第38話 三人寄れば入部の知恵

 昼休み――俺は入部届の紙を持って、うーんと苦悶くもんの表情をしていた。部活を決めるまで、後1週間。

 実験部という部活を作る予定だが、メンバーが俺以外に兼部かけもちで入ってくれそうなのは……アンズとサラしかいない。同じクラスの悪魔アクマ族には警戒されているし、俺自身コミュしょう気質だから、気軽に誘うタイプではない。

 さてどうしようかと悩んでいたところ、右隣に座っているケイが俺たちに声を掛けてきた。


「あんたたち……今日の放課後っていてる?」


 いきなりのお誘いで、目的もよくわからなかったので、「えっと、何するかによるけど……」と正直に答えた。すると彼女は、「アタシがファーストフードおごっちゃうわよ!」と、まるで会社の上司みたいなセリフで押してきた。

 

 サラは眉を下げながら、「ごめん……。行きたいけど、ぼくは今日剣術の部活が入ってる……」と申し訳なさそうに謝った。アンズは「ケイちゃん、いいのー? 行けるよ」と即答する。俺はサラに合わせて、行かない方向で答えることにした。


「実験するから……行かないかなぁ」


 するとアンズが「えっ、いいの? アダムの好きなクッキーが……コラボ中だよ?」とスマホの画面を俺に見せてくれた。なんと期間限定で、クッキーセット販売中と書いてある。


 俺はクッキーが好きだ――さっきの言葉を撤回して確認する。

 

「クッキーがあるなら話は別だ。俺も行こうかな。マジでおごってくれるのか?」

「ウケる! あんた現金げんきんすぎ! もちろん。アタシに任せて!」


 いやー、学生の身分で奢ってくれるとは太っ腹である。王族の愛娘だから、ご両親からたんまりお小遣いをいただいているのだろう。

 俺はクッキーのことを考えながら、早く放課後が来てほしいとワクワクしていた。



 そして放課後――3人でファーストフード店に入る。


 ケイに何が食べたいかと事前に聞かれたので、アンズは「チーズバーガーセットで」と伝え、俺は「クッキーセットで」と答えた。ケイが代表して受付で注文していたけど、彼女の番になると店員さんが勢いに圧倒されたような顔をしていた。


「じゃあアタシは、テリヤキバーガーとコーラXLサイズで!」


 えっ……。異世界だと服のレパートリーと同じ規模感で、S・M・L以外にも様々なサイズがあるのか? と俺は衝撃を受ける。


「お客様……コーラがお好きなのは充分承知しておりますが、Lサイズまでしかございません」


 気のせいだった。やはり、この世界でもその常識は通用しないようだ。


「ふーん。じゃあコーラLサイズを2つで!」


(えぇ……さすがに飲み過ぎだし、糖尿病とうにょうびょうにならないか……?)


 そんな俺の心配をよそに、ちゃっかりと目当ての商品を購入してきたようだ。ケイは満足げにコーラを見つめている。3人で店内を見渡し、空いていた壁際の席に腰を下ろす。席は少し狭かったけれど、周りに人が少なく、落ち着ける場所だった。でも、女の子二人と一緒なので……今の俺はまさにハーレム状態である。まぁ……気にしたところでどうにもならない。そんな考えが頭をよぎった俺は、大好物のクッキーを手に取った。ひと口かじると、サクサクとした食感と甘さが口の中に広がる。二人が軽快な調子でたわいもない話をしている横で、俺はすっかり夢中になり、気づけばクッキーを完食していた。「早ッ!」とアンズが笑っている。

 

 俺は食べ終えてから、なぜおごるなんて言ったのか理由が知りたくて聞いてみたところ、ケイはコーラを思いっきりストローで吸いながら、こう答えてくれた。


「父から、ちゃんとおれいをしなさいって言われたの。入学式初日に学校で起きた事件の話をしたら……」


 なるほど。確かにあの時、そのまま睡眠薬入りのアイスティーを飲んでいたら、彼女は昏睡こんすい状態で悪魔たちによってひどい目に遭っていたかもしれない。ケイのお父さんは市長らしいから、娘にそういうアドバイスを言えるなんて、ランプ市長のように善人なのかもしれない。そうだ――ケイやケイのお父さんって人間なのか? 前に「人間共にんげんども」と言ってたから、異なる種族の可能性が高い。一応聞いてみよう。


「いいお父さんだなぁ……そんな気にしないでいいよ。そうだ、ケイは何の種族になるんだ?」

「人間よ」

「えっ……『人間共』って言ってたじゃないか?」

「そっ、そうね。初対面の時、アタシは見栄を張ってたわ……。人間代表になりたいと思っていたから」


 なんとケイも俺やアンズと同様に人間だった。それに彼女の発言は己自身、プライドが高くて、威張いばりたかったと言ってるようなものである。


(でも改心しようとしている。まるで……映画版のジャ●アンかな?)


