第37話 情けは研究者のためならず

 キーンコーンカーンコーン。


 とうとう待ちに待った放課後がやってきた!


(ぶっちゃけ授業って受け身だから、正直退屈なんだよな……)


 受け身の授業にはどうも集中できない俺だが、今日はどうしても成し遂げたいことがあった。それは、ザダ校の研究施設を訪問する事だ。でも、まだ入学したばかりの1年生が一人で入るのには勇気がいる。そこで、俺は大人の力を借りることにした――早速保健室へ向かう。


 「オウレン先生、お元気ですか?」と声をかけながら、椅子に座って医学書を読んでいる先生のそばに近づく。先生は新天地での生活に少し疲れている様子だったが、それでも笑顔を見せた。


「あら、アダムくん。ごきげんよう」と、どこか気丈きじょうに取りつくろうような笑みを浮かべている。


(この猫被ねこかぶった表情、人見知りモードにおちいっている……。息抜きが必要そうだ。これはチャンス! お願いしてみよう)


「先生、顔に疲れたって書いてあるのバレバレです……」

「よくわかったわね。まだ緊張感が抜けなくて……」

「いやぁ。転職して、新しい環境って大変ですよね。お疲れ様です、先生。そんな先生にリフレッシュも兼ねて……実は俺、行きたい場所があります。一緒に行ってみませんか?」

「え、お誘い?! 確かに……息抜きしたいかも」

「んじゃ、行きましょう」


 先生は仕事を片付けたようで、保健室を出てから、一緒に研究施設を見学することになった。


 いつもの校舎から15分ほど歩いて辿り着いたが、どの部屋も電気が点いておらず、真っ暗だった。研究施設として機能していなさそうである。


「なんか真っ暗ね……」とオウレン先生も思っていた感じと違っていたのだろう――正直な感想を述べている。入り口に向かって、ドアを開けてみようとしたが、開かないようだ。


(えっ……アンズから、研究できる施設があるって聞いたけど、どうなってるんだ?)


 先生にもドアを開けられるか確認してもらったが、やはりダメだった。「うーん。不思議ね。どうなってるのかしら?」と俺は先生と共に首をかしげていた。


 そんな俺たちの様子を見ていたのか、背後から足音が響き、突然するどい声で注意された。


 「コラ! ここは許可がなきゃ入れない場所だぞ。一体どういうつもりだ?」


(それは知らなかったが、悪いことは何もしてないんだから……いきなり怒る必要もないだろうに)


 そう思ってしまったものの、オウレン先生がすぐ謝罪した。


「すみません……理事長」


 なんと、その人物はこの学校の理事長だったらしい。女性だけど、俺やオウレン先生より背が高い。180cmぐらいはありそうだ。見た目の方だが、髪は鮮やかな黄色で、目の色も同様に華々しい黄色だ。カッチリしたスーツを着込んでいることもあって、全体的にとてもギラギラしている。それに……もう夜だというのに、彼女のオーラはまぶしすぎた。髪は1つにくくっていて長いけど、まるで某歌劇団タカラ●カの男役にいそうな雰囲気だ。

 そんな女理事長は俺に全く興味ないようで、オウレン先生をジーッと見た後、なんと先生のあごに手をえて、クイッと手前に引かせていた。こんなことをされたら、先生は強制的に理事長と見つめ合う形になる。なんて強引なのだろう――それだけでなく、色っぽい声で、先生に甘いセリフを告げ始めたのだ。


「おや……。そなたはオウレン……だっけ? 初めまして。みんなのウワサ通りだ――美人エルフだね」

「えぇ……そっ、そんなこと……!」


 ふとオウレン先生に目を向けると、顔は真っ赤で、とがった耳元まで赤く染まっていた。やはり、先生は恥ずかしかったのだろう――理事長から目をそむけてしまった。


(それはそうだ! しかも初対面であごクイしちゃうのか……俺にはできない……そんなキザな行為)


「へぇ。初々ういういしい……。そういう、かわいい表情もできるのか?」と、オウレン先生は理事長に気に入られたようで口説くどかれていた。なんて甘美かんびな光景だ……。

