【部活設立編】

第36話 汚れを落とさないでオムレツを作ることはできない?

 あの入学式から1週間ほど経った。初日に色々あったが、俺が研究取扱者けんきゅうとりあつかいしゃだとクラス全員に広まって以降――俺だけでなく、アンズたちも人間だからと差別されることなく、学生らしい平和な日常を送っていた。

 しかし、今日から2週間以内に、1年生は部活を決めなければならない。俺にとっては、王位戦に参加するためにも、とても大切な期間である。

 

 自室でシャワーを浴びた俺は、そのまま制服に袖を通した。いつもはサラと一緒に教室へギリギリ駆け込むのが常だが、今日は珍しく1時間以上も早く目覚めてしまった。どうしたものかと考えていると、ドアのチャイムが鳴ったため、俺は音のする方へ向かった。


(珍しい……もしかして、サラも早く起きたのか?)


 そう思いながらドアを開けた瞬間、サラの第一声が「アダムさん、助けて!」と俺へのお願いだった。なぜか、キャスター付きの椅子を俺の部屋の前まで持ってきている。

 

「どうした?って……え!」


 俺は見てしまった……その椅子に血の汚れが付いているのを。


「その……昨日の夜、自室の椅子に血が付いちゃってたみたいで……。朝起きて気付いたから、水でやっても落ちなかった……どうしよう。オーちゃんにここまで来てもらう訳にはいかないから……」


 血がついた理由は言いたくなさそうだった。でも俺は理由がわかってしまった――生理の血なんだろう。


 だけど……ここは男子寮だ。

 

「サラ……この現場は他の人に見られたらまずい……。その、部屋に入っても大丈夫か? それとも俺の部屋に来る?」

「ぼくの部屋を案内するよ!」


 俺は周囲を確認し、誰もいないことを確かめた後、思いつく限りの対応策をいくつか考えながら、サラの部屋へ入った。中に入ると、キッチンの棚には色とりどりのスパイスが並んでおり、その存在感に目を引いた。ニボルさんから差し入れでもらったのだろうか? 案の定、例のうさぎのぬいぐるみはベッドの上に置かれ、本棚には彼女の大好きな少女漫画がずらりと並んでいた。サラの趣味が色濃く反映されたその部屋は、まるで女の子の部屋そのものだった。


(ここは男子寮……のはずだ。でも、サラは女の子だ。まぁ、俺も前世は女だったし、細かいことは気にしないでおこう。それより、今やるべきことを済ませないと)


「えっと、水だと血が取れなかったんだよな?」

「うん……。新しい椅子を買い直した方がいいのかなぁ。でもさ、寮長に相談したら、『なんで血がついたの?』って絶対聞かれると思う。それが一番まずいんだ……。自分の性別がバレるのは……」


 彼女の言う通りだ。まだ入学して1週間しか経っていないのに、血で汚したから新しい椅子が欲しいなんて言ったら、色々疑われるだろう。

 

 ふと……俺は今ここで出来そうな対処法を浮かべた。彼女に濡れタオルを用意できないか聞いたところ、「できる!」と即答してくれたため、俺は彼女に「そのタオルで血のついた部分を、軽く叩くようにして濡らしてみて」と伝えた。


 彼女が準備している間に、俺は魔法を唱える。

 

 「女神様、セスキ炭酸ソーダを!」と声に出した瞬間、椅子の近くに白い粉末が現れた。「うぉ! なんか出てきたー!」とサラは驚いている。俺はそのセスキ炭酸ソーダを汚れている部分に振りかける。


「サラ、これで様子を見よう。10分ぐらい待たないと取れないんだ」

「そうなんだ……あっ。朝ご飯、食べた?」

「いや……食べてない……でも……」


 「大丈夫」と言おうか悩んでいる間に、彼女はすでに何かを作り始めていた。

 

「お腹空いてるのは……顔を見れば分かるよ。オムレツ作るねー!」


 そう言って、手際良く料理をし始めた。彼女はニボルさんという調理師免許を持っているおじさんと共に生活してきたこともあり、料理が上手である。いつもいただいてばかりだが、オムレツも美味しそうだから、遠慮せず一緒に食べた。


「さすがサラ。おいしいなー」

「どういたしまして。なんか、いつもごめん……頼ってばっかりで」


(珍しい……いつもは明るいのに、なぜか元気がない?)


