渦巻く炎
「な……」
老婆の顔を持ったそれが、人ならざる殺気を乗せた視線を目羅や明智に浴びせる。
見上げる程の巨体で、目測でも廃病院の三階部分にまで優に到達していそうだ。
本当に、鶏に老婆の顔が付いてるという姿だった。
「――!」
目羅が急接近する。それと同時に化け物は翼を広げ後方に羽ばたいた。キィィーンという耳障りな音がしたかと思えば、目羅が鳥足の鉤爪に五指を揃えた突きを食らわせている。
力で押し込もうとする怪物の力に、徐々に少女はずりずりと後方へ押し退けられていく。パワーでは勝てないと悟ったのか、少女は
「ッ!」
自分で切り倒した竹の目隠しに暴れ狂っていた怪物が口から炎を吐き出す。危険と感じた目羅は土の上でスライドしながら、ぎりぎり炎の当たらない場所に止まった。
炎が止んだ時には、化け物は竹の罠から抜け出し、
「くっ! どうすれば良いんだ」
人の常識では測りようのない異常が目の前で繰り広げられている。こんな状況に、喧嘩に自信のある己の拳一つでどうにかなるなど思えなかった。
せめて目羅の邪魔にならないようにと、その場から離れる。
「待て俺、ゲートを閉じなきゃ」
振り返る。竹藪の中で激闘は続く。
「少なくとも、あの場所にあるはずなんだ」
スマホを向けると、やはり反応が返ってくる。身の安全を確保しつつ、レーダーから強い反応が返ってこないか注目し続けた。
結果を言うなら、とても強い反応を示す箇所があった。ハッと明智はゲートがあるであろう空間を見つめる。しかしそこは、竹以外に特徴的な物がない。
「ゲートはどこだよ! 十メートルだ見えてるはずなのに!」
焦りから何もないことに怒りを感じ、何度もスマホをそこに突き出した。そのためか、不意にスマホが明智の手から滑っていった。
「しまった!」
慌てて取りに向かうと、真正面から燃える人魂が迫ってきていた。気づくやいなや明智は横に飛び退った。
身体を起こし人魂の行方を追うと、それは建物の壁に当たり、消滅した。
「意外と脆い?」
そう思いつつ、そっとスマホを拾い上げる。
さっきの火の印象が頭から離れず、そういえばと、先程怪物に被さっていた竹を見遣った。
目羅の攻撃を防ぐためか、吐き出した炎に巻き込まれた竹を。
戦闘に巻き込まれないようそっと屈みながら、捕らえられていた箇所を覗くと。
「……ある!」
斜めに鋭利な断面を残した竹の残骸が残っていた。
「もしかして、あいつの吐く炎は物を燃やさないんじゃないか」
その事実を早く目羅に伝えなくては。
思った矢先、きぇぇぇーという、奇声が
「目羅!」
「大丈夫」
夜空に老婆の顔を向け、獣のように叫ぶ怪物。明智の前に飛んできた少女は大丈夫と言うも、肌や服に、細かい切り傷が複数あった。
「目羅! あいつの吐く炎は見せかけだ! 喰らっても平気だ! あとゲートの場所も分かったぞ」
「どこ?」
「場所は分かるんだけど、はっきり分からない。だからあの怪物をここから引き離してくれないか」
「分かった」
快諾した少女は手刀を構えると、その手で自分の左腕を傷付けた。
「何してるんだよ!?」
「引き離すための、じゅんび」
切った箇所から血が湧き出る、白い肌を伝う。その痛ましい姿に明智は心を痛めたが、目羅が傷付けた腕を前方に振るうと、血が飛び散り、付着したであろうものから白い煙を上げた。
「何だよ。いい加減処理しきれねぇって」
「目羅の血、何でも溶かす」
「だから腕を切ったのか。でもなんで今それを?」
「目羅の血、火に触れるとばくはつするから」
それは使えないよな。
しかし、それが武器になると分かっていても、明智には少女が自傷する姿を良くは思えなかった。できるなら今すぐ治してやりたいくらいに。
「あんまその技使うなよ」
「? 気を付ける」
そうして再度目羅が怪物に肉薄する。迎撃のためか怪物は老婆の顔で地面に落ちた竹を加えると、軽い動作でそれを投げつける。対する目羅は血の流れた腕とは逆の右手で、飛んできた竹を一刀する。そうして掻い潜った少女に、流石の怪物も怯えたのか、廃病院とは反対の方へ顔を向け逃げ出した。
「目羅サンキューな。ゲートはどこだ」
残った人魂に気を付けつつ歩く。炎が見せかけだとして、この人魂もそうなのかは分からないから。反応は徐々に強まり、最終的に、ここだよ、と言わんばかりに強く早く示す。
「何もないんだが。本当にここか?」
スマホの反応を信じるならば、それは目と鼻の先、なのだが……。
「くっ、世迷に電話だ。目羅が頑張ってるんだ無駄にしてたまるか」
素早くアプリを開き、世迷に掛ける。数コール続くと、どこか腹の立つ声がした。
『やあやあ、迷い家エクスプレスの車掌、世迷 シャー――』
「早くゲートの閉じ方を教えろ!」
『んんっ。ちょっと乱暴じゃない? もうちょっと落ち着いてさ、会話を楽しもうよ』
「そんな時間ねぇよ。今目羅が必死に戦ってるんだ。この数秒だって惜しいくらいだ」
『分かった分かった。悪かったよ。で、ゲートの閉じ方だったね。まず、ゲートは見つけたの?』
「見つけた、と思う」
見ている光景に代わりはない。探知機の反応を信じるならば見つけたんだろう。
『そっか。じゃあアプリの、門のマークを押してよ』
「どこにあるんだ?」
『アプリのホーム一覧にあるでしょ』
「なんでそういうとこアプリに忠実なんだよ!」
探知機能からホームに戻すと、確かに門のマークがあった。押すと勝手に写真撮影の画面に切り替わる。
『もし撮影画面になったら、カメラをゲートのあるところに向けて』
言われた通り、スマホを正面に掲げた。
画面が白と紫に染まる。何が起きたのか分からず、スマホを上下左右に振ったら、一瞬だが見ている光景と同じ竹藪が画面にも写った。真正面に戻すとまた光に染まり、ふと、明智は思いつきのままに後ろへ下がった。
もしかしたら、それは画面に写らないのではなく、画面に写らない程に大きいのだとしたら。
画面の光が、どこかのタイミングで収縮し、竹が見え、やがてそれが現れる。
明智はそれに目を奪われた。
『画面上に立派な門が見えたら、それがゲートだよ』
朱色が目立つ、鳥居が出現した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます