×××××××視点 6 私が信じてきたものは
アーサー君と違い、私が切れる手札はほとんどなかった。
異世界の召喚については、何も知らない。父との連絡は途切れ、すでに王太子の婚約者でもない。私の『読心』は秘匿されているため、私自身にツテはない。
城に忍び込むしかない。私はそう判断した。
召喚室は地下にあり、魔石や魔法陣が配置されている。「勇者」や「聖女」はそこで召喚される。
そこに行けば、何か資料となる物が保管されているかもしれない。
根拠はなかった。ただ、足を動かすしか無かった。
塗り固められた、暗く埃っぽい通路を行く。空気が澱んでいて、不用意に吸い込むのはよくないと本能的に思った。
私は城の秘密通路を知っていた。かつて父に『読心』を使うよう城で命じられた時、その情報も頭の中に入ってきたからだ。
父からは何も言われなかった。でも、これは父への裏切りになるんだろうな、と何となく思った。
父は、私がこんなことをするとはつゆにも思っていないだろう。
私も、自分がこんな行動に出るとは思いもしなかった。
城には、会話の内容を記録する魔道具が仕込まれている。それらはさほど記録できないため、怪しい動きをしていると思ったら手動で起動されるものらしい。
そのために城には、音を聞きとる管がいくつも張り巡らされている。監視者に気付かれば私は、本当に後がない。
だけど、それは徒労に終わる。
私が見つかったのでは無い。
張り巡らされた管から、聞こえたのだ。
「『聖女』ユイ・タナカが死にました」
……「聖女」が、死んだ?
私は微かに見える穴から、必死に様子を探る。
何も見えなかったが、声はより鮮明に聞こえた。
「彼女の魔力は?」
「無事抽出出来たのことです」
王太子と、父の声だった。
「そうか」淡々と王太子は答えた。
「魔王エリゴールとの戦争を続けなければ、他国からの貢ぎ物が途絶えてしまうからな」
「しかし、各国の不景気で、他国は『支援』をしぶり始めております」
「何」せせら笑うように、王太子は言った。
「魔王エリゴールに頼んで、結界を緩めてもらえばいい。
適当に魔物をけしかければ、結界を破られまいと、他国は必死になって支援するだろうさ」
……え?
「聖女の死体は、魔王エリゴールに引き渡す。生きていても死んでいても――それが契約だ」
契約。
人類の敵である魔王エリゴールと結んだ、契約?
――「ここ内陸なのに、牡蠣があるんだね」。
いつか、ヒナタさんはそう言った。
国と国に挟まれた、海のない内陸の国。それも農作物もほとんど実らない、山の中の小国。
魔王エリゴールの支配圏と最も接しており、アトラス王国は他国の「盾」として見られている。この国が破られれば、後の人類国家にも多大な影響を及ぼすだろう。
この国が成り立っているのは、魔王エリゴールの侵略と、「勇者」「聖女」の召喚儀式があるから。
次元を超えて人間を呼べてなお生活に回せる潤沢な魔力と、他国からの支援があるから。
じゃあ。
もし、魔王エリゴールとアトラス王国が、最初から手を組んでいたなら。
潤沢な魔力は、どこから。「聖女」から?
いや、おかしい。「聖女」を召喚するのに、まず大量の魔力が必要となる。
……もし。
その潤沢な魔力が、魔王エリゴールからだとするなら。
――「魔王エリゴールに頼んで、結界を緩めてもらえばいい」。
この国を守る結界を張り続けているのが、「聖女」ではなく、魔王エリゴールのものだとしたら。
この、「人類の存続がかかった」防衛戦は、他国からの経済支援をあてにした小国と魔王エリゴールによる、茶番。
毎年行われる、「聖女」を呼ぶ儀式。
疑問に思いもしなかった。なぜ、毎年行われているのかと。
その前にいた「聖女たち」は、どうしているんだろう、と。 少しでも、彼女たちを人間として思っているなら、そんなことを気にかけていたはずだ。
なのに、誰もそんなことを思わなかった。
「聖女」は常に、王家によって隔離されていたからだ。
かつて兄に命じられ、「聖女」……タナカさんの心を読んだことがある。
そこにあったのは、深い孤独と、寂しさだった。
私はその頃、『孤独』も『寂しさ』もわからなかったけど、あれはそうなんだと今ならわかる。
彼らは。
この茶番を続けるために、何も関係ない異世界人たちは。
そのために無理やり呼び出され、搾取され続けていた。
――「お前の能力は、王家と、それに連なるアルドバラ公爵家のためにある。それがお前の役割だ」。
――「完璧なシステムを運営するために、情など妨げになる」。
私が。
私が疑いもせず、信じてきたものは。
【カクヨムコン参加】君のための魔王になりたい 肥前ロンズ @misora2222
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