 まぁ、元々気にしいタイプなのだろう。彼女は剣術検定を受ける時も緊張していて、ずっとうさぎのぬいぐるみを握っていたから、実は繊細せんさいなのかもしれない。彼女を傷つけないよう、当たり障りのない返事をする。


「いや、俺もいつもご飯をいただいてるからお互い様なのでは?」

「えっ。アダムさん、優しい……。フォローありがとう! あっ……ぼくはご飯を作るの大好きだから、気にしないでね。最近は毎日カレーを作ってるんだ〜」

「だからか……! それでスパイスがいろいろあるってわけね」

「うん! おじさんが用意してくれたんだよ」


(不思議だ。クラスでは他人と話したいなんて一切思わないけど、サラとアンズは話をしていて、落ち着くのだ。やはり一緒にいた期間が長いからだろうか?)

 

 会話をしながらも二人してオムレツを食べ終えた後、俺が食器を洗っている間、サラは濡れタオルを使って、椅子に付いた血を再度拭いていた。

 

 今回はセスキ炭酸ソーダをかけたこともあり、汚れがすっかり落ちたようで、彼女は「汚れが無くなったー!」と嬉しそうに声を上げた。その様子を見て安心したのも束の間、「でも、びしょびしょだー!」と、濡れたままであることが気になるようだった。

 

「大丈夫だ。乾いたタオルで拭いた後、ドライヤーで乾かせば、問題ない」


 俺はキリッとした表情を作り、彼女の心配そうな顔を安心させるためにも、はっきりと言い切った。

 

「いや〜。ハッキリ言えるなんて、アダムさんすごい!」とサラは感心した様子で話しながらも手が早く、すでに拭き終わったようで、ドライヤーを使って乾かし始めていた。そして、「できた!」と言って、彼女は俺が魔法で出したセスキ炭酸ソーダを回収する。俺も椅子についた汚れがきちんと落ちたか確認したところ、綺麗に無くなっていた。

 

「アダムさん、ありがとうー! これで心置きなく、今日一日を過ごせるよ!」

「それは良かった」


 彼女はルンルンと機嫌が良くなっていた。


 だが、ふと何かを思い出したのだろうか? 俺の顔をじーっと見つめながら、こう尋ねてきた。

 

「アンズちゃんから聞いたよ……。入学式初日から、睡眠薬混入事件があって、大変だったんだね……」

「そうだな……。まぁ、俺は睡眠薬を入れたクラスメイトを特定してやり返したけど、サラも気をつけて。サラの優しくて、お人好しな性格を利用する悪魔や男がいると思った方がいい」

「ありがと……。でも安心して! ぼくも何か危険を感じたら、剣術でボコボコにするよ!」


 なんだか二人とも、ヤンキー漫画の登場人物みたいなセリフを吐いている。彼女も同じことを感じたらしく、「ぼくたち、まるでヤンキー漫画のキャラみたい!」と言いながら、口元に手を当てて笑い出した。


「あっ。剣術で思い出した! 今日から部活見学だ! 今日は剣術部の見学に行くけど、兼部かけもちする予定だから、アダムさんが作ろうとしている部活もどんな感じになるか、遠慮せず教えてね!」

「そうだな……。とりあえず、研究施設を見たいかなぁ」

 

「へぇ。面白そうだね! また教えて……あっ! まずい! もうこんな時間!」と突然慌て出す。時間を見ると、朝礼まで後5分を切っていた。


「あちゃー。でも走れば間に合うな」

「だね! 行こうー!」


 俺たちは息を切らしながら、急いで教室へ向かって走った。その結果、チャイムが鳴る寸前――まさにギリギリのタイミングで滑り込むようにして、各々席に着くことができた。俺たちだけでなく、アンズとケイも滑り込んでいた。

 

 そんな周りを見渡して、みんな時間にルーズだなとおかしく思いながら、俺は放課後の研究施設訪問の計画を頭の中で練り始めた。

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