神の道

「これが、ゲート……」


 肉眼では見えないそれは、立派な鳥居としてスマホの画面上に写っていた。その中央、神秘的な渦を巻きながら、異質にもそこに写っている。


『ゲートはね、名前で勘違いされやすいけど、門っていうより穴に近いんだよね。突然落とし穴にはまって落ちる。そんな感じに迷子が生まれちゃうんだ。こうしてゲートを目にできるのは、僕ちんのような管理者にしか本来見えないんだよ』

「ならなんでお前がいかないんだよ」

『俺ちんが行くわけには行かないからだよ。前にも言ったでしょ。管理が仕事の僕ちゃんにとって、現地に向かうなんて効率の悪い仕事は出来ないのよ。そんな事したら同僚に叱られちゃうって』


 恐らく肩でもすくめているのであろう相手に、明智はこれ以上聞いても時間の無駄だと思い、「で、ここから次はどうするんだよ」と急かすように次の手順を尋ねた。


『ゲート全体を画面に写したら、そのまま五秒待機して、五秒過ぎると出てくるボタンがあるから、それ押してね』

「急に雑だな」

『穴を埋めるのは単純だもの、見つけるのはどのジャンルでも難しいでしょ?』


 急に真理みたいなこと言い出したな。

 五秒経つと、世迷が言った通り、画面の中央に『閉じますか?』という表示と、閉じる、閉じないの選択が表れた。


「……」


 閉じる、のだけど、そうなった場合目羅はどうなるのだろう。帰り道でもあるゲートを閉じたなら。

 そういえばと、明智は迷い家での出来事をを思い出した。なるようになるはずだ。命の恩人である目羅を帰すチャンスを前にして、怖気ついてどうする。

 明智は、全ての出来事を断つ思いで、『閉じる』を押した。すると、画面上に写っていた鳥居がぴきぴきと歪み。いや、それは音としても、肉眼でも捉えることができた。スマホの奥で明滅するそれは、竹林に姿を現し、画面上のと同じ現象が起きる。

 バグでテクスチャが歪むように、中央の渦によって吸い込まれていく。やがてそれは時計回りに全体像を飲み込み、跡形も無く姿を消した。


「終わった……のか?」

『おめでとう! これでゲートは閉じた。君もゲートの使者から一般人に成り下がったよ!』

「言い方はアレだけど、嬉しいね。ホント」


 ほっと胸を撫でおろす。これで一件落着。全てが元に戻るのだろう。たった一日の出来事だったが、怪物に出会ってから目羅と協力し、ゲートを閉じるまでが長く、誇らしい時間だったと思えた。

 ……そう思っていると、視界の端が急に明るくなる。見ると真横に人魂が通過しようとこちらに迫っていた。


「うおっ!? 危ない。なんでまだ人魂があるんだ」


 燃ゆる火の玉を見て、ふと、恩人の顔が脳裏を過った。

 なら、目羅はどうなった。

 安堵した心に再び波が打たれる。


「世迷! ゲートを閉じれば一件落着じゃないのかよ!」

『? 根源を絶つって意味なら一件落着だよ。だってそれ以上迷子が増えることはないんだから』

「俺が言いたいのは、ゲートを閉じれば、迷子も帰っていくんじゃないのかってことだ!」

『なにそれ? 俺ちゃん一言も、ゲートを閉じれば迷子を帰せるなんて言ってないよ』


 明智は今の今まで、ゲートを閉じさえすれば、侵入した迷子は勝手に元の世界に帰るものだと思っていた。これで鶏の怪物も、目羅も、無事に帰ってくれるのだと思っていた。

 歯噛みする明智の耳朶を、笑っているような声がそっと耳打ちした。


『迷子を帰すのも、君の役目だよ。明智 在吾君』


 ピィ。スマホの通話を切った。これ以上ニヤけた声を聞いていると、さっきの選択を間違えた事を強く後悔してしまいそうだから。

 目羅が向かった場所に向かう。背後ではぷしゅ、という空気の抜けたような音がする。人魂は何かに当たると勝手に消える。この音はそれに違いない。だから大丈夫だと自分を励ました。。