 俺はつい、前世で有名な国民的ドから始まるアニメを用いて例えてしまった。そうだ、人間である彼女がどんな魔法の言葉を言うのか気になる。


「ジャイ……あっ、間違えた。えっと……ケイは魔法を唱えられるのか? 俺とアンズは人間だから、魔法を唱える時、口頭で言わないとできないんだ……ケイも同じか?」

「へぇ。アタシは無能力者よ」


 しまった――彼女はどうやら無能力者だったらしい。確かに研究取扱者けんきゅうとりあつかいしゃの試験中、人間で魔法が使える能力者は五人に一人の割合だと審査員が言っていたのを思い出す。アンズは俺の質問に苦笑いしている。でも、ケイはお構いなく話し続けた。


「あぁ。別に嫉妬シットなんてしてないし、この王族装飾品ロイヤルアクセサリーがあれば、魔法を使えるから。でも使えるのは1日3回まで。あんたたちがうらやましいわ」


 そう言って、王族装飾品であるゴールドのブレスレットを見せてくれた。アクセサリーに俺は全く興味ないが、アンズは興味津々でじっくり見ている。


「へぇー。このブレスレット、かわいいね。『k』のアルファベットが書いてある」

「いいでしょ。父が入学祝いで、用意してくれたのよ」

「さすが、王族のお嬢様!」

「そうね。まぁ、アタシは王女として、父の仕事も手伝っているから、それで買ってくれた感じよ」


 言われてみれば、ケイは学生なのに、社会人のようなセリフをよく口にする。そして、彼女から「父の仕事を手伝っている」と聞いて、妙に納得してしまった。

 

「仕事って、どんなことしてるんだ? まさか、やみバイトとかじゃないよな?」


 俺はそう言いながら、違うとは思いつつも冗談半分で問いかけてみる。


「何言ってんの? アタシはそんなことに手を出さないわよ。経営企画とか営業をやってるわ」


 これは驚いた……。

 コミュニケーション能力が高い人物じゃないとできない仕事である。俺には到底できない仕事だ。むしろ、やみバイトではなく、光の戦士だった。言われてみれば、彼女はキリッとしていて、いつも戦う顔バトルフェイスをしていた。

 思わず、「すごっ……!」と感嘆の声を漏らしてしまった。アンズも「実は……」と何か言いたそうにしている。俺は「アンズ、どうした?」と聞く。


「私もやみバイトじゃないんだけど、バイト始めるの……」

「えっ? どうしてだ」

軽音部けいおんぶに入部するからさ、楽器が欲しくて……。歌いながら、楽器が弾けるようになりたいのと作曲もしたくて」


 なるほど……。歌手として、彼女は活動したいことがあるのだろう。俺も研究してると、色々広げていきたくなるから、アンズの気持ちがよくわかる。でも、何のバイトだろうか? 心配だ。


「アンズ……。偉いけど、そのバイトは本当に、やみバイトじゃない?」

「えっと……コーヒー屋さんでバイトするよ」


(良かった……コーヒー屋さんなら、大丈夫だろう)


 ケイも興味を持ったようで「なんてコーヒー屋?」と店名をすぐに聞いてきた。

 「ハートバックスってところだよ」とアンズは正直に店名を言う。すると、ケイは「すごいわね! 最大手さいおおてのチェーン店じゃない? いい情報があったら、教えなさいね!」とアンズの肩を揺さぶる。「ケイちゃん〜! 私、今ポテト食べてるから塩が飛んじゃう〜」と口にポテトを加えながら、揺られていた。二人で盛り上がりつつ、ふとケイは思い出したことがあったのだろう。俺たちに「言い忘れてたことがあるわ!」と言い、ぶっちゃけた話をしてくれた。

 

「本当はもう一件、相談したいことがあったわ。実は、父から何かしら部活に入った方がいいと言われたわ。でもアタシは父の仕事の手伝いをしてるから、気軽きがるに入れそうな部活がないし……」


 ケイの鋭い目つきや堂々とした態度は、確かに気の強さを印象づける。だから、周囲が彼女を誤解するのも無理はないのだろう。

 そんな俺は眼鏡越しにキラリと光らせて、入部届の用紙を差し出す。

 

「んじゃ入るか? 幽霊部員でも良いから、これ」

「入部届?」

「実験部だ。人数が必要だから、名前だけでも書いてもらえると助かるけど……」


 「どうする?」と言う予定だったが、俺が言ってる途中に、ケイはいきなり紙に自分の名前を書き出していた。あまりにも早すぎる行動に驚く。こんなにすぐ行動を移してくれるとは思わなかったが、入部してくれるのなら問題無用である。


「書いたわ。あんたには、助けてもらったからね!」

「それはどういたしまして」


 ケイは照れくさそうに入部届を手渡してくれた。その後、照れ隠しでもしているかのように、再びコーラをぐいっと飲み干していた。


(本当にコーラが好きなんだな……)


 そんな俺たちの様子を見て、アンズがハムスターのようにぷくっと頬を膨らませた。


「アダム! 私も入部するから、私にもおれいを言ってよ〜!」


 どうやらケイに嫉妬シットしたようである。


「どうも、ありがとう」とピースサインでジェスチャーしたところ、「きゃー!どういたしまして!」と嬉しかったのだろうか……アンズは興奮して机を叩き始めた。するとケイが「あぁー! こぼれるわよ!」とアンズの分の飲み物も持ち上げている。二人は女子寮で同じ部屋に住んでいるみたいで、こうして連携できるのも、やっぱり仲が良いからだろう。


「ケイちゃんありがとうー! つい、アダムとコントしちゃったわ! えっと、サラも入部するからアダムの実験部は今4人ね!」


(そうだ……つまり5人中4人はそろった。あと一人ひとり、部員が必要であるが、俺からうまく誘えそうな人物はいない……)


 「そうだなー」と感情を込めずに答えたところ、アンズから「あと一人、見つかりそうなの?」と心配される。「まぁー……」と遠い目をしながら言うと、「アンズ、この感じいなさそうだわ……あんた、あんまり人に興味なさそうだもんね」とケイがド直球で俺のことを分析し始めた。

 

 二人は心配してくれたが、俺はなんとかなるだろうと信じて、しばらく3人で雑談を続けていた。


 まぁ、その読みは見事に当てはまった――俺には助っ人外国人ウラディミール・バレン⚫︎ィン並みに強い味方がいたのだから。

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<第2部始動>ファンタジア・サイエンス・イノベーション〜第10王子:異世界下剋上の道を選ぶ〜 国士無双 @13_fsi

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