ローブと尻尾は空を駆ける

及川稜夏

第1話

 雲ひとつない満点の星空の下を、一本の箒が真っ直ぐに飛んでいきます。

 下を見れば、ところどころに川の見える、鬱蒼とした森が広がっています。

 箒の上には、2人の少女が仲良く腰掛けておしゃべりをしていました。


「うー、やっぱり夜は冷えるね。 紅葉の周りの火の玉ひとつ貸してよ」


 白い息を吐きながら、先頭に座る夜空色の髪の少女が言いました。

 ローブを着てとんがり帽子を被った、いかにも魔女だという見た目をしています。


「これは別にあったかくないのね。 下手に使うとアリシアのローブが燃えるのね」


 魔女の少女の後ろに座る、狐耳の小柄な少女が言葉を返しました。

 名前の通りの紅葉柄の着物を着た、真っ白でふわふわの尻尾の生えた女の子です。

 彼女の周りには、いつも小さな火の玉が5〜6個浮かんでいます。その明るさのおかげで、2人は夜の空でも安全に飛ぶことができるのです。

 狐耳の少女の答えを聞いた魔女の少女は、火の玉を借りる代わりにぎゅっと狐耳の少女にくっつくことにしました。


「アリシアは毛布使えばいいのね」


「ここから落としたら大変でしょ」


 しばらくして、なんだか焦げ臭い匂いがしてきました。何事かと魔女の少女が見てみれば、うとうとし始めた狐耳の少女の着物が火の玉でチリチリと焦げ始めているのでした。


「あんたの服、燃えてるじゃない!」


「んぅ、ほんとだ」


 魔女の少女の叫び声が響き渡ります。

 声に驚いたのか、鳥の鳴き声と飛び去る音も混じります。

 箒はそのまま眼下に広がる森に向かって急降下していくのでした。



「紅葉、気をつけてよね」


 しばらくして、2人は森の中に降り立っていました。真横には川が流れています。

 狐耳の少女の紅葉柄の着物はすっかり元通りになっていました。川の水で火を消して、魔女の少女が修復魔法をかけたのです。


「真っ白の毛並みが焦げるところだったのね。 ありがとうなのね」


 狐耳の少女が言いました。心なしか周りの火の玉が距離をとっていること以外、普段通りに戻っています。

 真っ白もふもふの毛が、魔女の少女のおかげで死守されたのでした。

 魔女の少女はあまりに慌てたおかげで片手に箒を持ち、もう片方に魔法の杖を持ってすっかり両手が塞がってしまっていました。

 狐耳の少女は川を眺めて、少しだけ寂しそうな顔をします。

 空を見上げれば、瞬く星々。風も冷たく、これ以上進むのは無理そうです。

 魔女の少女が杖をしまいながら言いました。


「それにしてもどうしよっか。 寒いし、夜だし、森の中だし……」


「ここで、一晩過ごすしかないのね」


 元々2人は近くの街まで進んで、そこで泊めてもらうつもりでした。ですが、ひとつ前の街でうっかり寝坊してしまったのです。

 そうでなくても今日は風が強かったので遅かれ早かれ今日は野宿になる運命なのでした。

 そうと決まれば、渋々とはいえ2人の行動は早いものでした。

 狐耳の少女があっという間に木の枝を集めて火の玉で火をつけ(もちろん、着ているものが燃えないように気をつけました)、それを見た魔女の少女が川に石を投げ込みます。

 少し待つと、魚がぷかぷかと水面に浮かび上がりました。魔女の少女は得意げです。


「荒っぽいのね。 そんなだから魔法も上達しないのね」


 それを見た狐耳の少女はすっかり呆れ顔。お腹が空いていたのは内緒です。

 箒は目印代わりに近くの木に立てかけておきました。


「なんだか、野宿も慣れてきちゃった」


「アリシアがお寝坊さんなせいなのね」


「それは紅葉もでしょ」


 美味しそうに焼けた魚を頬張りながら、2人は笑い合います。

 途端、遠くから聞こえてきた何者かの鳴き声に、魔女の少女は思わず狐耳の少女にくっ付きました。だんだん鳴き声は大きくなっていきます。


「紅葉、火の玉でどうにかしてよ」


「アリシアこそ、魔法を使えばいいのね」


 ぴょこん、ミーミーミー。出てきたものを見てみれば、2人はすっかり気が緩んでしまいました。それは、小さなキツネでした。どうやら親のキツネからはぐれてしまったようです。