 ばさばさ。


 背後からそれが聞こえた。


「羽ばたく音!?」


 止まって振り返る。目の前にあるのは廃病院。その少し上階辺りから音が轟いた。


「目羅は、あの怪物はこっちに向かったんだ。何で……」


 何で……。

 ふと、トラブルメーカーであり親友であり心霊検証動画のチャンネルを運用する友達、斎藤の噂話が脳裏で再生された。


 廃病院内にばさばさと鳥の羽ばたく音が聞こえて、不定期に鳥の鳴く声がする……じゃあ


 そういうことなのか?

 つまり目羅が戦っている怪物とは別に、あの鶏の怪物がいるってことなのか。

 迷子を帰すという役目がある以上、どっちの化け物も見逃せない。

 明智は少し悩んだ後、廃病院へと足を向けた。


「すまん目羅! ここで見逃して、次の被害を出すわけにはいかないんだ!」


 学校のグラウンドで赤い怪物が襲ってきた時、助けてくれたのは目羅だった。けれどそれは、自分がゲートになっていて、自分のゲートを通ることでピンチに駆けつけられた。そんなたまたまが他でも起こるだろうか。


「ほんの少しの可能性に賭けるぐらいなら、自分の命賭けてても止めるだろ!」


 明智には、見逃すということが出来なかった。強い目羅を待ってどこかに逃げたらどうする? 逃げた先で死人が出たらどうする?


「その事実を無視して生きるなんてできるかよ! 出来ることが今あるなら、今、食い止めなきゃならないだろう!」


 廃病院の玄関を潜り、階段を駆け上がり、吠える。


「おいチキン野郎! どこにいるんだ! いるなら鳴いてみろよ! 俺みたいな非力な人間相手に逃げるつもりじゃないだろ!」


 ばさばさ。さらに上から音がする。逃げているのか追ってきているのか分からないが、明智の挑発に反応している。それだけが確かで、必死にその音を探って上る。

 そして、最上階である八階。息も絶えだえになって肩で息をする明智の耳に、はっきりと、羽ばたく音が聞こえた。

 すぅー、はぁー、息を整え、階段から通路へと足を運ぶと、廊下の真ん中、明智と変わらない大きさの鶏頭の怪物が、こちらをじっと見つめている。


「よう怪物。こんな最上階にいてくれてありがとうな。途中息上がって、スマホいじったりしてたけど、ちゃんと来たぜ」


 スマホをポケットから出し、事前にアプリ内の説明書を読んで使い方を学んだ機能を、人差し指で起動した。


「使い方はゲートと一緒、対象を五秒写した後、帰すボタンをクリック!」


 撮影モードに移行したスマホのカメラを怪物に向ける。呆けたように写っていた怪物が画面から消えた。

 慌てて横の壁に向かって身を投げると、明智のいた場所の床が深く抉られた。


「だよな! 五秒もじっとしてくれる訳ないよな。おかげで苦労する覚悟が改めて決まったよちくしょう!」


 悪態を吐きつつ、怪物から離れながら画面を向ける。老婆の顔がこちらに向くと、翼を大きく広げながら突進してきた。


「鶏だと思ったけど、その身体、実はダチョウか! ダチョウにしては遅いんじゃねぇの!」


 鋭い鉤爪の猛攻を運良く避け、明智は上って来た階段の前に到着する。


「おいここだよ! お前の親か兄弟か知らないが、あの大きい怪物倒して食ってやるよ。止めたきゃ追ってこい!」


 コンクリートの破片をばら撒く鉤爪を地面に置くと、再度突進してきた。

 明智の作戦通りに。


「ここじゃ死角が多いんでね! 主役のテメーをもっと広いところに案内してやるから、必死に付いてこいよ!」


 この建物から怪物を連れ出すためのチキンレースが始まった。

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2025年1月11日 07:00 毎日 07:00

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