 一方、俺は真顔で二人の様子を見ていたところ、理事長は俺の存在にやっと気付いたようで、「えっと……そこの君は、なぜここに?」と興味なさそうに質問してきた。

 

 相手は理事長という権力者だ。自分がどういう人間なのかを伝えるのが一番と思い、自分自身のことを名乗ることにした。


「俺は研究取扱者けんきゅうとりあつかいしゃのアダム・クローナルです。この研究施設に興味があって来ました」


 すると、目を見開いて「おぉ!そなた、研究取扱者けんきゅうとりあつかいしゃの資格を持ってるのか? やるじゃないか! もしかして……ニカという人物をご存知ないか?」とこの数秒で俺に対する評価が180度変わったようだ。


(ニカ……? 研究取扱者けんきゅうとりあつかいしゃ試験の審査員だったあの人か!)


「あ。ワクチンを開発した人ですよね。ペロペロキャンディ食べてましたよ」

「ハッハッハ! ニカのやつ、相変わらずだな。せっかく興味を持ってもらった中――すまないが、は半年前に会議で取り壊す事が可決されたんだ。再度立て直すことになったんだよ」

「エッ」


 俺はショックで、思わずその場で体育座りをした。研究できる場所がないなんて……この学校に来た意味がないじゃないかぁ。

 頭からキノコが生えてるぐらい、ジメジメした雰囲気をかもし出していたところ、オウレン先生が理事長に確認を取ってくれた。


「理事長。実はアダムくん、この学校に入学する前から……研究施設があることを知って、そこで研究をしたいと思っていたんです。彼はとても才能があります。どこか実験できる場所はないですか?」


 やはりオウレン先生は面倒見が良くて、必ず俺をフォローしてくれる。先生の真っ直ぐ訴えかけるような視線に、理事長も感心して、「うーん……。ちょっと考えさせてくれ」と、その場で何か善処できることはないか整理してくれた。


「最悪……火をおこせる場所があれば」と俺は投げやりになりながら、近くに落ちていた木枝を持って、地面に三角フラスコの絵を描き始めることにした。


(研究できる場所がないとか……入学した意味が全くないんだが……)


 俺の投げやりな一言を聞いて、理事長が突然声を張り上げた。

 

「そうだッ! いいことを考えたぞ! 二人とも一緒に来てくれ――!」


 あまりの大声に、俺だけでなくオウレン先生も驚いて固まる。そしてその勢いのまま理事長に連れられた先は、なんと……調理室だった。

 

「不自由かもしれないが、火を起こせるし、ここは元々実験室だったんだよ。それに今は誰も使っていないんだ。ぜひ、この部屋を活用してくれ!」


 確かによく見ると『予備調理室』と書かれていた。


(まぁ、誰も使っていなくて独り占めできるのなら、ラッキーかぁ……)


 運良く理事長を捕まえられただけでなく、オウレン先生の協力もあって、今日からこの調理室を使えることになった。感謝の気持ちを胸に、中を見回しながら、どんな改造をするか考え始めた。


 俺がせっせと動き回っている間、オウレン先生と理事長は二人で会話し始める。


「すごい集中力だ。おもしろい生徒だなぁ〜」

「理事長、ありがとうございました……」

「オウレン。私の名前は『キハダ』だ。キハダと呼んでくれ。そうだ、この後私と遊ばないか? おいしい料理屋に連れてってあげる――もちろん、私のおごりで」


(あぁ……。彼女は俺様キャラか? って思わせるくらい、強引なお誘いをしている)


 でもオウレン先生は優しい性格をしているから断れないだろうなぁと思っていたら、やはり断れず「分かりました……」と言って、理事長と共に消えていった。無事にお家へ帰れるといいけど、あの感じだとお酒も飲むだろうなぁ……。


(先生、ガンバレ……)


 居なくなったオウレン先生を心の中で応援しつつ、眠くなるまで魔法を唱えて実験器具を揃えた。そして、自己流で実験室をセッティングしていった。

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