満ノ錦平 @ginnmani
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