「私は親じゃないのね」


「魔物じゃなくてよかったー」


 2人は親のキツネを探して、小さなキツネを返してあげました。狐耳の少女のおかげか、2人は親のキツネに威嚇されずに済みました。


「もう、親からはぐれちゃダメだよー」


「言っても伝わらないのね」


 親のキツネは感謝をするような仕草を見せます。2人の顔は達成感でいっぱいでした。


 やがて、2人は毛布をかけました。ついでに魔女の少女の黒いローブもかけて焚き火の横でうとうととし始めました。

 狐耳の少女の周りの火の玉はこの寝床と焚き火の周りまで離れて2人を守っています。

 狐耳の少女がもふもふであったかいので、魔女の少女が抱きついています。まるで、姉妹のようです。


「すーすー」


「アリシア、寝ちゃったのね」


 いつの間にか、魔女の少女は寝息を立てていました。自動的に今日の見張りは狐耳の少女に決まりました。


「アリシアよりお姉さんだし、別にいいのね」


 狐耳の少女は耳をピンとさせて全身の毛並みをもふもふにして威張って見せました。当然ながら誰も見ていません。

 しばらく、狐耳の少女は起きていました。そして月が高く昇る頃、強めに吹いた風で焚き火の火が弱まり始めました。

 焚き火の火を付け直すため、狐耳の少女は魔女の少女の腕の中から出ようと考えました。

 狐耳の少女は魔女の少女の腕の中でぱたぱたします。ですが、思ったよりもしっかり暖を取られていて出ることができません。


「これ、出られないのね……はゎ」


 うとうとしていてすっかり忘れていました。火の玉を使えば簡単に火をつけ直せるのです。狐耳の少女は一つの火の玉を焚き火の元へ移動させます。

 残りの火の玉は寝床と焚き火の周りをふわりふわりと旋回していました。


「しょうがない、のね……すーすー」


 しっかりと寝床を守っていることを確認して、狐耳の少女は安心したように目を閉じました。



「むにゃ、おはよ……わわっ。 紅葉ごめーん!」


 その後、魔女の少女が目覚めるまで、狐耳の少女は動くことができませんでした。

 翌朝、2人とも昨日とは一転して早く起きることができました。


「そろそろ街に向かおっか」


「街でおいしいもの食べるのね」


 空は鮮やかな橙色に染まり、桃色の雲が漂っています。川辺には霧がうっすらとかかり、2人の頬を冷たい風が撫でて行きます。清々しい夜明けです。

 ローブを着た魔女の少女とふわふわで火の玉の灯る狐耳の少女。


「今度野宿することがあったら見張りはアリシアがするのね」


「ごめんってばー」


 2人は再び箒に並んで座って飛び立ちました。日の光が、真っ黒な魔女の少女と真っ白な狐耳の少女を照らします。

 次の街では食事に買い物に、することがたくさんあるのです。


「街で買い足すものはいっぱいあるのね」


「私も魔導書買い直さなきゃ。 ねぇ、紅葉は何食べたい?」


 遠くに町のようなものが見え始めます。2人は微笑み合いました。

 魔女の少女は一人前の魔女になる試験を受けるため。狐耳の少女は元の姿に戻るため。

 目的は違えど、目的地は同じ。2人は遠い遠い国へ向かうためにたくさんの街を周りながら旅をつづけるのでした。

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ローブと尻尾は空を駆ける 及川稜夏 @ryk-kkym

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