4/4話
学校が終わると、みんなが部活やショッピングモールに行ったりする中、私は一人近場のカフェへ向かう。
その途中で電話が鳴った。
「はい」
『新開さん、いつもお世話になっています』
「こちらこそ」
『今日もこれから作業に入ります?』
「はい。今、カフェにに向かっています」
『もうすぐEasyPhotoのリリース一周年なので、……こう、ちょっと言いにくいんですが、』
「わかっています。もっと若い子を刺激するギミックを作れば良いんですよね?」
『さすが新開さん。このアプリを開発して頂いてから、本当に弊社もお世話になって……特にフォロワーの質を全面に押し出す機能は優良ユーザーの選定に非常に役立ってまして』
「ありがとうございます。御社にも、私が開発したアプリを売ってもらって助かっています」
『相変わらずですね。書籍もだいぶ売れていますよね。《今話題のEasy Photoを完全攻略!》は私も読ませてもらいました』
「1秒でもEasyPhotoに張り付いてもらわないと困りますから。私の利益のために」
『あはは。味方だとなんとも心強い。それでは今後ともよろしくお願い致します』
「こちらこそ。それでは失礼します」
カフェに到着すると、一番安いブラックコーヒーを注文し、いつもの席に座ってパソコンを開く。
シンプルなメモ帳にアイディアをとにかく叩きつける。
実際の作業はそれからだ。まずは思考の整理が大事なのだ。
「うーいーちゃん!」
「わっ」
いつの間にか一人の少女が正面に座っていた。
「びっくりした?」
突然私の前に座ってきた丸眼鏡の少女は、がっつりカスタマイズされたフラペチーノを片手に無邪気に笑っている。
「そりゃ驚くでしょ。“松崎”さん」
「ごめんごめん。ここ近所だからさ」
「あと下の名前で呼ばないで。好きじゃないって言ってるでしょ」
「なんで?
「苗字と繋げると、新開発みたいになって嫌なの」
私の名前は
だけど初見だと「しんかい……はつさん?」と言われることが殆どだ。
「いいじゃん。EasyPhotoっていう新アプリの開発をしたんだから。まさに名は体を表すだよね」
フラペチーノを飲みながら言う松崎さんを無視して私は、
「あれから篠沢美佳さんとは会ってる?」
篠沢さんと松崎さんの件は、学校では『片親パン事件』という何ともな名前で今だ語られている。
発端は“私が開発したEasy Photo”ではあるが、正直お金になれば他人の人間関係などはどうでもいい。
ただ篠沢さんがEasy Photoを優先して、松崎さんを切った事実は変わらない。そしてそんな篠沢さんも、佐倉さんからフォローを切られ、メンタルを病んでしまったのだ。社会の仕組みなんてこんなものだろう。
篠沢さんはメンタルを病んで学校を休んでいたが、つい先日「諸般の事情で退学」した。
相当Easy Photoにのめり込んでいたのか、はたまた自分が相互フォロワーを解除される立場が想定出来てなかったのかまでは知る由もないが。
ともあれ篠沢美佳と松崎あや子は幼馴染で、篠沢さんからのフォロー解除通告にショックを受けていたのは“客観的に見れば松崎さんの方”なので、私はそれとなく聞いてみただけなのだけれど。
「美佳? 会ってないよ。ってか引っ越した」
「一応聞くけど、どう思ってる?」
「幼馴染だけどさ、正直鬱陶しかったんだよね。小さいころは良かったよ? でもだんだん綺麗になってくると『あや子ももうちょっと美容に気を使ってくれないと私が低くみられる』とか言い出してさ。内心ムカッとしてた。だから新開さんには感謝してるかな」
私がこのアプリをリリースし、相互フォロー評価を試すにあたり、周囲から直接フィードバックが欲しいと思ったのだ。その時たまたま、篠沢さんと松崎さんが喧嘩しているのを聞いてしまったのだ。
教室に忘れ物を取りに行った時、たまたま二人だけが残っていて言い合いをしていたのだ。
内容は忘れてしまったが、概ね今の会話のようなことで、松崎さんが篠沢さんに対して「美佳はいっつもそうなんだから!」と怒って教室を後にしたのだ。
その時私は「これは良いサンプルになる」と思い、松崎さんに声を掛けた。プライドの高い人間がこの手のアプリにのめり込むと、どう変化していくのか――そのデータが身近で取れると思ったのだ。
私はアプリの開発者だということを明かして、前金で200万円。納得できるデータが取れたら追加でもう200万円を支払うと約束した。最初は「でもあれでも幼馴染だから」と渋っていた松崎さんだったが、その場で200万円を渡したら二つ返事でオッケーを貰えた。
それからは、上位ユーザーが毛嫌いするような貧乏っぽい食事や日常の景色を投稿してもらった。結果としてそれらが篠沢さんを通じて篠沢さんの相互フォロワーへと広がった。
以上が、
『私のタイムラインにさ、全然伸びない子の投稿出て来たんだけど、あれって美佳の知り合い? 片親パンの写真なんか見たくないんだけど』
の裏側だ。
「お礼されることなんてしてないと思うけどね。――ただ私は、ああいうプライドの高い人があのアプリを使うとどうなるかっていうデータが欲しかっただけだし」
「ふーん、そうなんだ」
松崎さんはフラペチーノをストローで啜りながら、
「佐倉さんはどうなっちゃうの?」
「さあ、彼女次第じゃない?」
「仲良さそうだったじゃん。心配じゃないの?」
「席が近かっただけだから話していただけ」
「そっか」
「どうして?」
「私が貰った報酬も誰かの不幸の上にあるんだなーって」
「そう言うのは嫌?」
「別に。だってそれが社会なんでしょ?」
社会の仕組みなんてこんなもの。私の口癖のようなもので、松崎さんには耳タコだったんだろう。
「私はその考え好きだよ。だって新開さんのお陰で400万円も手に入れちゃったんだから。知ってる? 美佳ちゃん、あんなに頑張ってたのに、最後の方は月の広告収益が6,800円だったんだって。最初は良かったらしいよ。でも見栄のためにブランド品買って、必死に映えスポット回って、愛想を振りまいてその結果が月6,800円ってマジでヤバくない?」
「そうね」
「一体誰が中抜きして、何に使ってるのやら」
松崎さんはニヤリ笑い私を見る。
一瞬だけ目が合ったが、私はすぐにキーボードに視線を落とすと、
「さあね。ところでフラペチーノは美味しいかしら?」
「おかげで毎日カスタムには困らなくなりました。あとブランド品も。新開さんは欲しいものとかないの」
「お金」
私は即答した。
そして私はもう一度、無邪気に笑う松崎さんの瞳を覗き込む。
「たくさんお金があったら、心変わりしなくて済みそうだから」
彼女の場合、幼馴染の価格は400万円だったようですね あお @Thanatos_ao
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